東北・中部の人神、現わる。
「次は屈伸うんどぉ〜う!さん、はいっ、」
要は自分の横で素直に屈伸運動に励む李人を見て「ヤンキーがテレビ体操している」と珍獣を見るような目で見ていた。
ダルそうにやるかと思いきや、意外にも李人は真面目に膝を曲げて視線もまっすぐテレビに向かっている。
迷いのないスムーズな動き、これはもしや…
ーえ、もしかして李人っていつもテレビ体操をしているの!?
そんな思いで要はふと、自分たちの後ろで同じく膝を曲げているイズモを見てある仮説を導き出した。
ーこれは、きっとイズモさんの教育の賜物なんだわ!
でないと、とても品行方正には見えないあの李人が順従に膝を曲げるわけがないと、要は不躾にも李人から視線が外せなかった。
ー 李人もここに来たってことは、しばらくはここにいるってことなのかな?
彼とはまた会いたいとは思っていた。
なぜなら、李人に出会わなければ自分が人神だとも知らずに死んでいたからだ。
昨日まで死んでも良いと思っていた要は、イズモのお陰で少しは未来に希望が持てた…ような気がする。
それならば、イズモの言葉通りもっと人神のことが知らなければならない。
できたら、李人にも彼自身のことや自分のことを話したい所なのだが…
ーでも、私…高知から逃げ出しちゃったしな…
ー李人がそれを知ったら…怒るかな?
「要さん、ちゃんと前見ないと危ないですよ。」
「あっ!は、ハイ!」
突然のイズモの忠告に、要は慌てて視線を前に向けた。
その時、少しよろけそうになってしまい危うく李人にぶつかる所だった。
そんな要に李人は揶揄うように声を上げた。
「真面目にやれよ、要!」
「わ、わかってます!」
「二人ともですよ。李人はもっと腕をあげなさい。」
「へ〜ぃ…」
「返事はハイ。」
イズモの声に、李人は分かりやすく眉間に皺を寄せたが、口を尖らせて渋々と言ったように「…ハイ。」と返事を返した。
ちょうどその時、テレビ体操は終わりを告げテレビ画面では体操の指導者たちが「ご機嫌よう!」と手を振っていた。
イズモは深呼吸を終えた要たちを見てニコリと笑顔を向けると、パチリと両手を叩いた。
「よろしい。では今日からは朝食に李人も加わるので手伝いをよろしくお願いします。」
要が「はい。」と返事を返す前に、李人から「出汁は?」という声が上がって要は驚いた。
「え?」
「それなら、昨夜から昆布を鍋につけています。」
「おし!腹減ったから、急ごうぜ!」
見れば、李人は迷わず足を台所へと進ませていた。
それはまるで自分の家の中を歩く様に軽快に。
どう見ても完全にこの家の間取りを知っているかのように。
どうゆうことなのか聞きたい要だったが、李人はそんな要を見ることもなくズカズカと台所に足を踏み入れ「飯!腹へった!」と息巻いている。
「ハァ…、ご飯を多めに炊いて良かったですよ。」
イズモが李人の後ろをため息まじりでついて行くので、要も急いで追いかけた。
台所に入るや否や、イズモは李人に朝食の献立を提案していた。
「朝食のメインはノドグロが手に入ったので、それを塩焼きにする予定です。」
「マジ!?やりぃ!何匹焼けば良いんだ?」
「それが先程連絡があったので、二人分追加で焼こうかと思っていて…」
「んげ!あの二人…もう着くんか?」
要は二人の会話を聞きながらずっと驚いていた。
イズモの口調からこの2人が顔見知りで、どうやら仲は良さそうだとは思っていた。
だが李人がここに現れるや早々に「もう、こんな時間だな。早くしないと体操始まんぞ。」と手慣れた様子で、テレビのリモコンにスイッチ入れた時もびっくりした。
李人は今も台所の作業台の引き出しから、まるで自分の物のように紺色のエプロンを出しているではないか。
これはもう間違いない。
「李人って、ここに来たことがあるの!?」
「いや、だからサンつけろや。」
要の言葉に、まな板の前に立つ李人が包丁を持ったまま要の方へと振り向いた。
「俺の方が年上だぞ。」とメンチを切る李人に、イズモが声を上げた。
「李人、刃物を向けない!」
「ぐ…、ごめんて。だってこいつが…」
「礼儀がなってねぇから…。」っと小さく尻すぼんでいく李人は、どこかの借りてきた猫のようだが、目つきは悪いまま。
彼としてはちょっとした冗談のつもりなのだが、怒られて言い訳が出てしまったのだ。
そんな李人を見てイズモは「全く。」とため息をつくと、要の方に向き変えると要に彼女用のエプロンを渡した。
「要さん、李人は毎年ここに来ていますよ。なので僕がいない間に此方での事で分からない事があったら、李人に聞いてみてくださいね。」
「え、あ、ハイ、分かりました。」
ーえ?毎年来てるってどういうこと!?
