最後の指令
「あはは♪ほら、見てくださいまし姉様!この署名の数を!この地の民、全てですわよ♪」
「ほ、本当に集まりましたね…さすが<かなめ>さんです!」
今回の成果は全て<かなめ>さんのお陰である事は言うまでもない、彼女はお奉行様である【佐々木宗衛門】様のお力を借り、まず今回行う抽選会の【触れ】を出してこの地の民に周知させると、なんと抽選札の発行までも奉行所管理下の元で行う事が出来たのだ。
「いえいえ、それも姉様のご指示があったからですわ♪ただ、何度か【佐々木宗衛門】様からこの愛らしい<かなめ>の身体を触られましたが…その受けた辱めは姉様への貸しといたしますわね♪」
「え?」
私が<かなめ>さんに出した指示とは、以前令和の時代に赴いた際、あのメイド喫茶で見た光景を思い出し、彼女にメイドさんの作法を教え、更に【佐々木宗衛門】様の隣へと座り、お酌しながら楽しい会話をするよう指示を出していたのだ。
「それにしても…どうしてあのようにふわふわな接待術をお堅い姉様がご存じだったのか、そちらの方が気になりましてよ…はっ!もしかして何処かの色街で男相手に修行されたとか!」
「殴りますよ!でも、お札の発行から抽選の全てを奉行所が取り仕切ってくれたなんて、私では到底そんな策は考えもつきませんでした…」
「くす♪ものは言いようですわ、流れ者の<かなめ>達に、皆が平等に優しく接してくれた感謝の気持ちを表したいと【佐々木宗衛門】様にこの案を相談しただけの事♪それに【六角家】の金子は一切使わせないとの説明もかなり効果がありましたわ♪」
「えぇ、こちらとしては、それなりに出費がありましたけど、本当に<かなめ>さんの弁舌と智謀のお陰です♪」
「あら?美貌が抜けておりますわ、でも姉様?これほどの署名、竹中様は何に使うおつもりでしょうか?」
恐らく<かなめ>さんと私が一昼夜思案してもその答えを見付ける事は出来ないだろう、ただこの署名は今後大きな働きをしてくれることは間違いない、今は竹中様の指示通りに動くだけである。
「分かりません、ただ…この署名だけは私達の命に替えて守るべきもの、それだけです…」
まずは第一の文に書かれた内容は完了した、最初でこれだけ苦労したのだ、この次に控えている第二の文には何を書かれているのか、正直かなり不安である、もしこれが私だけの任務ならばすでに心が折れていただろう。
(色々素行には悩まされる人ですが、ここは<かなめ>さんが同行してくれた事に感謝です)
「姉様、次の文を確認しますか?」
「そ、そうですね…」
緊張しながら私と<かなめ>さんは第二の文を開けて中身を確認する。
<織田家が近隣諸国の米を買い占めていると流言を流す>
「姉様?署名の次は流言ですの?」
「みたいですね…でも、どうして流言なのでしょう?」
しかし、この指令書は私達にとって非常にやりやすそうだ、私は宿屋で働き<かなめ>さんは酒処の看板娘、日々訪れる来客にこの流言を伝えればいいだけの事、大した労力も必要なさそうである。
「う~~ん、織田家が米を買い占め?………はっ、恐らく近隣諸国のお米の相場を上げて大儲けし、それで軍の強化を図り、織田家は六角家の脅威である事を見せ付けるおつもりでは?」
「………あの竹中様がそんな単純な策の為に、わざわざ文を書くとは思えません……」
何はともあれ、私達は職場に訪問してくるお客様や町人を相手取り、第二の指令を遂行していく…ここでもやはり<かなめ>さんの弁舌と演技能力が発揮し、あれよあれよと数日の間に町中が織田家の話題に持ちきりとなってしまった。
人の噂とは尾びれや背びれが付いて来るもの…【織田信長は米の流通を止めこの近江を飢えさせるつもりだ】とか、【上洛の準備を始めているのだ】とか、【大量の米を使い一向衆と手を組むらしい】など、人それぞれの感情と憶測が入り混じった状態へと変わり始めている。
(何だか大袈裟な事になったような…)
「…姉様、こんな結果になって良かったのでしょうか?これじゃ<かなめ>達が町を混乱させた事に……」
「……でも、竹中様のご指示にはきっと何か理由があるはずです…私達は絶対に竹中様を信じなくてはなりませんよ!」
「分かっておりますわ…」
くじ引きの祭りで民を喜ばした後に、不安を煽らせる意味が全く私達には理解出来なかった、一体この行動がどう観音寺城を無傷で落とす事になるのか…その答えは竹中様だけしか知らない…これで第二の指示は完了したが、正直私達の心は重かった。
「姉様、それでは最後の文を確認いたしましょう…」
「そ、そうですね……」
確か竹中様は殺生をする任ではないと言っていた…しかし、この町の混乱から察するに三番目の文にはもっと大きなお役が書かれているはずである…まさか今度は六角義賢を誘拐し、そのまま何処かの山奥に彼を監禁している間に、彼の開放を条件に出して城を明け渡す交渉をするつもりではないだろうか…。
(いや、あの竹中様がそのような卑劣な策を用いるとは考えられないし、これまでの行動が全て無意味になる…)
「それにしても姉様?この三通目の文が入った封筒は少し重いですわね……何か別に入っているようです…」
「え?…では、確かめてみましょう…」
気が重いまま私は最後の封筒を開けると、そこには文と共に織田家の家紋が入った【短刀】が同封されていた…まさか急に竹中様は策を変更し、この短刀を使い六角義賢を暗殺せよとのことなのだろうか?。
「ど、どうして織田家の家紋が入った短刀を文に……<かなめ>さん、この意味分かりますか?」
「いえ、全く…とりあえず文の内容を確かめましょう…」
私達は恐る恐る竹中様より渡された第三の文を広げ内容を確かめる。
<いずれ私の使いが現れたら、次の事を実行してください、六角家御用達の菓子屋を調べ、そこで蹴鞠と同じ大きさの赤と白の饅頭を作ってもらい、その饅頭には必ずそれぞれに【義賢】【義治】の名を入れてもらう事を忘れずに!そして最後に同封していた短刀を饅頭と共に木箱に納め菓子屋の主に六角義賢へ献上させた後、二人は速やかに美濃へ帰還してください>
「…どういうことですの?敵に高価な饅頭を贈呈するなんて…竹中様は織田家と六角家に同盟でも結ばせたいのでしょうか?」
「…分かりませんが、近いうちに竹中様の使者がやって来るはずです…今は待つしかありませんね…」
かれこれ<かなめ>さんと、この石寺の町に潜入し二月が経とうとしていた…そんな日々の中、私の心は主と会えない寂しさが募り(早く美濃へ帰りたい)と思いながら、彼の働きが無事に済むよう近江の地から祈っていた。




