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神殺しの2トントラック〜社畜ドライバーの異世界爆走記〜  作者: ぱすた屋さん


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第21話:【開戦】「道を開けろ。通れないだろうが」帝国軍へのクラクション



「いやあああああああああああああっ!! 無理無理無理無理ぃぃぃっ!!」


 トラックの車内では、私の絶叫が鼓膜を破らんばかりに響き渡っていた。


「か、駆さん! ブレーキ! ブレーキ踏んでください! 相手は軍隊ですよ!? 数千人いるんですよぉぉぉっ!」


 フロントガラスの向こうには、黒いテントと黒い鎧を着た兵士たちが、まるで蟻の群れのように大地を埋め尽くしている。

 そのど真ん中に向かって、駆さんはアクセルをベタ踏みしたまま、長い下り坂を爆走していた。


「……ブレーキを踏めば、荷台の金貨500枚が慣性の法則で吹っ飛んでバラバラになる。俺のトラックは現金輸送車ではないからな。急制動は禁物だ」


 駆さんは死んだ魚の目で、スピードメーターとタコメーターを交互に確認している。


「お金の心配より命の心配をしてください! 槍衾やりぶすまが見えませんか!? 串刺しにされますよぉぉぉ!」


「……ミオ。あの大軍の向こう側に、お前の村があるんだろう」


 駆さんは、一切の動揺を見せずに言った。


「そうですけど!」


「なら、直進するしかない。俺は目的地(納品先)へ向かっているだけだ。車道を塞いでいる奴らが悪い」


「車道じゃないです! 戦場です! 相手は正規軍!!」


 私の悲痛なツッコミも虚しく、トラックは時速80キロという、異世界では音速に等しいスピードで坂を下りきり、帝国軍の陣地の目の前まで到達した。


「……よし。下り坂の勢い(モメンタム)は十分に乗ったな。重量2トンの車体に、この速度。……物理の授業を思い出させてやる」


 駆さんがハンドルを強く握り直した。




     * * *




『来るぞ! 迎撃しろぉぉぉっ!』


 帝国軍の陣地は、完全にパニックに陥っていた。

 近づいてくる白い鉄の魔獣の全貌が明らかになるにつれ、その異様さに兵士たちが恐怖し始めたのだ。


「弓兵、構え! 魔法部隊、詠唱開始! あのふざけた箱を穴だらけにしてやれ!」


 ザルド将軍が剣を振り下ろし、号令をかける。


 ヒュンヒュンヒュンヒュンッ!!

 ズドォォォォンッ!!


 数え切れないほどの矢の雨と、巨大な火炎球ファイアボールや岩石弾が、一斉にトラックに向かって放たれた。


「ひぃぃぃぃぃっ! 死ぬぅぅぅ!」


 助手席でミオが頭を抱えてうずくまる。


 しかし、運転席の駆は、まるで小雨でも降ってきたかのように、ハンドルの横のレバーをカチッと引いた。


「……ウォッシャー液、噴射。ワイパー作動」


 プシュッ! ウィィィン、バキィィィンッ!


