第14話:【察知】天界で女神がブチギレている。駆の抹殺命令が下る
「痛い……痛い痛い痛い痛いぃぃぃっ!!」
天界。
異世界転生管理局の最上階にある局長室に、美と豊穣を司る女神アリアリアの金切り声が響き渡っていた。
「ア、アリアリア様! お気を確かに! まだ完全にお体が元の『立体』に戻りきっておりません!」
「顔の右半分に、くっきりと『スタッドレスタイヤの溝の跡』が残っております! 早く神聖魔法で回復を!」
大理石の床の上。
最高位の治癒天使たちが総出で、ベッドに横たわる女神アリアリアの治療に当たっていた。
「うるさいわね! 治癒が遅いのよ! 私の美しい顔にタイヤの跡なんて……! ああっ、思い出すだけでも腹が立つぅぅぅっ!」
アリアリアはギリギリと歯を軋ませた。
数日前。
彼女は自分の部下である人間、轟駆の未払い残業代の請求を突っぱね、魔界への左遷を言い渡した。
しかし、その直後。
完全にキレた駆の運転する2トントラックにはねられ、顔面をフロントガラスに激突させられた挙句、バックで轢き直されて文字通り『ペラペラ』に踏み潰されたのだ。
神の肉体であるため死ぬことはなかったが、ペラペラの二次元状態から元の三次元に戻るまで、丸三日も激痛に耐えながら空気を入れられる風船のような屈辱を味わう羽目になったのである。
「あいつ……あの死んだ魚の目をした底辺労働者……! 神である私を轢き逃げするなんて、絶対に、絶対に許さないわ!」
アリアリアは治癒天使たちを突き飛ばし、ガバッとベッドから起き上がった。
「おい! 下界監視用の『神眼の鏡』を持て! あの男が今頃、魔界でどんな惨めな死に方をしているか確認してやるわ!」
魔獣の餌になり、泣き叫びながら魂を喰われているはずだ。
その無様な姿を見て、溜飲を下げるしかない。
天使の一人が慌てて、巨大な手鏡のようなアーティファクトをアリアリアの前に運んできた。
「アリアリア様……それが、轟駆の魂は魔界には存在しておらず……」
「はぁ? 存在していない? まさかもう完全に消化されて消滅したの? それならそれでいいけど」
「い、いえ……鏡に映し出します」
天使が鏡に神力を注ぐと、水面のような鏡面が波立ち、映像が映し出された。
そこに映っていたのは、血と炎にまみれた魔界――ではなかった。
豊かな自然。舗装されていない土の街道。
その上を、洗車されたばかりのピカピカの純白の2トントラックが、土埃を巻き上げながら猛スピードで爆走している。
そして、その助手席には、楽しそうに景色を眺める獣人の少女。
運転席には、相変わらず一切の感情を持たない死んだ魚の目の男、駆の姿があった。
「…………はい?」
アリアリアは、自分の目を疑った。
そして、鏡をガンガンと叩く。
「ちょっと! チャンネル間違えてるわよ! ここ、普通のファンタジー異世界じゃない!」
「ま、間違いありません! 奴は神殿のメインゲートをトラックで突破し、こちらの『第314番異世界』へと逃亡したのです!」
「逃亡したぁ!? なんで生きてるのよ! しかもあの鉄の箱、前よりピカピカになってるじゃない!」
アリアリアは頭を抱え、髪をかきむしった。
「それに、なによこの映像は! さっきから、街道にいる凶悪な野盗の集団を、一切ブレーキを踏まずに時速60キロではね飛ばしてるじゃないの! 人間のくせに、異世界で無双してんじゃねえわよ!」
「は、はい……報告によりますと、轟駆はすでに現地の冒険者ギルドで『鉄の魔獣使い』として名を上げ、先日は山を強引にトラックで登頂して貴族を救い、金貨500枚の報酬を得たとのことです」
「き、金貨500枚ぃぃぃっ!?」
アリアリアの口から、泡が吹きこぼれそうになった。
「私なんて、天界の予算削減で毎日素うどんで我慢してるのに! あの社畜が、私を轢いたトラックで、異世界でチートライフを満喫してるっていうの!? 許せない! 許せない許せない許せないぃぃぃっ!」
バンッ! と鏡を叩き割りそうな勢いで、アリアリアは立ち上がった。
