表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神殺しの2トントラック〜社畜ドライバーの異世界爆走記〜  作者: ぱすた屋さん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/34

第17話:【蹂躙】「轢き逃げは犯罪だからな。バックでしっかりトドメを刺す」



 ピーッピーッピーッピーッ。


 夕暮れの平原に、場違いなほど軽快な電子音が鳴り響いていた。

 トラックが後退する時に鳴る、あのバック音である。


「ひ、ひぎゃあああああああああああああああっ!?」


 かつて関東一円を震え上がらせ、この異世界でも最強のチート勇者として君臨していた男、リュウヤ。

 彼の口から、情けない絶望の悲鳴が迸った。


「か、駆さん!? なんでバックしてるんですか! やめて! 本当に死んじゃいます! 勇者がミンチになっちゃいますぅぅぅ!」


 私は助手席でシートベルトを引きちぎらんばかりに暴れ、運転席の駆さんに泣きついた。


 一度はね飛ばした相手に向かって、あえて車をバックさせて轢き直す。

 そんなの、極悪非道なマフィアか、血も涙もない暗殺者のやることだ。


 しかし、当の駆さんは、死んだ魚の目で左手を助手席の背もたれに掛け、右手一本で器用にハンドルを回しながら後ろを振り返っていた。

 まさに、ベテランのトラック運転手がバック駐車をする時の、あの完璧なポーズである。


「……ミオ、騒ぐな。さっきも言っただろう。轢き逃げは重罪だ」


「だからって、もう一回轢いて完全に息の根を止める方が重罪ですよぉぉぉっ! それ、証拠隠滅っていうんです!」


「証拠隠滅ではない。安全確認と、事故処理の徹底だ。中途半端に接触して逃げるのはプロのドライバーの恥だからな」


「あなたのプロ意識、方向性がサイコパスすぎますぅぅぅ!」


 私の悲痛なツッコミも虚しく、駆さんは一切の躊躇なくアクセルを踏み込んだ。


 ヴオオオオオオンッ!!


「ひぃぃぃぃぃっ! くるな! くるなぁぁぁっ!」


 リュウヤは腰を抜かしたまま、四つん這いになって必死に後ずさる。

 しかし、恐怖で足がもつれ、全く前に進んでいない。


「俺は勇者だぞ! 最強のチートスキルを持った……ああっ、やめろ! その鉄の箱を俺に近づけるな!!」


「……後方よし、左よし。バックモニター、視界良好。……目標(歩行者)をセンターに捕捉」


 駆さんは無感情に指差呼称を行い、狙い澄ましたようにハンドルの角度を微調整する。


「お、俺の結界魔法! 『絶対防壁イージス』!!」


 リュウヤが泣き叫びながら、最後の力を振り絞って魔法の盾を展開した。

 彼の背後に、黄金に輝く分厚い光の壁が出現する。


「……無駄だ。障害物あり、そのまま押し通る」


 パリンッ!!


 トラックのリアバンパーが触れた瞬間、最強の勇者が全魔力を込めた絶対防壁は、飴細工のようにあっけなく砕け散った。


「あばばばばばばっ!?」


「か、駆さぁぁぁぁぁぁん!!」


 ドゴォォォォォォォンッ!! メチャァッ!!