 トラックのフロントガラスを覆うように動いたチタン合金製のワイパーが、飛来する魔法をすべて甲高い音と共に弾き飛ばした。

 さらに、矢の雨は『対神格結界コーティング』が施されたボディとフロントガラスに当たり、カンカンカンッ! と虚しい音を立ててすべて弾き落とされていく。


 傷一つ、つかない。

 塗装すら、剥がれない。


「ば、馬鹿な……!?」


 ザルド将軍は、自分の目を疑った。


「帝国が誇る魔法部隊の総攻撃だぞ!? それを、あの黒い棒切れが弾き飛ばしたというのか!? どんな強力な結界魔術が張られているのだ!」


 さらに、ザルド将軍の視界が、信じられないものを捉えた。


「ま、待て。あの鉄の魔獣のフロントバンパーにくくりつけられている、あのピカピカ光る棒は……!」


 ザルド将軍は、かつて王都で一度だけ見たことがあった。

 神の力を宿し、勇者のみが扱えるという、世界最強の伝説の武器。


「せ、聖剣!? なぜ伝説の聖剣が、あんな鉄の箱にガムテープで縛り付けられているのだぁぁぁっ!?」


 ザルド将軍の混乱は極致に達した。


 しかし、考える時間はもう残されていない。

 魔法も矢も一切通用しない白い悪魔は、砂埃を巻き上げながら、帝国軍の最前列までわずか数十メートルの距離に迫っていた。


「ひぃぃぃっ! 来るぞ! 逃げろぉぉぉっ!」


「魔法も盾も通じねえ! あんなのに轢かれたらミンチになっちまう!」


 最前線の兵士たちがパニックに陥り、武器を放り出して蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。

 統制など、すでに完全に失われている。


「ええい、怯むな! 逃げる者は軍規違反で斬り捨てるぞ!」


 ザルド将軍が剣を抜いて怒鳴り散らす。


「槍兵部隊! 両側面から包囲しろ! タイヤとやらを狙って機動力を奪うのだ! 騎馬隊も出ろ! 側面から突撃して、あの魔獣を横転させろぉぉぉっ!」


 将軍の命令を受け、なんとか正気を取り戻した数百の槍兵が、トラックの側面に向かって殺到する。

 さらに、数十騎の重装騎馬隊が、槍を構えてトラックの横っ腹へと突撃を開始した。


『おおおおおおっ! 帝国軍の意地を見せろぉぉぉっ!』


 兵士たちの怒号が、戦場に響き渡る。




     * * *




「か、駆さん! 左右からいっぱい来ますよ! 長い槍を持った兵士と、馬に乗った人たちです!」


 私は左右の窓から迫り来る帝国軍の兵士たちを見て、再びパニックになった。


「トラックのお腹に槍を刺されたら、さすがに危ないんじゃ……!」


「……ミオ。慌てるな。あいつらも歩行者(道交法違反)だ」


 駆さんは、死んだ魚の目で左右のサイドミラーをチラリと確認した。


「……側方よし。巻き込み確認よし。……クラクション、鳴らす」


 駆さんが、再びハンドルの中心に右手を添えた。


 ファアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッッッ!!!!!!!