「ええい! 天使ども! 今すぐあの男に『天罰』を下しなさい! 雷でも隕石でも落として、あのふざけた白い箱ごと消し炭にしてやりなさい!」
アリアリアの命令に、天使たちは青ざめて首を横に振った。
「む、無理ですアリアリア様! あのトラックのフロントバンパーとボディには、我が局が誇る最高位の『対神格結界コーティング』が施されています! 神聖魔法も、天からの直接攻撃も、すべてワイパーで弾かれてしまいます!」
「はぁぁぁっ!? なんでそんな無駄に頑丈なコーティングしたのよ!」
「あ、アリアリア様が『勇者を安全に轢くために、トラックを最強仕様にしろ!』と決裁のハンコを押されたのではないですか……!」
「私のせいだっていうの!? うるさいうるさい! 口答えするな!」
アリアリアはヒステリックに叫び、部屋の中を歩き回った。
神族の魔法が効かない。
直接手を出そうにも、あのトラックの圧倒的な質量と異常な走破性の前には、並の天使では跳ね飛ばされるだけだ。
「……物理魔法が効かない。神の力も通じない。なら……」
アリアリアの顔に、邪悪な笑みが浮かんだ。
「現地(異世界)の力を使うしかないわね。それも、規格外の力を」
「規格外の力、ですか?」
「ええ。私たちが普段、あの男にトラックで轢かせて送っていた連中がいるじゃない。神の加護と、あり得ないほどのチートスキルを持った『勇者』たちがね」
アリアリアはニヤリと笑った。
「現在、あの異世界には何人の勇者がいるの?」
「はっ! ええと……轟駆の過酷なノルマ達成の甲斐もあり、現在その世界には約300人の勇者が転生しております。スライムの数が足りず、勇者同士で経験値の奪い合いが起きている状況です」
「ちょうどいいわ。その中で、一番プライドが高くて、凶暴で、チートスキルが強い奴を一人見つけなさい。あいつの抹殺命令を下すのよ」
アリアリアの指示に、天使が手元のタブレット(神具)を操作する。
「……該当者、一名発見しました。
対象番号9999番。名前は『リュウヤ』。
転生前は関東一円をまとめる暴走族の元総長。
非常に傲慢な性格ですが、付与されたチート能力は最高ランク。現在、その世界の『聖剣』を引き抜き、レベルもカンスト状態です」
「元ヤンの勇者ね。いいじゃない、いかにも乱暴そうで。さっそく神託を下しなさい!」
* * *
同じ頃。
第314番異世界の、とある荒野にて。
「はっ! つまんねえな。この世界の魔物、雑魚ばっかじゃねえか」
荒野に転がる数百の魔物の死骸の山。
その頂上に立ち、巨大な黄金の剣を肩に担いでいるのは、金髪にピアスだらけの青年――勇者リュウヤだった。
彼は退屈そうにあくびをし、足元でピクピクと動く巨大なオークの頭を踏み潰した。
「もっとこう、俺の『絶対斬断』のスキルを本気で使えるような、骨のある敵はいねえのかよ。これじゃあ俺の最強伝説が霞んじまうぜ」
リュウヤは転生してからというもの、無敗だった。
どんな強敵も、彼が聖剣を振るえば一撃で両断される。
金も女も名声も思いのまま。まさに異世界チートライフの絶頂にいた。
ただ一つ、彼の心に暗い影を落としている『トラウマ』を除いては。
(……チィッ。思い出すだけでも腹が立つ)
リュウヤは舌打ちをした。
彼がこの世界に転生する直前。
コンビニの帰りに、信号無視で道路を渡っていた時のことだ。
けたたましいクラクションと共に、猛スピードで突っ込んできた白い2トントラック。
運転席に乗っていたのは、死んだ魚のような目をした、サラリーマン風の男だった。
一切のブレーキを踏むことなく、リュウヤの体をミンチにしたあの男の冷酷な目。
無敗のリュウヤにとって、あれが人生で唯一の『完全なる敗北』だったのだ。
「……まあいい。今、あの白トラックが目の前に現れたら、俺の聖剣で真っ二つにしてやるけどな」
リュウヤが一人で息巻いていると。
突然、空から神々しい光の柱が降り注ぎ、彼の体を包み込んだ。
