第四投:いくらアタシが美少女だからって
「ゴウガイ先生、父さん、それでは行ってきます」
ゴウガイ先生と父さんのお墓に、手を合わせながら祈りを捧げる。
どうか天国で見守っていてください……!
俺は必ずゴウガイ流合気道が世界最強だということを、この手で証明してみせます――!
「押忍!」
最後に一つ気合を入れてから、俺は長年慣れ親しんだ道場を後にした。
「ふう」
さて、と、山を下りて来たはいいが、これからどうしよう。
ゴウガイ先生の弟子になってからは、ほとんど道場から出ることはなかったので、この辺は土地勘がまったくない。
まあ、とりあえず適当に歩いていれば、どこかの街に出るか。
「あぁッ!! 見付けたわよこの人間のクズがッ!!」
「……え?」
その時だった。
若い女性の声が、俺の鼓膜を震わせた。
見ればそこには16歳前後くらいの、茶髪の可愛い女の子が立っていた。
だが、女の子は両手にナイフを逆手で持っており、その格好からも、冒険者と思われた。
「人間の……クズ? 俺が?」
なんで初対面の女の子から、いきなりそんな悪口を言われなきゃいけないんだ!?
「ええそうよ! あなた【白羽の蛇】の一員でしょ!?」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」
何だよ【白羽の蛇】って!?
まったく意味がわからない!
「問答無用よ! 覚悟なさい! このゲロクソ害虫野郎が!」
「ゲロクソ害虫野郎???」
口悪いなこの子!
顔は可愛いのに!
「おりゃあああああ!!」
「――!」
女の子がナイフで斬り掛かってきた。
クッ、致し方ないか。
「セイッ」
「ぐえっ!?」
俺は女の子の腕を掴み、その力を利用して女の子を投げ飛ばした。
あ、ヤバ。
手加減したつもりだったけど、思いの外勢いがついてしまったみたいだ。
近くの樹に激突した女の子は、そのまま気を失ってしまった。
ど、どうしよう……。
「…………う、ううん」
「あ」
女の子をそっと横にして暫く様子を見ていると、おもむろに女の子が目を開いた。
よかった、このまま目覚めなかったらどうしようかと思った。
「大丈夫かい?」
女の子の顔を覗き込んで、声を掛ける。
「――なっ!? ち、近付かないでよこの汚物オブ汚物がッ!!」
「汚物オブ汚物???」
警戒心の強い野良猫みたいにシャーと威嚇しながら、慌てて俺から距離を取る女の子。
「さっきはちょっと油断しただけよ! 慎重に戦えば、【白羽の蛇】のアンタなんかに負けないんだから!」
「いや、誤解だよ! 俺はその【白羽の蛇】とかいうのじゃないから」
「え? そうなの? ……もし噓ついてたら、キンタマ握り潰すわよ」
「噓じゃないよ!」
それに女の子がキンタマなんて言うんじゃありません!
「でも確かに、【白羽の蛇】だったら今頃アタシは無事じゃないか……。うん、ごめんなさい。どうやら勘違いだったみたい。許してちょ」
「……はぁ」
素直に謝れるのは悪いことじゃないけど、それを含めても若干性格に難がある子みたいだな……。
「よく考えたら【白羽の蛇】の一員は顔に『羽の生えた蛇』のタトゥーが入ってるって話だし、アンタにはタトゥーはないものね」
「……その、【白羽の蛇】ってのはいったい何なの?」
「【白羽の蛇】も知らないの!? ここ数年この辺りで略奪と虐殺を何度も繰り返してる、悪逆非道な盗賊団の名前よ。冒険者ギルドじゃ、500万の賞金首になってるわ。最近【白羽の蛇】がアジトをこの山に移したっていう噂を耳にしたから、この新人美少女冒険者デリアちゃんが、【白羽の蛇】の討伐に乗り出したってわけよ!」
自分で美少女とか言っちゃうんだ……。
まあ、実際美少女ではあるけどさ……。
「なるほどね、事情はわかったよ。……でも、悪いことは言わないから、君は今すぐ帰ったほうがいい」
さっきの動きを見ただけでわかる。
ハッキリ言ってデリアちゃんは、あまり強くはない。
それに盗賊団というからには、相手は複数いるはず。
しかも人を殺すことを何とも思ってないような連中だ。
そんなやつら相手にデリアちゃん一人で立ち向かったら、どんな悲惨な結末が待っているかは、言わずもがなだろう。
「な、なんでよ!? あ、さてはあなたも【白羽の蛇】の首を狙ってる冒険者なんでしょ!? そんで賞金を独り占めしようって魂胆なのね!? 無駄よ! もしもそんなことしたら、向こう50年くらい、毎日あなたの服にコッソリ鼻クソ付けてやるから!」
「いや、そんなことしないよ!? そもそも俺は、【白羽の蛇】の存在自体知らなかったんだから!」
しかも仕返しの方法が陰湿すぎるだろ!
「あ、それもそうね。ごめんなさい、許してちょ」
「……」
素直に謝れるのは、いいところなんだがなぁ……。
「ねえ、なんでそんなに、【白羽の蛇】にこだわるの? もっと安全なクエストで、地道に稼いだほうが――」
「ダメよそれじゃ! ……アタシは一刻も早く、5000万稼がなきゃいけないんだから」
「――!」
ご、5000万、も……?
「……どうして」
「……アタシのお姉ちゃんがね、病気なの」
「なっ」
デリアちゃんの、お姉さんが――!
「幼い頃に事故で両親を亡くしたアタシにとって、お姉ちゃんはたった一人の家族なの……! ……でも、お姉ちゃんは元々身体が弱かったのに、アタシを養うために無理して働いて……。そのせいで余計体調を崩しちゃったの……。手術すれば治るって言われてるんだけど、その手術代が、5000万なのよ」
「……そうだったんだ」
そうか、デリアちゃんも、家族のために……。
「――!」
その時だった。
鋭い殺気が、デリアちゃんを包んだ。
クッ――!
「デリアちゃんッ!」
「きゃっ!?」
俺は慌てて、デリアちゃんを押し倒した。
「ななななな!?!? ちょ、ちょっと!? いくらアタシが美少女だからって、物事には順序ってものがあるでしょ!? アタシとアンタはまだ、出会ったばっかりなんだから……!」
途端、耳まで真っ赤になるデリアちゃん。
「いや何を言ってるのデリアちゃん!? ……あれを見てよ」
「え? ――!」
さっきまでデリアちゃんが立っていた場所に深く刺さった矢を見て、デリアちゃんが絶句した。
「ハッ、こりゃ、随分と懐かしい顔がいるじゃねぇか」
「――!」
こ、この声は――!
「……ブラッドリー先輩」
そこに立っていたのは、ブラッドリー先輩をはじめとした、かつての兄弟子たちだった。
皆一様に、顔の一部に『羽の生えた蛇』のタトゥーを入れていた――。




