白き人。
「恩じいは、御年200歳だよ!だよー…だよー…だよー…(エコー)」
琉宝から脳内爆発ワードをお見舞いされて、要は両膝をガクガクさせがら食卓まで何とか辿り着いた。
要の姿を見てまず反応したのは応だったが、すぐに李人達も声をかけてきてくれた。
「あっ、要ちゃん起ぎた!?大丈夫?頭とか痛い所は無い?」
「要、起きたのか?お前、飯どれぐらい喰う?」
「李人兄、倒れた人にお茶碗差し出すのってどうなの?」
「あ?腹減ったから倒れたんじゃねーのかよ。」
「人類がみな李人兄じゃないんだよ?」
「おい、ストレートにバカにすんじゃねえ。」
李人達の会話を聞いて、少しだけ気持ちがホッとする要だったが、食卓の席に付いて見回してみれば、再び目がクラクラしそうになった。
※ 横に座る李人から順に目で追う彼女の視点をお楽しみください。
ー ヤンキー…頭ピンク美少女(双子)…真っ黒○ロスケ美少年(双子)…猪の使いを連れた幼子に…200歳の巨人…
ーあれ?もしかして、ヤンキーが1番地味…かも?
「おい、要。お前、今なんか失礼な事考えてるだろう?」
「え!?いやいや、何も!何も考えておりませんよ!」
「本当かぁ〜?俺には分かんだぞ!」
「いや、それどういう根拠だよ?李人兄…。」
「ほ、本当に考えてないってば!」
李人にジト〜っとした疑いの眼差しを向けられ、狼狽える要だったがここで救世主が現れた。
「遅れてすみません。」と声を出しながら顔を出したイズモだった。
イズモは席につくや否や「手続きや荷物の整理などがあって、昼食の準備に時間が取れずすみません。」と謝罪してきた。
その言葉には、いかに自分たち人神がここに集まるのに手続きが必要なのかが伝わってくるのだが、要は自分自身が1番フライングもいい所なので何ともフォローできず気まずかった。
恩地はその大きな手でイズモの頭を慣れた手つきで撫でると「ややこしい書類やら任せてすまんの。お前さんのおかげで今年も皆が集まれた。感謝するぞ、イズモ。」と深謝の意を表した。
頭を撫でられたイズモは、少し照れくさそうに「いえ、僕も皆さんに会いたかったですから。」と返事を返した。
あれほど大人びたイズモが、恩地の前だと自分たちと変わらない青年に見えて、要はどこか安堵の気持ちが芽生えた。
くキュるるるるるるるる〜…
そのせいか、また自分の腹時計が鳴ってしまい皆の視線を集めてしまった。
「ほら、要はやっぱり腹減ってたんだよ!」
「要さんは、李人兄と同じ生き物だったんだね…」
「あ?どう意味だ、甲!」
「要ちゃん、いっぱい食べてね!応がいっぱい作ったからね!」
「お前、ご飯炊いただけだろうが!俺が肉を焼き続けたんだぞ!」
「要ネーネ、この人参しりしりは私が作ったんだよ!いっぱい食べてね!」
「あ、ありがとう…」
要はこの異様なメンバーの中で1番心配されている自分に居た堪れない気持ちになった。
ー もぉ〜!なんで、私のお腹はこんなになるのかなぁー!?