『……聞こえますか、選ばれし勇者よ……』
「あぁん? なんだこの声。神様か?」
リュウヤは面倒くさそうに空を睨んだ。
『ええ、私は女神アリアリア。あなたに、世界を救うための特別なクエストを与えにきました』
「世界を救う? 悪いが、魔王ならもう他の勇者が倒しちまったらしいぜ。俺はやることなくて暇してんだ」
『魔王など比ではありません。今、この世界に、凶悪な魔界の古代兵器が放たれました。その名も……『白い鉄の魔獣』です』
「……なんだと?」
リュウヤの目の色が、カッと変わった。
「白い……鉄の魔獣、だと?」
『そうです。それは車輪で地を滑り、けたたましい咆哮を上げ、野盗や魔物を無慈悲に轢き潰す凶悪な存在。運転席には、死んだ魚の目をした悪魔が乗っています』
リュウヤの脳裏に、あの時の記憶が鮮明にフラッシュバックした。
自分をミンチにした、あの憎き白い2トントラックと、無感情な男の顔。
「……あいつか。あの野郎、この世界に来てやがったのか……!」
リュウヤはギリッと歯を食い縛り、聖剣の柄を強く握りしめた。
『あの魔獣を討伐できるのは、最強の力を持つあなただけ。見事打ち倒せば、報酬としてさらに強力なスキルと、王女との結婚を約束しましょう』
「報酬なんていらねえよ! 上等だ。俺はあいつに、借りを返さなきゃならねえと思ってたところだ!」
リュウヤの口角が、凶悪な弧を描いて吊り上がった。
「おい、神様! そいつは今、どこにいる! 俺が今すぐ行って、あの鉄くずごとスクラップにしてやる!」
『……現在、奴は西の平野部を移動中。進行ルート上に、あなたを転送します』
光の柱がさらに輝きを増し、リュウヤの体を転送陣が包み込む。
「はははっ! 待ってろよ、三流ドライバー! お前のその腐った目玉、俺の聖剣でくり抜いてやるぜ!」
光と共に、リュウヤの姿が荒野から消え去った。
* * *
そして、現在。
私と駆さんが乗るトラックは、心地よいディーゼルエンジンの音を響かせながら、次の街へと続く街道を順調に走っていた。
「あー、いい天気ですねぇ。昨日の夜、洗車しておいて正解でしたよ。フロントガラスからの景色が最高です!」
私は助手席で伸びをしながら、ご機嫌で言った。
金貨500枚の余裕からか、世界がキラキラと輝いて見える。
「……油断するな。飛び出しに注意しろ」
駆さんは相変わらずの無表情で、法定速度を守りながら前を見据えている。
「飛び出しって、こんな見晴らしのいい平原で誰が飛び出してくるんですか。魔物だって、このトラックのエンジン音を聞いたら逃げていきますよ」
私が笑い飛ばした、まさにその直後だった。
トラックの進行方向、約100メートル先。
何もない街道のど真ん中に、突如として『光の柱』が立ち上った。
「えっ!?」
光が収まると、そこには一人の青年が立っていた。
金髪にピアス。手には、身の丈ほどもある黄金に輝く巨大な剣(どう見ても伝説の武器)。
そして、彼は私たちのトラックを真っ直ぐに睨みつけ、ニヤァッと凶悪な笑みを浮かべた。
「……駆さん。なんか、道の真ん中にヤンキーみたいな人が立ってますけど」
「……」
駆さんは無言でブレーキペダルに足を乗せたが、踏み込むことはしなかった。
「おーい! そこ、どいてくださーい! 危ないですよー!」
私が窓から顔を出して叫ぶと、金髪の青年は剣を大上段に構え、信じられないほどの殺気を放って叫び返してきた。
「見つけたぜぇぇぇっ! 三流ドライバー! お前、俺を轢き殺した運転手じゃねえか!! 今日こそ、その鉄屑ごと真っ二つにしてやるよぉぉぉっ!!」
「……えっ?」
私は固まった。
轢き殺した? このトラックが?
どういうことだ。
私が混乱している横で、駆さんはただ一言、冷たく呟いた。
「……また、歩行者の道交法違反か。教習所からやり直せ」
最強のチート勇者と、最狂の社畜ドライバー。
決して交わってはいけない二つの理不尽が、今、異世界の街道で激突しようとしていた。