要の動揺する気持ちに気づかないまま、男二人組はどんどん朝食を作っていく。
李人の自分より遥かに上手い包丁さばきに、要はショックを隠せなかった。
調味料の場所や、鍋の仕舞ってある所まで李人は当然の様に把握していた。
ここに来たばかりの要とはえらい違いだ。
トントン…と小気味よい音を立てて、大根を均等に短冊切りにしていく李人に要は目が離せなかった。
「ん?なんだよ、要?」
「!な、なんでもないよ!」
慌てて隠したが、自分の手元にある大きさの不揃いに刻まれた人参の成れの果てを李人に見られてしまった。
案の定、李人は腹を抱えて笑いだした。
「ちょ、要お前、なんだよその人参!?それヤベーやつだろ!」
「う、うるさいなッ!!」
顔が急激に熱くなるのを感じながら、要は分かりやすく怒った。
それでも李人はケラケラと笑い続ける。
「李人、笑ってないでお味噌をときなさい。」
「イズモ、まじヤベーぞ!これ!」
「あなたも初めて料理した時は、そんな感じでしたよ。」
「初めてって…ここで?」
「いやいや、俺はもっとマシだった!これは現代アートだわ。」
「な、何よその言い方!」
「しかも金取れねーやつな、ケケケッ…!」
「〜〜〜ッ!!!」
イズモも言葉に、李人が以前からここで料理していたことは分かったが、今はそれよりも自分の自尊心の方が大事だ。
要はもう李人のメンチ切りなど怖くなかった。
ワナワナと肩を震わす要を見て、イズモは李人に声をかけた。
その声は分かりやすく低い。
「…李人、これ以上遊んでいるようでしたら、朝ご飯抜きにしますよ。」
「はぁ!?や、やるよ!味噌ぐらいといてやらぁ!」
「湯葉入りなんで気をつけてくださいね。」
「はいはい。」
「ハイは一回だと言ったでしょう。」
やれやれと言った感じで、イズモが魚を焼いているグリルの方へ目を向けようとした時、要がそっと声をかけた。
「あの、イズモさん。」
「なんですか?要さん。」
「昨日の夜、みんな集まるって言いましたよね?」
「はい。言いました。」
「みんなって…」
「誰ですか?」と続く前に、味噌汁に取り掛かっていた李人から大きな声が上がった。
「イズモ!ネギが無ぇ!」
大きな冷蔵庫の引き出しを漁りながら、そう言う李人にイズモは「新聞紙で包んだのがあったでしょう?」と声をかけたが、どうやらお目当てのものは無かったようだ。
続け様に李人からまた不満げな声が出た。
「どこにも見当たんねぇの!」
「では、プランターから採って来ましょうかね。すみません、要さん。お話は朝ごはんの後でも良いですか?」
「あ、はい!大丈夫です。」
「ありがとうございます。では、その人参はニラと一緒に炒めるのでそこのボールに入れておいて下さい。」
「卵と炒めてサっとニラ玉にしちゃいましょうね。」と言いながら、イズモは李人と一緒に台所の奥にある勝手口へと向かう。
「では、ちょっと行ってきますね。」
扉の先で雪駄に履き替え、台所から出ていく二人を見送る要。
どうやら、あの勝手口の奥には家庭菜園まであるようだ。
鍋のコトコトという小さな音だけが要の耳に伝わってくる。
要は焼き魚の香るグリルの前を通りながら小さなボールを選んで手に持つと、イズモに言われた通りニンジンをまな板から移していく。
慣れない手つきのせいか、移すだけでももたついてしまう。
そんな自分に向かってか…つい小さなため息が出てしまった。
「ハァ…。」
ここでの生活はまだ慣れないことが多いし、驚くことだらけだ。
昨日まで居なかった李人まで現れて、しかもあのイズモの発言。
要はずっと心内にある疑問を独り言のように口に出していた。
「ここに集まるって、…みんなって誰なんだろう。」
そう言った自分の視界の端に、鮮やかなピンク色が差し込んできた。
「皆んなは、皆んなだよ?」
自分の独り言に、返事が返ってきた要は「え?」と小さく声が漏れてしまった。
そっと後ろを振り返ると、なんと自分の真後ろにピンクの髪の毛を揺らす知らない女の子が立っていたので要は思わず叫んでしまった。
「ぇ?ぎゃぁあっ!?」
胡瓜を見て勢いよく後ろへと仰反る猫のように、顔面を引き攣らせた要は涙目だった。
でも、そんな彼女を見ても女の子は気にする様子もなく、ボールの中身を見て明るい声を上げた。
「わぁ!これ、すごい人参の切り方だね!斬新斬新!」
パチパチ…!と喜ぶように手を叩く女の子に、要は純粋に褒めらたような錯覚してしまい「あ、ありがとうございます。」と口に出していた。
李人が見たら「お前、馬鹿か?」と頭を指刺される場面である。
だが女の子はニコニコと笑いながら、まだ手元で拍手を続けるので要を照れ臭くなって、無意識に後頭部を掻いたが、すぐにハッとなった。
「それほどでも…って、あなた誰!?」
ー照れてる場合か!私!