羞恥心で目尻に涙が出そうになる要の傍で嬉しそうに大声で笑ったのは、豪快な恩地だった。
「ハハハハハハハハハ!腹が減れば腹が鳴る!誠に健康で良いことだ!なあ、イズモ?」
「ええ、とても良いことです。」
「したっけ、皆が作ってくれたこのなまら美味そうな昼飯を頂こうか!」
「はい、皆さんありがとうございます。では、いただきます。」
「「「「「いただきます!!!」」」」」
イズモの掛け声に皆が嬉しそうに合唱させると、各々に、小皿や取り箸を手に持ち出した。
朝食も色とりどりの料理があったが、要の前にはまた沢山の料理がボリュームを増して並んでいた。
メインは大皿にてんこ盛りに盛られた生姜焼きが、テーブルの中央でその存在を大いに主張していた。
そしてその脇には琉宝が作った人参しりしりが置かれている。
その横にはこれまた琉宝の手作りだという麩チャンプルーには、キャベツやニラだけでなくシャキシャキとしたもやしが入っていて美味しそうに湯気を出していた。
牛蒡と蒟蒻の煮物は、蒟蒻が手網の細工をされていて味も良く染み込んでいるし見た目も華やかだ。
レタスやベビーリーフ、ルッコラやバジルのサラダには銀杏切りされたオレンジやスライスされた生ハム、ラディッシュそしてミニトマトが入っていて、こちらも彩りが良い。
サッパリ要員に、大根と人参、そして鯛の切り身が入った酢の物が置かれ、ここにもイズモの手作りであるキムチの漬物が置かれていた。
李人は豚の生姜焼きとキムチをご飯の上にのせると、それを美味しそうにかき込んでいた。
イズモはそれを見て「李人、ご飯は逃げないのでもっと落ち着いて食べなさい。」とまた母親のように苦言を口にしたのだが、李人はこれを気を止めないように「だって美味ぇーんだもん!」と言い返した。
「おばあが用意してくれたアグー豚は最高さぁ!」
琉宝が嬉しそうにそう言う横で、李人に負けじとご飯を頬張る甲は「まじ、琉宝のお祖母様には感謝の意しか無い。」と声を漏らしていた。
「このお米も最高でしょ!何たって私が炊いたんだがらね!」
「お前の力じゃねえわ。あきたこ○ちの実力だ。」
「もう、李人にはひと○ぼれ送ってあげないからね!?」
「やめろ!あれも美味いんだよ!」
「要さん、明日は僕の所のコシ○カリが出るから期待してて良いよ。」
「ぶいぶいぶいぶいブイ!!!」
「落ち着いて、ブーイ。こぼしてるよ!」
「ハハハハハハハ!皆んなで食べる飯は美味い!そして肉も美味い!」
「「同感。」」
恩地の言葉に、李人と甲が強く頷き合ってるのを見てイズモは要にこっそりと耳打ちするように声をかけてきた。
「皆が異常に食べるのであって、僕達が普通なんですからね、要さん。」
そこは間違えないでください。とでも言うように真剣な目で見つめてくるので「わ、わかっております!」とだけ何とか返した。
そんな要の前ではまるで光の速さで生姜焼きたちが消えていく。
要も応や琉宝に取り分けて貰った料理を口にしていく。
まずは、メインの生姜焼きだが胡麻がふられてあって、見た目もそうだが湯気だけでも良い香りがして美味しいのがすでに伝わってきていた。
それをパクリと口に入れた要は感嘆の声を上げた。
「うわっ、この豚肉…すっごく美味しい!ご飯にとっても合う!」
豚の旨みと、一緒に焼かれた玉ねぎの甘さ、そして生姜と醤油の香ばしく甘辛いタレの味がじゅんわりと口の中いっぱいに広がっていく。
気づいたら要は、ご飯を頬張り肉と米のハーモニーを噛み締めていた。
「でしょ!!要ネーネーにも喜んで貰えて嬉しいよ!」
「琉宝ちゃんの人参しりしりもね、本当に美味しい…」
要の止まらぬ箸の動きを見て、琉宝は嬉しそうに微笑む。
「えへへ!お母さんからお出汁とね、ごま油が大事なんだって教えて貰ったさぁ!」
「琉宝ちゃんは、本当にお料理上手だね。」
「そら、お前のあの現代アートよりは上手だろうよ。ケケケケケ!」
「現代アート?」
「李人は余計なこと言わないで!琉宝ちゃんも、今聞いたことは忘れて!」