 トラックのバンパーに内蔵されたエアーホーンが、空気を震わせるほどの爆音を放った。


『ぎゃあああああああああっ!?』


 トラックに接近しようとしていた槍兵たちが、その鼓膜を破るような爆音に脳を揺らされ、一斉に耳を塞いで地面にうずくまった。


 さらに悲惨だったのは、騎馬隊である。


『ヒヒィィィィィィィンッ!!』


 耳のいい軍馬たちが、未知の爆音に完全にパニックを起こしたのだ。

 馬たちは前脚を高く上げて棹立ちになり、乗っていた帝国兵たちを次々と振り落としていく。


『ぐわぁっ!』


『馬が! 馬が言うことを聞かん! 落ち着け!』


 落馬した兵士たちが、自分の馬に踏みつけられ、あるいは暴走した馬同士が激突し、トラックに触れることすらなく、勝手に自滅していく。


「……ふむ。やはり動物は大きな音に敏感だな。ロードキル(動物との接触事故)を避けるには、早めの警音器の使用が効果的だ」


 駆さんは、完全に自壊していく帝国軍の騎馬隊を見ながら、淡々と呟いた。


「動物って……軍馬ですよ!? ていうか、クラクションの使い方が凶悪すぎますぅぅぅ!」


 私はツッコミを入れながらも、内心では安堵していた。

 この鉄の魔獣、本当に無敵だ。

 数千の大軍のど真ん中を走っているのに、私たちはフカフカのシートに座って、エアコンの効いた涼しい車内で快適に過ごしているのだから。


「……しかし、これだけ警告しても、まだ道を開けようとしないのか」


 駆さんは前方を塞ぐ兵士たちの群れを見て、不満げに舌打ちをした。


「マナーが悪いにも程があるな。やはり、直接注意するしかない」


 駆さんは、ウィーンと運転席の窓を半分だけ開けた。

 そして、ダッシュボードから拡声器メガホンを取り出し、口元に当てた。


「えっ、駆さん? なにする気ですか?」


「……『轟運輸です。道を開けろ。通れないだろうが』」


 拡声器を通した駆さんの無機質な声が、帝国軍の陣地に響き渡った。




     * * *




『……えっ?』


 パニックに陥っていた帝国軍の兵士たちの動きが、一瞬だけピタリと止まった。


『い、今……あの魔獣が、喋ったのか……?』


『「とどろきうんゆ」? 「道をあけろ」? 人間の言葉を話しているぞ!?』


『まさか、あの魔獣の中には、人間が乗っているのか!? 魔獣使い(テイマー)の類か!?』


 兵士たちがざわめき始める。

 彼らはこれまで、この白い鉄の箱を、意思を持った未知の魔獣か、自律稼働するゴーレムだと思っていたのだ。

 まさか、中に人間が乗って操縦しているとは夢にも思っていなかった。


「……おい、そこの黒い鎧の集団」


 駆さんの冷たい声が、再びメガホンから放たれる。


「ここは俺の配達ルートだ。お前たちのせいで、現在時速40キロまで減速させられている。アイドリングストップで燃費を節約している俺の苦労を無駄にする気か」


『ね、ねんぴ……? 何を言っているのだあいつは……』


「これ以上の進行妨害は、業務妨害および道路交通法違反とみなす。3秒以内に退去しなければ、そのまま直進する。3、2、1……」


『ひぃぃぃぃっ! 退避! 退避ぃぃぃっ!』


『轢かれるぞ! 道を開けろぉぉぉっ!』


 駆さんのカウントダウンを聞いた兵士たちが、まるで波が割れるように左右へ道を譲り始めた。


「……よし。ようやく交通整備ができたな」


 駆さんは窓を閉め、メガホンを片付けると、再びアクセルを踏み込んだ。


 ヴオオオオオオオンッ!!


 トラックは、兵士たちが慌てて開けた『人垣の道』のど真ん中を、悠然と通り抜けていく。

 まるで、大名行列かパレードのような光景だ。


「か、駆さん……あなた、本当にメンタルが鋼でできてますね……」


 私は助手席で、疲れ切った声で呟いた。

 数千の敵軍のど真ん中で、「道を開けろ」とメガホンで注意して、本当に道を開けさせてしまう人間がどこにいるだろうか。


「……俺はただの運送屋だ。荷物を届けるために、当たり前の権利を主張しただけだ」


 駆さんは死んだ魚の目で、前方を真っ直ぐに見据えた。


「それよりも、ミオ。村の入り口はどこだ。このまま陣地を突き抜けて納品を完了させる」


「えっ? あ、はい! このまま真っ直ぐ進んで、あの大きな黒いテント(将軍の本陣)を抜けた先が、私の村の門です!」


「了解した。本陣のテントごと突き破る」


「えええええっ!? テントくらい避けてくださいよ! 中に偉い人がいるかもしれませんよ!」




     * * *




「将軍閣下! 駄目です! 我が軍の陣形が完全に崩壊しました!」


 本陣のテントの前で、副官が悲鳴を上げた。


「あの鉄の箱……人間の言葉を喋り、恐るべき速度で我が軍を蹂躙しています! このままでは本陣が突破され、村への侵入を許してしまいます!」


「ええい、うろたえるな!!」


 ザルド将軍は、怒りで顔を紫に染め上げて叫んだ。


「たかが人間一人が乗った鉄の箱ごときに、帝国軍数千が手玉に取られるなど、帝国の恥辱だ! 陣形が崩れたなら、力技で押し潰すまでだ!」


 将軍は、テントの前に展開していた部隊に向かって、狂ったような声で命じた。


「重装歩兵部隊! 本陣の前に展開しろ! 盾陣ファランクスを組め! 何が何でもあの魔獣を足止めするのだ!」


 将軍の悲痛な叫びに呼応し、全身を分厚い鋼鉄の鎧で固めた重装歩兵たちが、最前線にズラリと並んだ。

 彼らは身の丈ほどもある巨大な大盾を地面に突き立て、何重もの壁を作り上げる。


 人間が作り出せる、最も堅牢な物理防壁。

 騎馬隊の突撃すら完全に受け止める、帝国軍が誇る鉄壁の陣形である。


「ははははっ! どうだ! これが帝国軍の誇る無敵の盾陣だ! あの鉄の箱とて、これにぶつかればタダでは済むまい!」


 ザルド将軍が狂ったように笑う。


 その鋼鉄の壁に向かって。


「……障害物あり。直進する」


 駆さんはアクセルペダルを床の底まで踏み抜き、純白の2トントラックは、時速80キロのトップスピードのまま、一切の躊躇なく突撃を開始したのだった。


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