第二投:いずれ世界最強の男に
俺がゴウガイ先生に出会ったのは、今から半年ほど前のことだ。
「ジェイク、今日中にこの山を抜けたいから、もうひと踏ん張りするぞ」
「うん!」
その日俺は父さんと二人で、険しい山道を歩いていた。
父さんは凄腕の冒険者で、数年前に母さんを病気で失った俺にとって、唯一の家族だった。
父さんは俺と二人で街から街を渡り歩き、様々なクエストをこなすことで、俺を養ってくれていた。
俺の夢は、いつか父さんみたいな立派な冒険者になることだった――。
「ブモオオオオオ」
「「――!!」」
その時だった。
突如目の前に父さんの身長の倍近くはある、巨大なオークが現れた。
「あ……あぁ……」
こんなにデカいオークは、今まで見たことがない……!!
そのあまりに絶対的な恐怖に、俺は足が竦んでしまった。
「こ、こいつは、キングオークか!? ――離れていろ、ジェイク!」
「う、うん……!」
父さんが剣を抜き、オークと対峙する。
俺は勇気を振り絞り、急いでその場から離れた。
父さんなら、きっとこのオークも倒してくれる!
だって俺の父さんは、無敵の冒険者なんだから――!
「ブモオオオオオ」
「――え?」
だがオークは、その巨体をものともしない目にも止まらぬスピードで、俺の前に回り込んで退路を塞いできた。
――なっ!?
「ブモオオオオオ」
オークがその巨木のように太い腕で、拳を振り下ろしてくる。
――この瞬間、俺の頭を僅か13年の短い走馬灯がよぎった。
……嗚呼、父さん。
「――ジェイクッ!!」
「っ!?」
凄い力で俺の身体が突き飛ばされた。
父さんが俺を助けてくれたのだ――!
「父さんッ! …………あ」
だが、俺を突き飛ばした父さんは、俺の代わりにオークの隕石のような拳を、背中で受けてしまったのだった。
――父さんの背中は、オークの拳の形に陥没してしまっていた。
「父さんッッ!!!」
「ジェイク……、逃げ……ろ……」
「――!」
そう言うなり、父さんは壊れた機械人形のように、ピクリとも動かなくなってしまった。
あ……あぁ……ああああああああ……!!!
「父さあああああああん!!!!」
「ブモオオオオオ」
「ヒッ……!?」
父さんの血肉がベッタリとついた拳を振り上げながら、オークが俺の眼前に立つ。
「ブモオオオオオ」
そして今度は父さんを殺したその拳を、俺に振り下ろしてきた。
…………父さん。
「ホッホ」
「ブモオオオオオ!?!?」
「っ!!?」
その時だった。
風のように誰かが俺の前に現れたかと思うと、そのままオークの巨体を投げ飛ばした――!
オークは固い地面に頭から叩きつけられ、その衝撃で頭蓋が割れて、赤黒い脳を辺りに撒き散らした。
「……え? ……あ? ……え?」
あまりの有り得ない光景に、俺は状況を理解するのに数秒の時間を要した。
オークを投げ飛ばしたのは、俺と体格は然程変わらない、70歳は軽く過ぎている老人だった。
とてもあのオークに勝てるようには見えない。
しかも随分見慣れない格好をしていた。
上は白い前合わせの長袖で、下はスカートみたいな形状の、股の割れた黒いズボンを穿いている。
「ホッホ、怪我はなかったかえ?」
「あ、はい……」
老人が差し出してくれた手を掴む。
すると――。
「――!?」
いつの間にか俺はヒョイと立ち上がっていた。
な、何だ今のは――!?
今のもこの老人の仕業なのか……!?
「……すまんのぉ。儂がもう少し来るのが早ければ、お主の親父さんも助けられたんじゃが」
「……!」
老人は眉間に皺を寄せながら、父さんの亡骸を見つめる。
……クッ!
「と、父さあああああああああん!!!!」
俺は物言わぬ父さんの亡骸に縋り付き、声の限り泣いた。
もう二度と父さんと一緒に旅はできないのだと思うと、涙が止まらなかった。
老人はそんな俺のことを、いつまでも無言で見守っていてくれた。
「……い、命を助けていただき、本当にありがとうございました」
どれだけそうしていただろうか。
涙も枯れ果てた頃、俺は今更ながら老人に頭を下げた。
「……! 強いのぉ、お主」
「え?」
老人は顎に手を当てながら、うんうんと頷く。
強い?
俺が……?
「普通こんな状況で、儂にそうやって頭を下げられる人間はそうはおらん。悲しみのあまり茫然自失するか、もしくはもっと早く来てくれれば父親の命は助かったのにと儂を罵倒するかの、大体二択じゃろう」
「そ、そんな……! 父さんを殺したのはあくまであのオークですし、あなたは何も悪くないじゃありませんか。むしろあなたが助けてくださらなかったら、確実に俺は死んでました。だからお礼を言うのは当然のことです。――きっと父さんなら、俺にそうさせたはずですから」
「……そうか。うむ、お主ならよもや、儂よりも強くなれるやもしれんな」
「……え?」
俺が……?
あなたよりも……?
「――儂の名はゴウガイという。この山の頂上で、合気道の道場を開いているものじゃ」
「あ、合気道……?」
聞いたことのない武術の名前だ。
「儂は倭国出身でのぉ。合気道は倭国発祥の武術なんじゃよ」
ああ、なるほど。
倭国は東方にある小さな島国だ。
ゴウガイさんの格好も、倭国で有名な武術である『空手』の稽古着に似てるし、そう考えると腑に落ちる。
「お主さえよければ、儂の道場で住み込みで弟子として己を鍛えてみんか? お主なら、いずれ世界最強の男にすらなれるやもしれんぞ」
「――!」
俺が、世界最強の、男に――!
――この瞬間、俺の中の何かに火が付いた。
「ありがとうございます。では今日から、お世話になります。俺の名前はジェイクといいます」
「ホッホッホ、よきかなよきかな。……ジェイクよ、まずはお主の親父さんを埋葬するぞい。手伝ってくれるか?」
「……はい、もちろんです、ゴウガイ先生」
こうしてこの日から俺はゴウガイ先生の下で、合気道を習うことになったのであった。




