死へのカウント
これまで俺の人生の中で一番の恐怖だったのは、金融機関やお役所からの電話と赤い色の督促封筒だった…今月どうしのげる?浩一の給与はどこから工面すればいい?何度見ても残高が変わらない預金通帳…携帯電話を持つだけでも吐き気に耐えながらビクビクしていた…こんな日々が続くなら死んだほうがいい…何度そう思った事か…。
(今思えば…何とでもなる事だったな…いくら督促されても命まで取られる事は無いんだし…債務整理や再生法、破産したっていいだよ…それで明日も生きていられるんだから…)
だが、それは令和の時代での話…ここは戦国時代…人の命ほど軽いものはない時代である…今俺は簡単に死んだほうがいいと思っていた過去の自分自身に怒りが込み上げていた…それはごく身近に迫りくる【死の影】の恐怖を感じていたからだ!。
(当たり前に目覚めて、当たり前に食事をして、当たり前に仕事をして、当たり前に眠る…これだけで生きている事に感謝しなければいけなかった…でも、俺の時代で自分が刀で殺される不安を常に持っているヤツなんてまず居ないだろう…)
自分が刀で斬られ殺される…令和の時代の人にそんな恐ろしい事を説明しても想像すら出来ないだろう…今の俺の立場にならない限り…。
(し、信じるんだ!必ず楓さんが勝つ事を…大和飛燕流は無敵なんだ!)
「ヒック、ヒック…ゆ、許してください…姉様……ヒック、ヒック…」
「<かなめ>!それでも楓さんの弟子かよ!しっかりと目を逸らさず【服部半蔵】を倒す師匠の姿を目に焼き付けておけ!」
「ヒック、ヒック…【淳一】…」
「ふん、その希望が絶望に変わる瞬間を刮目するがいい…まずは…一歩目!」
♪ザッ!
(来た!)
左手に鞘を持ち、右手には次の<獲物>を狙う刀が握られた【服部半蔵】の下げた両腕は、これから楓さんの攻撃を受けるとは思わせないほど無防備に見える。
ただ、そんな状態から一歩足を出す姿だけでも、半端なく彼からの殺気が伝わって来る!。
「……ひと~つ!……ふた~つ!……みっつ!……」
「くっ!大和飛燕流、【双翼燕】」
♪カンッッッ!……♪カシィィッッン!!!
楓さんは【服部半蔵】の真正面に斬り込む動きを見せたと思いきや、一瞬で一度左方向に身体を移動させるフェイントを見せたと同時に、右方向へ飛び【服部半蔵】へ左胴切りを狙ったが、彼は左手に持っていた鞘でそれを止めた、初太刀を止められた彼女は、素早く上段の構えに変え、彼の右肩を狙い斬り込んだが、それも右手の刀で軽々と止められた!。
(や、大和飛燕流の技を…あんなに軽々と…受け止めた……)
「…次……二歩目……」
♪ザッ!
静かに【服部半蔵】の地面を踏み締める音が<かなめ>の命を削っていくように感じてしまう…でも、まだ残り8回もあるんだ、それまでにきっと楓さんは何とかしてくれるはず。
「……ひと~つ!……ふた~つ!……みっつ!……よっつ!……いつつ!……」
「はぁ、はぁ、くっ!【閃光槍燕】」
斬り込みがダメならば【突き】と言わんばかりに、楓さんは刃を納めたままの愛刀を握る右腕を真っ直ぐ伸ばした状態で【服部半蔵】の懐を目掛けて飛び出した!。
(高速で突進しての片手【突き】か!)
「甘い!」
「はっ!」
♪バシッッッ!…ドスッ!
「くはっっ!!」
鳩尾を的確に狙った楓さんの【突き】を、【服部半蔵】は左手の鞘を使い、下から上へとまるで飛び交う蠅を払うかのように、その鞘で突進してくる剣先を弾くと、容赦なく瞬時に左足刀蹴りを彼女の腹部に入れたのだ!。
「楓さん!」
「姉様!」
蹴りの衝撃で背中から地面に倒れた楓さん…柴田様との御前試合の時は、お市様に勇気を持ってもらう為、彼女はワザと序盤はピンチになる姿を演じていた…でも、今回は…本当にダメージを喰らい倒されてしまったのだ…。
(と、とんでもない怪物だ…【服部半蔵】…)
「…次……三歩目……」
♪ザッ!
「……ひと~つ!……ふた~つ!……みっつ!……」
まだ仰向けに倒れている楓さんなど関係ないと言わんばかりに、【服部半蔵】は冷酷に三度目のカウントを唱え始める…残り7回…彼が宣言したように、少しづつ俺達の希望が絶望に変わっていく色が濃くなり始めていく。
「……よっつ!……いつつ!……むっつ!……」
「ま、まだです…し、師匠……き、【鬼斬飛燕】」
♪カンッッッ、カンッッッ!……バシッッ、バシッッ!
起き上がる瞬間に楓さんは身を低くしたまま俊足を使い、【服部半蔵】の両足のももを狙って左右に斬りつけながら、徐々に上半身を上げていき、更に左右の胴切りに切り替えたが、完全にその動きを見切っていたのか、それすら彼には通用しなかった!。
「はぁ~、はぁ~…ど、どうして…私の技が……師匠には通用しないの…はぁ~、はぁ~…」
そして…楓さんはショックのあまりまるで力尽きたかのように、両手と両膝を地面に着いた状態になった。
(か、楓さん…)
♪ザッ!
「……四歩目…ふん、次第に<かなめ>の顔から死相が出て来ておるわ…待っていろ、後六歩でそこに行く…」
「ひ、あ、姉様…」
いつしか<かなめ>の左手は俺の着物の生地をギュッと握り始めていた、そして…その握り拳は小刻みに震えだしている…彼女自身もあの【服部半蔵】がとんでもない怪物なのだと全身で感じていたのだ。
「……ひと~つ!……ふた~つ!……みっつ!……よっつ!……」
すでにカウントは【4】を越えた…それでもまだ楓さんは、逆転サヨナラホームランを打たれた高校球児のようにその場で四つん這いのまま項垂れている。
(どうしたんだ、楓さん!このままだと…)
「……いつ~つ!……むっつ!……なな~つ!……」
(楓さん!)