要の言葉に女の子はコテリと頭を傾げる。
すると、その鮮やかな髪がサラサラと水色のパステルカラーのパーカーの上に流れていく。
女の子の独特な雰囲気に、要は目を奪われていた。
「うん?私はねぇ」
「応!」
ーえ、今度は誰!?
女の子同様に突然現れたのは、李人よりも少し背の低い男。
彼は玄関へと続くドアから急いで入って来たのか、少し息が切れていた。
濡れたような深い黒色の長い前髪が特徴的で、黒のパーカーに黒のマスクにと、こちらも中々に個性的だ。
要も思わず心の中で「うわっ、まっくろく○すけ」と思うほどだった。
「あっ、甲ちゃん遅いよ〜!」
ー え、知り合い!なの?
男の子に向かって甲と呼び、嬉しそうに手を振る女の子。
要はひん剥きそうな目で男女を交互に凝視してしまったが、彼らは要のことなど気にしないように会話を続けていた。
「お前、勝手に入ったら駄目だろう!」
ー あ、このまっくろく○すけ、案外まともな人だ。
「だって、体操に間に合わなかったんだもん!だから朝ご飯だけは絶対イズイズと食べたかったの!!」
ー 体操に朝ごはん…イズイズってまさか!?
男の子は台所から勝手口の奥まで見渡すと、ようやく戸惑う要を目にした。
「…いや、イズ兄いないじゃん。っていうか、あんた誰?」
ーそ、それはこっちのセリフ!!!!
彼は要を見ても慌てることなく、どこか怠そうに聞いてくるので、要の方が慌てて「いや、あの、私は…」と動揺してしまった。
「あっー!もしかして、あなた要ちゃん!?」
自分で答える前に、名前を言われた要は驚いた。
ーな、なんで…この人…私の名前知ってるの!?
要の生きてきた中でこんなに個性的な人間と関わったことなどない。
あれば絶対忘れられない二人だ。
でも、女の子は要を見てキラキラと瞳を輝かせているではないか。
要は頭を捻りながら声を漏らした。
「え?あ、そうですけど…なんで、私のこと知って」
「きゃあぁぁ!生要ちゃんだ!」
「そんな、生キャラメルみたいな言い方。」
甲の冷めたツッコミを気にすることなく、応と呼ばれた女の子は嬉しそうに要の首元にぎゅっと抱きつく。
応の要への包囲は存外、力が篭ったモノだった。
「甲ちゃん、見て!本物の要ちゃんだよ!見てみて!」
「グぇ!」
「はいはい…、ずっと見えてたよ。」
要から潰されるカエルのような声が出ているにも関わらず、この二人はマイペースに会話を続けるので、要は応の腕の中で意識が飛びそうになる。
「あ゛、あなた達は…」
ーい、一体誰なのよぉぉぉ!?