「応はすごいと思ったけどなー。」
「応ネーネー、どんなアート?なの?」
「応ちゃんも!シー!言わないで!」
「えー?」
どんどんと騒がしさが増す食卓に苦言を唱えようとイズモが口を開こうとした時、そっと彼の肩に触れたのは大きな手だった。
「恩じい?」
「今はこのままで。…皆、嬉しいのさ。わしも久々に守り地の外に出れて新鮮な気分だ。」
「…そうですね。そうかもしれません。」
「ほれ、イズモももっと食わんか。」
「いえ、僕はもうお腹いっぱいですので。」
「李人はもう3杯目だぞ。」
「成長期の高校生と一緒にされては困ります。恩じい、僕はもう22歳ですよ。」
「ハハハハハハハ!何を言ってるんだ、イズモ!ワシからしたらお前はまだ雛鳥だ!」
「…雛鳥…。」
困ったように笑うイズモに、嬉しそうにする恩地、要を囲んで笑い合う李人や応達を見ながら、要はご飯を食べた。
「「「ごちそうさまでした!」」」
あれだけあった大量の料理達も綺麗に平らげて、要はお腹をさすって「美味しかったなぁ」と自然と声に出していた。
要はリビングにあるソファに腰を落ち着かせると、自信の背中を預けて深く座り込んだ。
そんな時、小さなお盆に湯呑みを二つのせたイズモが現れた。
「食後のお茶をどうぞ、要さん。」
「イズモさん!ありがとうございます。」
要はイズモから湯呑みを受け取ると、そっと視線を台所の方へとやった。
流し台の前では、李人が大量の皿たちをスポンジを使ってテキパキ洗い、甲がそれに水を濯いでいる姿が見えた。
その食器を応が綺麗な布巾で拭いて、小さな小皿などを琉宝が、大皿は恩地が片付けていた。
恩地は「わしが入ると台所が狭くなるでんな。」と申し訳なさそうにしていたが、彼の背が高いおかげで、テキパキと食器が片付けられていく。
要も片付けを手伝うと申し出たのだが「定員オーバーです。」と断られた。
それが要の体を気遣ってのことだと、彼女自身も気づいていたので今回ばかりはお言葉に甘えたのだった。
手の中にある温かい緑茶は、とても綺麗な緑色で香りが良かった。
それにそっと口をつけると、要は落ち着くようにホッと息をついた。
そんな彼女を見てイズモは控えめに声をかけた。
「要さん…」
「はい?」
「午前中に倒れられた時は驚きましたが、ご飯も食べれたようですし…今は大丈夫ですか?」
今日は僕が席を外すことが多かったので、ほったらかしになってしまってすみません…と頭を下げるイズモに、要は慌てて手を振った。
「そんな!イズモさんが謝ることじゃないです!あの、私、もう元気なので!」
要は自分の元気さをイズモにアピールするように拳を握ったが、イズモはまだ心配そうに要を見つめていた。
「ここにきて、まだ慣れないことが多いと思います。遠慮なく言ってくださいね。」
「いえ、違うんです。ここでの生活は、本当に、その、居心地がいいです。」
「そうですか…それは良かったです。」
「ただ、その…」
「?」
要は、意を決したように湯呑みをぎゅっと掴むと、イズモの瞳をまっすぐに見た。
「イズモさん。私、皆んなと出会って思ったんです。」
「はい。」
「知りたいです、ちゃんと。自分のことも、みんなのことも。」
要の強い意思のある言葉に、イズモは目を見開いた。
「要さん、」
「イズモさん、私に“人神”のこと…ちゃんと教えてください。お願いします!」
そう言って頭を下げる要を見て、イズモはその場ですくっと立ち上がった。
イズモは、自分の湯呑みをテーブルの上に置くと、要の手を湯呑みごと包み込んで「顔をあげてください、要さん。」と伝えた。
要の瞳には不安が見えたが、やはりそこには彼女の強い意志が灯っている。
イズモは力強くうなづいた。
「…分かりました。人神のこと要さんには、皆んなが集まったらお伝えしよう思っていたんですが、その気持ちがある内に急ぎお伝えしましょう。」
「え、」
ー みんなって…私を入れて7人、もう揃ってるよね?
