第15話:【強敵】街道に立ち塞がる勇者。「お前、俺を轢いた運転手じゃねえか!」
「見つけたぜぇぇぇっ! 三流ドライバー! お前、俺を轢き殺した運転手じゃねえか!!」
街道のど真ん中に突如として現れた、金髪ピアスのヤンキー風の男。
彼が手にした巨大な黄金の剣(どう見ても伝説の武器)の切っ先が、私たちの乗る白い2トントラックのフロントガラスを真っ直ぐに指し示していた。
「か、駆さん! なんですかあの人! あなたのこと知ってるみたいですよ!?」
私は助手席でパニックになり、運転席の駆さんの肩を揺さぶった。
「轢き殺したって……駆さん、まさか本当にこの世界に来る前に、あの人を……?」
「……騒ぐな。少し待て」
駆さんは一切の動揺を見せず、ハンドルから片手を離すと、助手席のダッシュボード(車検証入れ)の中から、古びた黒いバインダーを取り出した。
「えっ、何を確認してるんですか!?」
「過去の業務記録だ」
駆さんはペラペラと書類をめくり、あるページで指を止めた。
「……あった。対象番号9999番。名前はリュウヤ。関東一円を仕切る暴走族の元総長」
「ばっちり個人情報が載ってるじゃないですか! 本当に知り合いなんですか!?」
「知り合いではない。ただの『荷物』だ」
駆さんは死んだ魚の目で、淡々とバインダーの文字を読み上げた。
「深夜の国道交差点。赤信号を無視して道路に飛び出してきたため、規定の速度で轢き飛ばし、異世界への転送(納品)を完了した。……ああ、思い出した。俺のトラックのフロントバンパーに、初めて傷をつけた迷惑な歩行者だ」
「轢いた自覚あるんですね!? っていうか、あなた前の世界で一体どんなお仕事をしてたんですかぁぁぁっ!」
「言ったはずだ。異世界転生管理局の、専属ドライバーだと」
「そんな物騒な局、聞いたこともないです!!」
私が頭を抱えて絶叫している間にも、フロントガラスの向こうでは、金髪の勇者リュウヤがギリギリと歯を軋ませ、凄まじい殺気を放っていた。
「おい……無視してんじゃねえぞ、こらぁぁっ!」
リュウヤが一歩、トラックに向かって足を踏み出した。
ズンッ!
その瞬間、彼を中心に爆発的な魔力の風が巻き起こり、周囲の街道の土砂が吹き飛んだ。
「ひぃぃっ!?」
車内にまでビリビリと伝わってくる、圧倒的な威圧感。
行商人時代、遠くからドラゴンを見たことがあるが、それ以上の恐ろしいプレッシャーだった。
「……あ、あの人、ただのヤンキーじゃないです! あの手にある剣……間違いない、おとぎ話に出てくる『聖剣』ですよ! なんであんな伝説の武器を、あんな柄の悪い人が持ってるんですか!?」
「……天界のクソ女神が、適当なチート能力を与えて転生させたからだろうな。アフターサポートがなってない」
駆さんは呆れたようにバインダーを閉じ、再びハンドルを握り直した。
「おい、聞いてるのか三流ドライバー!」
リュウヤは聖剣を肩に担ぎ、ニヤァッと凶悪な笑みを浮かべた。
「あの時はよくも俺をミンチにしてくれたな。だが、感謝してやるよ! お前が俺をこの世界に送ってくれたおかげで、俺は『最強の勇者』として生まれ変われたんだからな!」
リュウヤが聖剣を空高く掲げると、剣身から眩いばかりの黄金の光が立ち上った。
「見ろ! 俺のチートスキル『絶対斬断』を! この世に俺の剣で斬れねえもんはねえ! 魔王軍の幹部だろうが、伝説の飛竜だろうが、全部一撃で真っ二つにしてきたんだよ!」
ブンッ!