 無慈悲な音が、平原に響き渡った。


 トラックの後輪が、リュウヤの体を完全に巻き込み、そして乗り越えたのだ。

 車体がガタン! と大きく上下に揺れる。


「……ああっ……終わった……。私、勇者殺しの共犯者だ……。手配書が回って、王都の広場で処刑されるんだわ……」


 私は真っ白になった頭で、十字を切って天に祈った。

 金貨500枚の夢は、この瞬間、完全に潰えたのだ。


「……よし。轢過れきか完了。これにて事故処理を終了する」


 駆さんはトラックを停止させ、シフトレバーを『パーキング』に入れた。

 そして、サイドブレーキを引き、ガチャリとドアを開けて外に出た。


「おい、ミオ。降りろ。対象の生存確認を行う」


「……見たくないです。絶対にケチャップみたいになってますもん……」


「いいから来い。ナビなら現場検証にも立ち会え」


 私は泣きながらトラックを降り、駆さんの後ろに隠れるようにして、後輪のあたりを覗き込んだ。


 そこには。


「……あ、あれ?」


 リュウヤの姿は、ケチャップにはなっていなかった。


 その代わり。

 街道の柔らかい土の地面に、リュウヤの体が『人型のシルエット』のまま、深々とめり込んでいたのだ。

 まるで、クッキーの型抜きのように。


「……あうぅ……うぅぅ……」


 地面にすっぽりと埋まったリュウヤの口から、微かなうめき声が漏れている。


「……生きてる! か、駆さん、生きてますよこの人! 全身の骨が折れてるかもしれませんけど、ケチャップにはなってません!」


 私は歓喜の声を上げた。

 殺人犯にならずに済んだのだ!


「……ふむ。やはり天界の女神が付与した『耐久力チート』は伊達ではないな。2トンのトラックに二度も轢かれて、原型を留めているとは」


 駆さんは感心したような、どうでもいいような声で呟き、地面に埋まったリュウヤの顔を覗き込んだ。


 リュウヤの顔面には、トラックのスタッドレスタイヤの溝の跡が、見事なまでにくっきりと刻み込まれていた。


「……おい、生きてるか。元総長」


「……ひっ!?」


 駆さんの無機質な声を聞いた瞬間。

 地面に埋まったリュウヤの体が、ビクゥッ! と大きく跳ねた。


「ご、ごめんなさぁぁぁぁぁいっ!!」


 リュウヤは涙と鼻水と泥で顔をぐしゃぐしゃにしながら、地面の中から必死に叫んだ。


「俺が悪かった! 信号無視してごめんなさい! 横断歩道じゃないところを歩いてごめんなさいぃぃぃっ!」


「……」


「もう絶対に車道には飛び出しません! 交通ルールは守ります! 右見て左見てから渡ります! だから、だからもう、そのタイヤを俺の顔に押し付けないでくれぇぇぇぇっ!!」