要が彼の言葉を理解する前に、イズモはソファから要を立たせる様に自信の手を要の腕に添えてきた。
慌てる要とは正反対にイズモは要から湯呑みを預かると、廊下の方へと誘導するように声をかけてきた。
「では、皆を呼んで邂逅の間で話しましょうか。」
「邂逅の間?」
「ええ、いつも皆で話し合う時はそこを使います。」
イズモはそう言うと台所の方へ行き、李人達に声をかけていく。
突然の事なのに李人達はまるで慣れたように「すぐ行くー!」「お菓子持って行って良い?」と言いながらこちらを見ていた。
要はその場で立ちながら、ドキドキしている自分に気づいた。
先ほどまでお茶を飲んでいたのに、もう口の中が渇きそうだった。
これから何を聞かされるのか…自分から知りたいと進言したのに緊張でちょっぴり逃げ出したい気分だ。
でも、逃げてはいけない…そう思った。
逃げたいと思う気持ち以上に、知りたいと思ってしまったから。
要は今の自分の気持ちにちゃんと向き合えていた。
大人数で片付けたおかげか、イズモの声がけですぐに要の前には李人達が現れた。
「要さん、こちらへどうぞ。」
イズモの誘導で要だけでなく、李人や応達も後に続いて進み出す。
少し薄暗い廊下を歩いた先に、二枚の合わさった襖があった。
そこはまだ、要が入ったことがない場所で…
触れたこともないその襖には、向かい合うように2羽の鳳凰の絵が描かれている。
さして大きくもないその襖に、要はなぜか足が竦む思いがした。
「さあ、要さん。どうぞお入りください。」
その言葉と同時に開けられた襖の先を見て、要は「うっ、」と声を漏らしてすぐさま目を閉じた。
なぜなら、そこは手で目を覆い隠すほどの眩い光が差し込んでいたからだ。
昼間の強い日差しのせいだろうかと、要が恐る恐る目を開かせるとそこには恐ろしく広い畳の間が広がっていた。
「…は?」
「どうしたんだよ、要?」
「早く中に入りなよ、要ちゃん!一緒に座ろう!」
要の前には信じられない光景が目に映っていた。
あの襖から…いや、この家の大きさからはあり得ないほどの広さの和室。
そして奥にある何枚もの障子…開けられているその先には滝があり、轟々と後をたて飛沫を上げながら膨大な水が流れ落ちているではないか。
「嘘…、嘘だ、」
「要さん?」
驚きで、足が動かなくなった要にイズモが声をかけたが要はそれには答えなかった。
彼女は現状を理解できないまま、李人達を見た。
みんな、なんでもないように畳の上でくつろいでいる。
要は障子の外を指差して狼狽える。
「こ、ここに来るまでに、滝なんてどこにも無かったよ!それに、こんなに広い部屋…体育館くらいあるじゃない!なんで!?ここは…この部屋はどうなってるの?」
新緑のように柔い緑色の畳、柱である木の香り、滝の音、全てが五感に訴えてくる。
居心地のいいような、でも異空間の中にいる違和感で要はおかしくなりそうだった。
「要ネーネーの言うとおり、確かに広いね!」
「要さん、落ち着きなよ。」
甲の言葉より、1番幼い琉宝さえ気にしていない様子に、要はまた驚いた。
「おかしいよ、絶対!なんで!?なんで、みんな驚かないの!?」
「要さん、落ち着いてください。」
「要、大丈夫だ。怖い所じゃねえ。」
イズモや恩地の優しい声にも要の心には届かなかった。
要は咄嗟に思った。
自分は、入って行けない領域に足を踏み込んでしまったのでは無いかと。
まだ、自分には全てを受け止めれる覚悟などなかったのだと。
「や、やだ…怖い!」
「要!おい、待て!」
咄嗟に後ろに足を引いた要を見て、李人が声を上げる。
彼に逃げ出すことを怒られると思った要はぎゅっと目を瞑り、そのまま勢いで後ろを振り返りその場から逃げ出そうと動いた。
「ごめん、李人!」
「違う、要!!!後ろには…」
李人の声が要の耳に届く前に、要の前方から何かが追突したような衝撃に襲われた。
「きゃあ!?」
「要!?」
慌ててその場で尻餅をついた要は、「いたた…」と声を溢しながら目の前へと視線を上げて、大きく息を呑んだ。
襖の奥は、さっき自分が歩いてきた廊下がある筈だった。
なのに、視界いっぱいに広がるこの白い壁はなんだ?
「…ひぃッ!…ぅ、う、ろこ…?」
しかもその壁をよく見ると、それは自分の腕より大きな白い鱗が連なっているものだと気づいた時には、要から小さな悲鳴が上がっていた。
その廊下いっぱいに現れた白い鱗をまとった何かは要の悲鳴に反応するように、ぐにゃりと大きく波打った。
要の背に寒気と、恐怖が一気に駆け巡る。
「き、きゃあああぁッ!」
「要!」
「要ちゃん!」
「要さん!」
要がまた気を失いそうになるその瞬間、グッと、喉元に手をやられた感覚が襲った。
いや、現実に要の喉元には細い指先が触れていた。
その手のあまりの白さに…誰かの息を呑む音が要の耳に届いた。
『 まこと…五月蝿い…声じゃ。』
その静かな声は、要の涙などまるで見えないかように部屋の空気を震わせた。
『 少し、だまりゃ 』
要は、目の動きだけで喉元に置かれた手の先を見た。
白い手首に、白く…そして細い腕…同じ色の着物の袖が見える…その白い着物には細かな刺繍が施されているのだが、そんなことを気にやることができないのは…
「・・・清照・・・」
イズモにそう呼ばれた、このどこまでも白い女性のせいだった。