要の意識が飛びそうになる瞬間、きぃっと勝手口が開く音が聞こえた。
それと同時に、聞こえてきたのは李人とイズモの声。
「あれ、応じゃん。」
「おや、本当だ。」
「あ!イズイズ!!」
二人の顔を見るなり、応は要を抱きしめる腕をパッと勢いよく離した。
そのおかげで要は新鮮な空気をめいいっぱい吸えたが反射的に「ゴホッ、ゴホッ、」と咳が出てしまった。
その間に2人は嬉しそうにイズモ達の方へと駆けて行く。
応に続き早足でついて来た甲も黒のマスクを外して、どこか嬉しそうにイズモ達に声をかけた。
「おはよう!イズイズ!」
「おはようございます…。」
「おはようございます、甲もこちらに到着していたんですね。」
イズモの言葉に甲は少し不貞腐れるように返事を返した。
「…うん。応がうるさくて。」
「な!そんなごど、ね!」
「ふふふ、二人が無事に着いて安心しました。」
イズモの笑い声を聞いて要が顔を挙げると、李人が応の頭の上にぽんっと手を置いたのが見えた。
「応、お前今度の髪の毛ピンクかよ、派手だな。」
「可愛いっしょや?」
応は李人を見ながら嬉しそうに声を出していた。
そんな彼女を見ながら甲はうんざりするような声を出す。
「その前は紫だったんだよ…。」
髪色変える度にスマホに写真を送りつけてくるんだから…と甲は続けた。
それを聞いて李人は「まじか、」と言うとわしゃわしゃと応の髪の毛を撫で始めた。
「あんま染めすぎんと、髪痛むぞ。」
応は「うにゃ!止めで!」と声をあげて自分の頭を雑に扱う李人の手を払った。
「もう!ちゃんど、お手入れしでるの!」
頬を膨らませながら自分の髪を整えた応は、イズモの方へと近づいてそっと声をかけた。
「ね、イズイズどう?…この髪、可愛いよね?」
「そうですね。とても似合ってますよ。」
「うふふふふ!じゃあ、無問題!!」
イズモの優しい笑みに、応は嬉しそうにはしゃぐ声を上げる。
「イズ兄は、応に甘い。」と言い袖を引っ張る甲を見て、イズモは甲の頭に優しく手をやって微笑んだ。
「甲は背が伸びましたね?」
「っ!分かる?3センチのびた…。」
「ええ、去年より目線が高くなっています。」
「…へへ。」
応と甲の頭を撫でるイズモの姿を見て、要はまるでイズモが2人の父親の様に見えた。
それ程に、2人はイズモに対して嬉しそうに接している。
そんな3人に横入れするように、声を出したのが李人だった。
「俺もあと10センチくらい伸びてぇ。」
「いや李人兄は、今よりもっと厳つくなるから伸びない方が良いよ。」
「なんだと!甲、お前生意気だぞ!」
「なんでよ?本当のことでしょ?」
「ああ!?」
「こら、台所では騒がない。」
「「……はい。」」
まるで兄弟や家族の様なやりとりをする4人の姿に、要は戸惑いながらもイズモに声をかけた。
この状況を一刻も早く誰かに教えて欲しかったのだ。
「あ、あのぅ…」
「すみません、要さん。朝ご飯が遅くなっちゃいましたね。」
お腹空いたでしょう?と心配するイズモに、要は小さく首を振った。
「いえ、それは大丈夫です。それよりも、」
「それよりも?」
「この方々は…一体、誰なんでしょうか?」
要の視線が応と甲へと向けられると、イズモは合点が言ったように声を出した。
「ああ、紹介がまだでしたね。こちらの…」
「やっぱり、要ちゃんなんだね!ほら私名推理!」
紹介しようとする途中で嬉しそうに声を上げる応に、イズモは「こら、ちゃんと自己紹介なさい、応。」と注意した。
「はーい!私は応だよ。んで、こっちが…」
「甲…応とは双子です。」
「双子!?」
パッと見、全然似てない2人がまさかの双子だったことに、要は分かりやすく驚いたが、どうやら驚くのはそれだけではなかった。
「そして二人とも要さんと同じ人神です。」
「ええっ!?」
続け様にイズモから放たれた言葉に要は目を丸くさせられたのだ。
ー人神、このこ達も…私と同じ!?
驚いたまま、要は目の前の2人を見入る。
胸元まで伸びたピンクの髪を、指で梳いている応はニコニコと要を見ながら笑っていて、甲は照れているのか少し俯き加減だった。
「東北地方を守地とする人神、応と」
「中部地方を守地とする人神、甲です。」
イズモの凛とした声に、要は2人の瞳と初めて正面から目が合った。
双子の瞳は、どちらも片方の色が灰色だったのだ。
「「よろしくね、要ちゃん・さん」」
2人のサウンドの様な声が要の耳へと一気に駆け巡る。
要はまだ状況が飲み込めないでいた。
次の更新予定は7月10日です。




