涙
これまでよりも緊迫した空気が張り詰めていく、あの【十二飛燕】が破られた以上、その上の奥義を出すしか、もはやあの男に勝つ見込みはないと楓さん自身それを感じ判断したのだ。
(【輪廻円舞猛燕】とは、いったいどんな奥義なんだ…【十二飛燕】だって本当はあの柴田様が何も出来ないほどの凄まじい技だった…それをも凌ぐ第二の奥義…楓さんならきっとやってくれる!)
「…参ります…師匠…」
「まだこの期に及んでも抜刀せぬか…その甘さ、身をもって後悔させてやる…」
「はぁ~~~~~~!てやっっ!!」
楓さんは中段の構えを解き、右手だけで愛刀を持つとそのまま水平に腕を上げた瞬間、素早く【服部半蔵】の懐に飛び込んだ!その真っすぐ飛び込む彼女の姿は、華麗に地面すれすれを飛翔する燕そのものに見えた。
「ふっ、真正面から挑むか…甘いわ…」
水平に伸ばしていた彼女の愛刀が【服部半蔵】の左腕を狙った、当然彼は左手に握っていた鞘で受けたのだが、彼女が手にしている仕込み刀の鞘部分と【服部半蔵】の鞘がぶつかった瞬間、彼の左わき腹へ目掛け彼女は右回し蹴りを発動させたのだ!。
「ほう、体術か…」
相手はあの軍神だ、当たり前のように楓さんの回し蹴りは剣戟を受けた鞘で防御したのだが、そこからが彼女の奥義の神髄となっていく!。
「はぁっっ!」
楓さんはずっと右腕を伸ばしたまま身体を独楽のように360度回転させながら、大きく剣戟を上下に振り分けつつ、更に足蹴りまでも複合させ、まるで【服部半蔵】を中心に天の羽衣を纏った天女が華麗に舞うが如く、連続で剣戟と蹴りの攻撃を始めた!。
(ま、まるで…天女が舞っているようだ…これが【輪廻円舞猛燕】か…)
「な、何という姉様のお美しい舞…これを見れただけで…もう<かなめ>は思い残すことはありませんわ…」
「アホ、何を言っているんだ!弟子が師匠の勝ちを信じなくてどうする!」
「…そ、そうでした…」
四方八方から楓さんの連撃技が飛んでくる!。
さすがの【服部半蔵】もこれまでのように直立不動のままで攻撃を受けるのは無理のようで、常に彼女の動きが視界に入るよう彼女の動きに合わせ、自分も身体を360度回転させていく。
(とうとう【服部半蔵】も動きだした!)
「じゅ、【淳一】、姉様の動きが…だんだん早く…」
「え?」
そういえば、確かに技を発動させた時は優雅な舞のように美しい動きだった、しかし…いつしか彼女の動きは<かなめ>の言う通り速さが増しているように見える、それは車のギアを一段一段上げていくかのように…。
(ん?あの【服部半蔵】が何も喋らなくなっている!)
美しく舞いながら、ランダムに剣戟と素早い蹴りが縦横無尽に【服部半蔵】目掛け襲って来る、そんな中でも見事な鞘と剣の捌きで彼はそれをしのぎつつ、不気味に楓さんの隙を窺っているように見えた。
(大丈夫だ、いくら【服部半蔵】でも身の軽い楓さんの超神速に合わせる事など出来ない、一撃、何処に当ててもいい、その奥義の一撃で…この息苦しい時間を終わらせてくれ、楓さん!)
「ふっ…やはりうるさい蝿は叩き落すに限る…」
(えっ!!)
いきなり【服部半蔵】は被っていた深編笠を外し、楓さんに投げつけると、手にしていた鞘で一瞬ひるんだ彼女の右足の臑に一撃を与えた!。
臑への一撃…その痛さは誰もが知っている痛さだ、当然ながら楓さんもその場で動きが止まってしまう。
(ま、まさか…第二の奥義までも……破られてしまうなんて…か、楓さん!)
「…忘れたか、楓…命を賭けた勝負は剣だけに頼らず、周りの物も味方にせよと教えたのはこのわしだぞ…」
(あ、あの<かなめ>との試合で楓さんが<かなめ>に言った言葉の原点は【服部半蔵】の教えだったのか…)
「…う、くっ!」
笠を外した瞬間、俺はついに【服部半蔵】の素顔を見る事が出来ると思ったが、完全にその期待は裏切られ、初対面の時と同じく【宗十郎頭巾】で顔を隠していた。
頭巾だけではなく、深編笠まで被り、かなり周りの視界は悪いはずだが、それでも楓さんの奥義を難なく交わすとは、完全に彼は人間の域を超えている。
「大和飛燕流の神髄は神速…だが…その足を封じれば、もはや翼をもがれた燕…もう飛ぶことは出来ぬ…楓よ、しばらくその足の痛みは消えぬ…そこで痛みに耐えながらわしが9歩目を出す姿を見ておれ…」
♪ザッ!
「9歩目…………ひと~つ!……ふた~つ!……みっつ!……」
「くっ!てやぁーーーー!!」
♪カーーーン!!
「………もはや万策尽きたか、哀れなり、楓!」
「ぐはっっ!!」
まるで最後のあがきのように楓さんは右足をかばいながら【服部半蔵】に袈裟斬り攻撃を出したが、当然のように彼はその攻撃を交わし、更にとどめと言わんばかりに彼女の腹部へ強烈な蹴りを入れた!。
(楓さん!)
腹部を押さえ地面に倒れた楓さんの表情は苦悶に満ちていた…口元からは赤い鮮血が細い線のように流れていく。
しかしその苦しそうな表情は、ただ身体の痛みを耐えているだけではない事を、すでに俺や<かなめ>も感じている。
「う、うぅっ……う、うっ………あ、主……う、うぅっ…<かなめ>さん…」
「なんだ、泣いておるのか…楓…これが<かなめ>の師匠になる器とは…呆れて見るに堪えぬわ…どうだ?わしの宣言通りになったであろう?貴様は自分の不甲斐無さを悔やみながら、あの二人の【死】を見届けよ!」
「か、楓さん!」
「あ、姉様!」
「…次が10歩目……」
「や、やめてーーーーー!!師匠ーーーー!!」
♪ザッ!!
「…10歩…終わりだ!」




