ようやく帰宅したけども…
言い出したら聞かない<おねちゃん>である…それを知っている俺は、楓さんの冷ややかな嫉妬に満ちた視線を感じながらも<おねちゃん>に言われるがまま、彼女と自分の部屋へと戻って行く…今、この時間で気分がハッピーセットなのは<おねちゃん>と<かなめ>だけである。
「さぁさ、姉様❤<かなめ>にも姉様のお部屋を案内してくださいまし♪」
「わ、分かっています!」
「ひっ、あ、姉様…怒っておるのですか?」
「べ、別に怒ってなどいません!」
俺の痛む背中の先で楓さんの声が聞こえてくる…口ではあぁ言っているが、本心は女性の嫉妬が沸騰しているはずである…なのに、そんな<おねちゃん>はここぞとばかりに、岡崎城への同行が叶わなかった恨みを晴らさんと楓さんの怒りの炎に油を注ぐ。
「たっちゃ~ん、傷が痛むだろ?うちがゆっくりと❤や・さ・し・く手当てをしてあげるからね❤」
(なんでこのタイミングで意味深な言い方をするんだよ!だ、誰かこのハニートラップから助け出して!…俺はまだ楓さんに殺されるのは嫌だ!)
これから始まる<おねちゃん>の行動を俺は情けなく怯えながら想像していると、廊下の先からとても懐かしく感じる声が聞こえた!。
「おっ!巽殿ではないか!もう岡崎から戻って来たのか♪」
「とっ、藤吉郎様~~~♪」
これから恐怖の拷問部屋に連行される囚人に、お奉行様が「待った!」の助け舟を出してくれたかのような救いの声が俺を包んでくれた♪。
<チッ、何でこんな時間に帰って来るんだよ……>
俺の陰で小さく<おねちゃん>は愚痴ったが、それは敢えて聞こえなかった事にしよう。
ただ、その残念そうな口調から、彼女がどんな❤❤的なトラップを企てていたのか、これでハッキリ分かったが…。
「して、<おね>何故、救急箱を手にしておるのだ?」
「え?それは、たっちゃんが岡崎で負傷したから、うちがこれから手当をするつもりだったんだよ!」
「そ!それは一大事ではないか!なら、わしと半兵衛で手当てをいたそう、間もなく半兵衛も帰宅するでな、その時に殿からの伝言を巽殿に伝えるとするか!さ、早く巽殿の部屋に!<おね>その箱をわしに!」
「チッ……あいよ!……ふん!!」
ほぼやけくそな態度で<おねちゃん>は藤吉郎様に救急箱を手渡すと、ご立腹のままその場から立ち去った…俺としてはピンチを脱する事が出来たのだが、これから当面<おねちゃん>のご機嫌が斜めになるのは確実となるだろう。
「何を怒っておるのじゃ?外で犬の糞でも踏んだのか?」
なぜ俺と藤吉郎様の【馬が合う】のか、それは女性の心を理解出来ない鈍感野郎同士だからかも知れない…こうして俺は自分部屋で藤吉郎様に傷の手当をしてもらっていると、次に竹中様が俺の部屋を訪れた。
「お帰りなさい、巽殿…先ほど<おね>さんより聞きましたが、岡崎で負傷されたとか…」
「えぇ、まぁそれほど大した傷ではありませんが…」
「どれ、拙者も診てみましょう…ほう…背中右上部に刺し傷……しかし、見事に急所が外れていて助かりましたな…で…巽殿にこの傷を与えたのは誰でございます?」
「え、あ…楓さんの忍びの師匠である【服部半蔵】です…」
この部屋のエアコン温度が低いわけではないが、いきなり俺が【服部半蔵】の名を出した途端、この場の空気が凍てついたように感じた。
「【服部半蔵】ですか……伊賀流の忍び達を束ねる頭領……狙った獲物は確実に闇へと葬り、その者の亡骸は決して見つかる事はないとの噂です…よく、その男に狙われて命が助かったものですね…」
「わ、わしもその名は知っておるぞ!あの殿でさえ【服部半蔵】を警戒しておるくらいじゃ!しかし、ほんによく無事じゃったの…こたびは巽殿が松平家の客人だったから、この程度で見逃してくれたのかの?でも、何で巽殿を狙う必要があったのじゃ?」
「いえ…そうじゃないんです……実は……」
俺は傷の手当てをしてもらいながら、楓さんと師匠である【服部半蔵】の経緯を話した、藤吉郎様も竹中様もその間は何も言葉を出さずに俺の話を聞いてくれ、ようやく【服部半蔵】の本心が分かった時点で竹中様が最初に言葉を出した。
「なるほど…孔子曰く【命を知らざれば、以って君子と為る無きなり。礼を知らざれば、以って立つ無きなり。言を知らざれば、以って人を知る無きなり】ですね…【服部半蔵】は敢えて鬼となり、己の命を賭けその事を楓さんに指南したわけですか…全く、大した御仁です…」
「うむ、立派な男じゃ!」
「藤吉郎様、今の竹中様の言葉が分かったのですか?」
「ん?さっぱり分からん…でも、立派な男だとはわしにも分かったぞ♪」
(このおっさんはいつも調子がいいな…というか、俺もよく分からなかったけど…)
さすが戦場の経験もある藤吉郎様と、医術の勉強もしていた竹中様である、こうして会話をしながらも見事に傷の処置を済ませてくれた。
「これでよし!ま、しばらくは安静にしておればすぐ治るじゃろ、ところで巽殿?その、お主が身を挺して守ったという<かなめ>とやらも、楓ちゃんの弟子となり、この家に来ておるのじゃな❤」
確か藤吉郎様が帰宅した際、俺宛に信長様より伝言を受けたと言っていたのだが、この人にとっては信長様よりもおなごの方が優先順位が高いのは間違いない!。
もしかして、俺の言い方が間違ったのか、それともこの人の専売特許である自分の都合のいい妄想が発動したのかは不明だが、すでに藤吉郎様は<かなめ>に興味津々だった。
「え、あ…は、はい…今日からこの家に厄介になるそうで<おねちゃん>も快く承諾済みです…」
「ん?<おね>が快く?…おかしいの…あやつは可憐な楓ちゃんの可愛らしさにかなり嫉妬してるようじゃった…まぁそれもそのはず、楓ちゃんの美貌はお市様と引けを取らぬほど……う、もしかして………あまり可愛くないのでは?…いや、巽殿が身を挺したという事は……う~~ん……」
いつになったら信長様の伝言を聞けるのかと首を長くして待ち続けていると、いきなり俺の部屋の前で<かなめ>の声がした。
<失礼いたします、先程この屋敷の御当主であられます【木下藤吉郎】様がお戻りになられたとお聞きしまして、ご挨拶に参上いたしました私、【藤原かなめ】と申します>
(ゲッ、あいつなに可愛らしく猫なで声を出してるんだよ!キモイわ!)
「な!なんちゅうかわええ~声❤…お、おほん!うむ、苦しゅうない、ここに入ってたもれ!」
(あの…その言葉…微妙に違うと思います…)




