帰宅
美濃との国境までお絹さんに見送られた俺達は数日ぶりに木下家の門の前で立ち尽くしていた、それは俺と楓さんそれぞれ別の不安を抱えていたからだ、まずは俺だがこの令和時代の住居タイプにリフォーム工事された屋敷を見て<かなめ>がどう反応するかと、若い娘を連れて来た事で<おねちゃん>の態度がどう出るのかも凄く不安であった。
(楓さんもその事を考えているのだろう…)
本来、楓さんも木下家では居候の立場であるので、その居候が新たな居候を無断で連れて来た事にかなり戸惑いの表情を浮かばせている…それも性格はともかく、見た目はかなりの美少女なのだから、戸惑ってもしょうがないと言えばしょうがない。
「ま、まぁ❤何ともご立派なお屋敷ではありませんの!こ、ここに姉様や【淳一】が住まわれておるのですか?」
「い、いや、俺も楓さんも、この家に居候させてもらっている…他にはこの家の当主である木下藤吉郎様や、奥方の<おねちゃん>、母君の仲様、藤吉郎様の弟である小一郎様、それに俺の親友である浩一と、もう一人俺の尊敬する師匠が住んでいるんだ」
「まぁ♪8人でこのお屋敷に住まわれておるのですか?では、今日から<かなめ>を含め9人家族ですわね❤」
こいつの脳には緊張や不安、遠慮という言葉が削除されているようだ…果たしてこんな性格の<かなめ>と、実質木下家の裏の権力者でもある<おねちゃん>との相性がかなり気になっているのだが、ここまで来たら腹を括るしかなく、俺達は門を潜り屋敷の玄関の前に立った。
「巽です、ただいま楓さんと戻りました!」
<♪ドタドタドタドターーー!!>
とてつもない速さで廊下を走る音が聞こえてきた、その音の主は間違いなく<おねちゃん>だろう…それほど俺と楓さんのお泊り出張が気になっていたのだとこの足音でも分かる。
♪ガラガラガラガラーーーー!!
これまたとんでもない速さで玄関の戸が開くと、予想通りその場には息を切らして俺達を出迎えた<おねちゃん>が一人立っていた。
「はぁ、はぁ、お帰り、たっちゃん!…はぁ、はぁ…岡崎に居る間…か、楓に何もされなかったかい?うちはずっと、それが心配で心配で…」
(いきなりそこの話ですか?)
「愚問、私と主は松平様の心願成就の為、手足となり働いておりました…くす♪けど、それ以外の事は…ちょっと<おね>殿には言えませんが…」
「何?その意味深な言葉は?」
「いえ、大した意味はありません♪うふ♪」
帰って来るなり女同士のバチバチした感情の戦いが始まろうとしていた、やっと美濃の自宅に戻ってこれたのだ、いきなり俺の神経をすり減らすイベントは勘弁してほしい。
ただでさえ今の俺は負傷中なのだから…。
「それよりも、たっちゃん?楓以外に、もう一人知らない娘が居るようだけど……ま、まさか!また何処かで拾ってきたのかい?たっちゃんがその娘を未来の側室にするために!」
(おい!では誰が正室の座にいるんだよ?それに拾って来たって…犬猫じゃあるまいし…)
「これはどうもお初にお目にかかります♪私【陰流】目録を拝受し、この度!楓姉様の弟子となりました【藤原かなめ】と申します、更に!【巽淳一】の破廉恥な魔の手から、姉様の清き純潔をお守りする露払いになると心に誓いましたの!どうか、これからこの家で御厄介になる事を許してくださいまし…」
「え?……楓の純潔を守る露払いだって?……そう❤……まぁ!…まぁ♪まぁ♪な~んていい娘なの!そんな理由なら、この<おねちゃん>も同居を許す!どうか、しっかりと楓の純潔を日夜守っておくれよ♪」
何となくこうなるだろうと想像していたが、いざこうなってしまうと心なしか気分が凹む…間違いなく楓さんも俺と同じ気持ちになっているはずだ…。
ただでさえ、この家の中では<おねちゃん>の目が光っているのに、今度は外までも<かなめ>という百合系のお邪魔虫がくっ付いて来るのだ…これが凹まずにおられようか…。
