ブタって言ったやつは焼豚にしてくれるぜ!
大鳥居での一件から少し時間を遡って、要の前には怒りの炎を静かに燃やすイズモの姿があった。
だが彼のその顔には、逆にニコリとした笑顔が張り付いていて、それが余計に要の背筋を凍らすのだ…
まあ、あれだ。
言わずもがな、イズモは怒らせると怖いタイプの人なのだ。
「…で、大人しく反省していたんじゃなかったのですか、貴方達は?」
「「はい…」」
「それが、なんで琉宝さんの前で取っ組み合いの喧嘩をしてたんですか?」
「「だって、こいつが!!」」
「はい?なんですって?」
「「…なんでもないです、ごめんなさい。」」
目をギンッ!と鋭くさせたイズモは仁王像と見紛うほどだ。
そんなイズモの前で、李人と応が体を縮こませて正座している姿を見て、要は居た堪れない気持ちで胸がいっぱいだった。
ー 最初のうちは、ちゃんと2人とも反省してたんだけどな…
要の心の言葉通り、李人も応も琉宝が現れた時すぐさま反省の形をとった。
その行動力はきっとイズモの圧りょ…く、じゃなかった献身的な教育の賜物だろう。
しかし、肝心の鬼軍そぅ…じゃなかったイズモがいないために李人の揃えて畳まれた足は早々に崩されたのだった。
「ちょっと!李人、正座は?反省できてない、めくせごだ(みっともないよ)!」
そんな李人の姿に、すぐさま意を唱えたのが応だった。
「あ?イズモいないんだし良いだろ。」
「いぐね(よくない)!」
「うるせーなー。母ちゃんかお前は!」
「な!?馬鹿なごと!誰が母ちゃんよ!」
彼の横で真面目に正座していた応だったのだが、李人と言葉を交わすたびに足は崩れ、膝が立ち上がり…あーあ、もう立ちあがっちゃいましたね。
「ビャービャーお前が騒ぐせいで、こっちが怒られるんだろ!」
「それは、こっちのセリフ!李人がしずねくて、こっちはひしゃましてるよ!」
「何言ってるか分かんねえよ!!日本語を話せ!!」
「なッ!?ほでなすッ〜!!!本気でごしゃぐど!!!」
2.3分前まで大人しく正座していた2人がもう大乱闘。
顔を真っ赤にした応が李人に覆い被さり押し倒し、李人は李人で「どけ!お前、重いんだよ!このやろー!」と罵詈雑言を浴びせ、さらに怒った応が李人の髪を掴んだものだから、李人も負けじと目の前のピンクの髪の毛に手をやれば「痛い!離して!」と叫びが上がった。
まるで、小学生の取っ組み合いのような騒ぎだが、これまで兄弟喧嘩さえ皆無だった要にはどうやってこの喧嘩を止めて良いのか分からず、アワアワと顔を青くするしかない。
その間にも2人はギャアギャアと言い争いをヒートアップさせているではないか。
腹に力のない要の「2人とも…やめて!」なんて小川のせせらぎの様な声は多分聞こえてないだろう。
そんな焦る要とは違い、琉宝と一緒に悠然とりんごをむしゃむしゃ頬張る甲に、彼女は助けを求めた。
「もう2人ともやめて!あ、ねえ、甲君もあの2人を止めてよ!」
「…因みにさっき応が言ったのは“李人がうるさいせいで、こっちは困ってるよ!”って意味だよ。」
「今、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!!」
「ごしゃぐどは、怒るぞって意味。」
「どう見てもオーバーヒートだよ!!!」
「…大丈夫、大丈夫。応も李人兄もこれが通常運転だから。」
「ええ!?これが?」
「今日の応は宮城県の言葉かな?怒るとよく出てきているな…」
「え、本当にあれが普通なの?」
驚きを隠せない要だったが、琉宝も甲の「だよねー?」という問いかけに「ねー!」と笑顔で答えている。
ー いや、でもこれ完全に琉宝ちゃんの前で喧嘩しちゃってるよね?