 最強の勇者の見る影もなかった。

 彼は完全に、前世でトラックに轢かれた時の『トラウマ』をフラッシュバックさせ、心をポッキリと折られていたのだ。

 幼児のように泣きじゃくり、交通安全の誓いを声高に叫び続けている。


「……なんだ、完全に心が壊れちゃってますよ……」


 私はドン引きしながら呟いた。

 さっきまで山を真っ二つにして大笑いしていた男が、今はタイヤの跡を顔につけて泣き喚いている。

 駆さんの圧倒的な『蹂躙』は、彼の肉体ではなく、精神エゴを完全に轢き潰してしまったのだ。


「……ふむ。自分の非を認めて反省しているなら、それでいい」


 駆さんはバインダーを取り出し、何かの書類にチェックを入れた。


「交通安全の基本は、歩行者自身の意識改革から始まる。身をもってその痛みを理解したなら、お前も今後は優良な歩行者になれるだろう」


「はいぃぃぃ! なります! 歩道しか歩きません! 青信号でも手を挙げて渡りますぅぅぅ!」


「よろしい」


 駆さんは満足そうに頷くと、バインダーを閉じた。


「これにて、対象番号9999番の再指導(物理)を終了する。俺は忙しいから、あとは自力で這い上がって、勝手に魔王でも倒しに行け」


 駆さんは冷たく言い放ち、踵を返してトラックの方へと歩き出した。


 私も、完全に無害化した(というか廃人になりかけている)勇者を放置して、慌てて駆さんの後を追う。


「駆さん、よかったんですか? あんなの野放しにしておいて。天界のクソ女神が差し向けた刺客なんでしょ?」


「……俺のトラックの前に飛び出してこないなら、誰が刺客だろうと知ったことではない。俺は運送屋だ。自分から喧嘩を売るような真似はしない」


「二回も轢いておいてよく言いますね!」


 私がツッコミを入れた時だった。


「……ん?」


 トラックの運転席に乗ろうとした駆さんが、足元を見てピタリと動きを止めた。


「どうしたんですか?」


「……落ちているな」


 駆さんが見つめていたのは、リュウヤが落とした巨大な黄金の剣――『聖剣』だった。


 持ち主がトラウマで泣き叫んでいるというのに、その剣は未だに神々しい光を放ち、周囲を明るく照らし出している。

 伝説の金属で打たれた、この世界に一本しかない至高の武器。


 駆さんは無表情のまましゃがみ込み、その聖剣の柄を無造作に掴んだ。


 ズッ……。


「えっ」


 私は息を呑んだ。

 おとぎ話によれば、聖剣は選ばれし勇者にしか抜くことができず、悪しき心を持つ者や資格のない者が触れれば、その重さは山のようにビクともしないはず。


 しかし。

 駆さんは、まるでその辺に落ちている木の枝でも拾うかのように、片手でヒョイッと聖剣を持ち上げたのだ。


「か、駆さん!? なんで持てるんですか!? それ、勇者にしか扱えない伝説の剣ですよ!?」


「……そうなのか? ただの重い金属の棒にしか感じないが」


 駆さんは聖剣を軽く振り回し、その眩い光をまじまじと見つめた。


「……チート勇者の専用装備か。どうりで、ワイパーで弾いた時に少しブレードが傷ついたわけだ」


「傷ついたのワイパーの方ですか!? 聖剣は無傷なんですか!」


「まあいい。拾得物(落とし物)だな。警察もないこの世界では、拾った者の所有物とみなすのが自然な流れだ」


 駆さんは、死んだ魚の目に、何か妙な光を宿らせてトラックのフロント部分へと向かった。


「ちょ、駆さん! その剣、どうする気ですか! まさか武器にして戦うんですか!?」


「俺はドライバーだ。剣など振らん。だが……」


 駆さんは、トラックのフロントバンパーの前に立ち、手にした聖剣をバンパーの装飾部分にあてがった。


「この剣、やたらとピカピカ光って眩しいだろう? 夜間の走行時に、補助灯フォグランプの代わりになるんじゃないかと思ってな」


「…………はい?」


 私の思考が、数秒間フリーズした。


「あとは、アンテナ代わりにもなるかもしれない。見た目も派手で、ちょっとしたドレスアップ(デコトラ化)にも悪くない」


 駆さんは荷台のツールボックスから、丈夫な結束バンドとガムテープを取り出した。


「なっ……待って! 待ってください! 嘘でしょ!?」


 私の制止も聞かず、駆さんは伝説の聖剣を、トラックのフロントバンパーに『ガムテープと結束バンドでぐるぐる巻きにして』固定し始めたのだ。


「か、駆さん! それ聖剣! 神様の力が宿った、世界を救うための剣ですよ! トラックの飾りにしちゃダメぇぇぇっ!」


「……文句を言うな。リサイクルだ。環境に優しいだろう」


「環境問題関係ないでしょ! バチが当たりますよ! 絶対に天界の神様がブチギレますよ!」


 私の悲鳴が響き渡る中。

 純白の2トントラックのバンパーに、黄金に輝く伝説の聖剣が、ダサいガムテープでガッチリと括り付けられた。


 最強の勇者をバックで轢き潰し、その武器をトラックのカスタムパーツ(物理)にしてしまう男。


(この人、本当に何者なの……?)


 私は、頭を抱えて震えるしかなかった。

 私たちの前途には、さらなる理不尽なトラブル(と、神の怒り)が待ち受けていることなど、火を見るよりも明らかだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