「あらあら、不思議ですわ、何だか<おね姉様>とは初対面の気がしませんわ❤」
「うちもだよ♪<かなめ>ちゃんだっけ?これから仲良くしていけそうだね♪さ、今日からこの屋敷が<かなめ>ちゃんの住まいだから、遠慮なく上がって上がって♪」
「お邪魔します…じゃなくて…ただいまですのぉ~♪」
(こいつ…俺と楓さんの気も知らないで…てか、アイツのフルネーム【藤原かなめ】だったんだ…あ、確か前に藤原氏の直系だと聞いていたっけ…まぁ俺にはどうでもいい事だが…)
こうしてとりあえず<かなめ>の荷物は客間に置いた後で<おねちゃん>直々にこの屋敷の案内が始まったのだが、当然アイツの反応は初めて令和の時代に来た<おねちゃん>と楓さんのように、見るもの触れるもの全てが驚きの連続であった。
特にトイレとお風呂はかなり気に入ったようで、そこはやはり女の子である。
「この日ノ本に…水が流れ、花の様な香りがする綺麗な厠と…勝手にお湯が沸く風呂桶があったなんて…これも全部【淳一】が南蛮から取り寄せたのですか?」
「え?あ、そ、そうだよ!たっちゃんは全世界に取引先を持っているからね!」
まぁ400年先の未来から取り寄せたなんて言っても信じるはずもないので、ここは上手く<おねちゃん>も話を誤魔化してくれた。
「さて、これでこのお屋敷の案内は終わったんだけど、<かなめ>ちゃんの部屋は楓と一緒でいいよね?」
「まぁ❤」(かなめ)
「えっ!それはちょっと遠慮したいです…」(楓)
「いや、それはマズイですよ!師匠と弟子が同じ部屋だなんて」(巽)
「はぁっ?」(おね)
俺と楓さんの反応を見た<おねちゃん>はいきなり態度が変わった、この数日間ずっと俺と楓さんの事が気になっていたのだから、変な疑いがあってもおかしくはない…それに、まだ<おねちゃん>は<かなめ>が百合系女子だと知らないのだから、この反応はしょうがない。
「どうして楓と<かなめ>ちゃんが一緒じゃダメなのか、教えてちょうだいな…たっちゃん!」
(うっ、完全に俺を疑っている眼差し…)
「い、いえ…その…な、何でもありません…ところで、救急箱はありますか?」
まぁ相手が楓さんだから、同じ部屋になったとはいえ<かなめ>も変なちょっかいを出したとしてもお約束の迎撃を喰らうだろうし、今はこれ以上この件には触れず、話を変えるのが得策だ。
「え!どうしたんだい?たっちゃん何かあったのかい?」
「えぇ、岡崎で少々背中を負傷しまして……おい<かなめ>!お前が原因なんだから、また傷の手当てをしてくれよな!」
「え~~~~~~~っ!今<かなめ>はこれから姉様のお部屋に伺うつもりでいましたのに~…そのくらいの傷は自分でも手当て出来るのでは?」
楓さんと同じ部屋になる事で、<かなめ>の頭の中はハッピーなお花畑状態になっているからか、いきなり俺からの命令にありありと拒否する表情を露わにさせた。
その態度だけでも俺の血圧が上がり傷口が疼いてくる!。
「アホか、背中の上部分をどう一人で手当てするんだよ!いいか、この傷はお前を庇って出来た傷なんだぞ!完治するまで責任を持て!」
「あははは♪まぁ、まぁ、たっちゃん!<かなめ>ちゃんもさっきここに到着したばかりだし、荷物の片づけもあるんだから、ここはうちがたっちゃんの手当てをしてあげる❤」
「えっ?」
「いえ、主のお世話は私の役目なので…私が…」
「楓は<かなめ>ちゃんの手伝いでもしてあげな!」
「ムッ…」
さて、今度は楓さんの方が不機嫌になった…やはり俺にしてみれば<かなめ>は疫病神なのかも知れない…これからどのような生活が待っているのか…不安以外何も浮かばなかった…。
(まだこの後、藤吉郎様が控えているんだよな…)