もし…これが、イズモさんの目に入ってしまえば恐ろしいことになるんじゃ…
「…何をしてるんですか…2人とも?」
外から戻ってきたイズモの顔…そしてこの低い声に要を含めた三人は、その顔色を道路に流し込むコールタールみたいなドス黒い色に変えた。
ものすごく簡単にいうと、血の気が引いた。
「ひいいいぃぃぃっ!!!?」
「「おげえぇッ!!」」
イズモは隣で悲鳴を上げた要の方をまずチラリと見た。
「…要さんの悲鳴にも物言いですが、それよりもそこの二人…。」
「「は、はい!」」
2人はイズモに返事を返すと同時に、ドリブルの速さで正座を決め込んでいた。
その姿はまるでビッキビキに凝固した石像のようだった…と要は語る。
そんな2人は、自身の全毛穴から滝のような冷や汗を吹き出して、小刻みに震えている。
どうやら久々に見るイズモの本気の怒りに、顔も上げられないようようだ。
2人を見た要は、この空気を少しでも軽くしたくて、手に力を込めて意を結すると「はいッ!」と声を出し震える右手を挙げた。
それを見たイズモは「はい、要さん。」と返事を返し要に発言を促してくれた。
ー 良かった!まだ弁明の余地はあるわ!
要は意気消沈している2人をチラリと見て「息してる?」と心配しながらも弁護を試みた。
「あ、あの!応ちゃんも、李人もちゃんと正座してました!!その、…最初の方は…で、ですが…はは、ははは…ごめん、2人とも。」
ゴニョゴニョと語尾を濁す、全然フォローになりきれていない言葉を聞いて、2人は肩をガクリと落とし、イズモは目が笑っていない笑顔を貼り付けて視線を李人達に戻した。
「…で、大人しく反省していたんじゃなかったのですか、貴方達は?」
「「はい…」」
そして、話は冒頭に戻るわけでー、
「琉宝さんの前で、罵倒や掴み合いなどの喧嘩は教育に悪いと…去年散々言いましたよね?」
「「…おっしゃる通りでございます。」」
要がどんなに胸を締め付けてもこればっかりは仕方がない。
李人に応…この2人は水と油なのだ、きっと。
目の前でこんなにイズモに怒っているのに応は李人に自分の肘をぶつけていたのだから。
しかも耳をすませば、まだ2人は言い合いをしているではないか。
「もう…!李人のせいでイズイズに怒られたじゃない…!」
「…あ!?お前の自業自得だろうが…!」
「何ですって…!?」
「お、やんのか…!?」
睨み合う2人の言動をイズモが見逃すわけもなく…
「何をなされると?」
「「猛省であります!!」」
ハハーっと家臣の様に首を垂れる李人たちの姿を見て、イズモは要の前で小さなため息をついた。
「…はあ、もうよろしい。全く…この2人は誰よりも目が離せませんよ。」
「ハハハ…、」
遠い目をするイズモに向かって、苦笑いを返すしかない要の後ろでヨロヨロと立ち上がろうとする李人の姿が。
彼は「足が痺れた…まじで、イズモ鬼だわ…」と、また余計な事を言ってしまい、とうとうイズモから愛の鉄槌という名の教育を受けてしまう。
ここからは教育番組を見るような、優しい気持ちで呼んでね!
まずは両手をぎゅっと握って、グーの形!
次はちょぉーっと懲らしめたい相手のこめかみに、その手を当ててね!
あとは〜…思いの丈をぶつけるようにグリグリするだけだよ!
もう一回言うね⭐︎思いの丈を!思いっきり!ぶつける様にだよっ!!