リュウヤが試しに横へ向かって剣を軽く一振りした。
すると、黄金の斬撃が飛ぶように放たれ、街道の遥か遠くにあった『巨大な岩山』が、音もなくスッパリと上下に分断された。
数秒遅れて、ズズズズンッ……! と岩山の上半分が滑り落ち、凄まじい土煙が上がる。
「ええええええええええええっ!?」
私は目玉が飛び出そうになった。
軽く振っただけで、山が切れた。
なんだあのデタラメな威力は。魔法の概念すら超越している。
「ははははははっ! どうだ、ビビったか! あの時の俺とは違うんだよ! 今度はお前が、そのダサい鉄の箱ごと真っ二つになる番だぁぁぁっ!」
リュウヤの狂ったような笑い声が響き渡る。
「か、駆さん! ヤバいです! 相手は本物の勇者で、しかもチート持ちです! 今すぐバックギアに入れて全力で逃げましょう!」
私は半狂乱になって駆さんの腕にしがみついた。
山を真っ二つにする剣。
そんなものをトラックに振られたら、いくらこの魔獣のお腹の中が安全だとはいえ、絶対に耐えられない。車体ごとバターのように切断されて、私たちも真っ二つだ。
しかし。
駆さんはブレーキを踏むどころか、バックギアに入れる素振りすら見せなかった。
「……逃げる? なぜだ」
「なぜって、あんなの見たらわかるでしょ!? 山が! 山がスパッと切れたんですよ!?」
「……俺は轟運輸のプロドライバーだ。業務中に、前方に障害物があるからといって、理由もなく引き返すような真似はしない」
「障害物のレベルが違いますぅぅぅぅっ!」
駆さんは私の悲鳴を完全に無視し、ハンドルの中心に右手を添えた。
ファアアアアアアアアアアアアアアアンッッッ!!!!
本日も絶好調な大音量のクラクションが、平原に鳴り響く。
「……っ!?」
リュウヤが、その音にビクッと肩を震わせた。
「……あぁん? なんだその音は」
「……歩行者に警告する」
駆さんは窓を少しだけ開け、拡声器を手にとって、淡々とした事務的な声で言い放った。
「そこは車道だ。速やかに路肩へ退避しろ。俺は納期に向かって走っている。これ以上の妨害は、道路交通法違反および業務妨害とみなす」
「……は?」
リュウヤの顔から、笑みが消えた。
代わりに、怒りで顔面が真っ赤に染まっていく。
「ふざけんじゃねえぞ、てめぇ……! 俺は最強の勇者だぞ!? 泣いて命乞いをするならまだしも、俺をただの『邪魔な歩行者』扱いだと……!?」
「歩行者以外に何に見える。お前のせいで、現在時速20キロまで減速させられているんだ。燃費が悪くなるだろうが」
「燃費とか知らねえよ!! なめやがってぇぇぇっ!!」
リュウヤの怒りが頂点に達した。
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
彼から放たれる黄金のオーラがさらに膨れ上がり、周囲の空気がビリビリと震える。
聖剣の放つ光が、まるで小さな太陽のようにギラギラと輝き始めた。
「か、駆さん! 本当に怒らせちゃいましたよ! あんなの振られたら、絶対に死にます!」
「……やれやれ。ハイビームの消し忘れか。対向車(?)の迷惑を考えない自己中心的な光量だな。眩しくて前が見えん」
「光量とかそういう問題じゃないです! 殺気が! 殺気がフロントガラスを突き抜けてきてますぅぅぅ!」
「……シートベルトは締めているな、ミオ」
駆さんは、窓を静かに閉め、ハンドルを両手で強く握り直した。
「えっ……はい、締めてますけど……まさか」
「警告はした。どかないなら、そのまま直進するまでだ」
ヴオオオオオオオオオオオオンッ!!!!!
駆さんが、アクセルペダルを床の底まで踏み抜いた。
ディーゼルエンジンが咆哮を上げ、2トントラックは急加速を開始する。
「あああああああああああああっ! 前進したぁぁぁぁぁっ!」
「死ねぇぇぇぇっ! 三流ドライバー!!」
リュウヤが、極限までパワーを溜め込んだ聖剣を大上段に構える。
時速60キロで突進する白いトラック。
それを真っ二つにすべく、最強のチート勇者が必殺の一撃を振り下ろそうとしていた。
「俺の『絶対斬断』で、その鉄屑ごと原子レベルで消し飛べぇぇぇぇぇぇっ!!」
「いやあああああああああああああああああああっ!!!」
私の絶叫が車内に木霊する。
フロントガラスの向こうで、山をも断ち切る黄金の剣閃が、トラックの真正面に向かって凄まじい速度で迫ってきた。
衝突まで、残り1秒。
「……視界不良。ワイパー、作動」
死んだ魚の目をした男の、無感情な呟きが。
絶体絶命の車内に、静かに響いた。