「痛でぇーーーッ!!!!」
要は目尻に涙を浮かべる李人を見て「この人、アホなのかな?」と静かに思った。
「いぎゃー!」と叫ぶ李人を見て、琉宝はキラキラした瞳で、甲に尋ねた。
「李人ニーニーは何されてるの?」
「…あそこにはね、心を穏やかにするツボがあるんだよ…」
「んじ!?知らなかったさ〜!」
「甲くん…嘘はいけないよ、嘘は。」
「本当のことの方がヤバいじゃん。」
「ま、まあね。」
頭を捻る要に、ようやく反省タイムの終わった応が駆け寄ってきた。
「え〜〜ん!要ちゃん、慰めて〜!!」
「あ、応ちゃん!ごめん、私全然フォローできなくて。」
「そんなこと、ね!ありがと〜!」
「そ、そう?えへへ…」
応からぎゅっと抱きしめられた要は、彼女の言葉を聞いて少し照れ臭くなった。
よく考えたら歳の近い女の子とこんなに楽しく触れ合ったのはいつぶりだろう。
ー 喧嘩には驚いたけど…みんなといると、楽しい…かも。
要がそう思った時と、今度こそ本当にイズモから解放された李人が倒れたのは同時だった。
屍のように倒れる李人と「メっ、ですよ李人。」と釘を刺すイズモに近づいた来たのは、今まで遠巻きに見ていた琉宝だった。
「お話し終わった〜?」
ここで予想外だったのは、琉宝を見たイズモが放った言葉だった。
「次は琉宝さん、あなたの番ですよ。」
「え、私?」
「え、琉宝ちゃんが!?」
ー まさか、なんで?琉宝ちゃんは何もしてないよ!?
そう要が驚いた時だった、イズモがどこからかあるものを出してこう言ったのだ。
「あなたの大切な使いを、置いてきてはいけませんよ。」
「あー!ブーイ!」
【ぶぶぶーい!!!】
「え、ブーイって、」
それは、眩いばかりに光る白い…
「ブーイって、白い…豚!?」
要が目にしたのは、嬉しそうに琉宝の足元でじゃれる小さな白い子豚だった。
しかし、要が豚と言った途端、その子豚が要に向かって大きく鳴き始めた。
【ぶぶぶっーイ!!!!!】
「わっ、え、なんか、めちゃくちゃ怒ってる!?」
要の足元には小さな白い子豚が、興奮気味で鼻を鳴らしている。
しかもよく見ると要の足に頭から突進しているではないか。
でもこれが驚くほど痛くない…効果音もポスポスって感じだし。
正直言おう…めちゃくちゃ可愛い。
どう見ても要に抗議しているように見えるブーイの姿に、琉宝は「これダメよ、ブーイ!」と宥めるように額をさすると、要に訂正するような言葉を口にした。
「要ネーネー、ブーイは豚じゃないって怒ってるさ!」
「わ、ごめんなさい!」
【ぶぶぶ…ぶぶぶーい!ぶぶぶぶぶぶいぶぶいぶい、ぶぶぶぶぶぶイ!!】
「…琉宝ちゃん、ブーイさんはなんておっしゃってるの?」
要の質問に琉宝は「こほんっ、」と芝居がかった咳を一つ吐くと目をキラリと光らしてまるでブーイとシンクロするようにこう言った。
「我こそは、神の使いブーイ!その姿は偉大なる猪であり、大地を猛然と翔けてゆくものだ!豚と言ったやつは前に出よ!焼豚にしてくれる!!!」
「最後だけ、なんで物騒なの!?」
「うーん、じゃあ!ブタって言ったやつは焼豚にしてくれるぜ!」
「どっちも一緒だよ、琉宝ちゃん!!!」
【ブーイ!!】
「テビチより焼豚派なのよね、ブーイは!」
ブーイと頬擦りする琉宝の姿を見て、要は思った。
ー 白い子豚が豚じゃなくて猪で、でも神の使いで、だからだから……
ー もう、どっからツッコめばイイの〜〜!?
そして、屍となった李人は長らく放置されたままだった。




