1-3 奇妙なバディ・銀髪の少女
◇
「ほらよ」
馭者が馭者台に戻った後、2人は再び馬車に乗った。
そこでユーリは、リデオに服を渡した。
その服は、街で遭遇した盗賊団のものだった。
「街を出る前に剥いてきた。俺が締めたやつだから、血はついてねーだろ」
ほんの少しだけ、リデオの目が丸くなる。
「いつの間に…?」
企業秘密、とユーリはニヤついた。
◇
「それじゃ、改めて作戦を説明するぜ」
相手組織の名はオルガ盗賊団。
100人前後、ごろつきから傭兵崩れ等で構成されている中堅組織。根城は、この先の谷の頭にある。
ユーリが入口で陽動し、その隙にリデオが妹を助け出す、というものだった。
「奴らの目的は俺を殺すことだからな。これ内部の地図」
そう言って、ユーリはリデオに畳んだ布を渡す。
薄汚れた朱色の布に、炭で描いた図面。アジトの構造は案外単純そうに見えた。
図面に視線を落としたまま、リデオは言った。
「服といい地図といい、随分と手際が良いな」
「だろ?いやー地図の情報手に入れるのは流石に苦労したわ」
「だが作戦には反対だ」
「わあ、率直」
「賊の中には手練れもいる。1人で100人相手は流石に不可能だ」
手練れの賊2人を相手に無傷だったユーリを、決して弱いとは思わない。
しかし剣戟において、個が圧倒的多数に勝るのは不可能に近い。
なぜだかリデオは、その事を身にしみて分かっていた。
しかしユーリはわけもなく言った。
「いやー?案外なんとかなるかもよ?俺精霊種だし」
「……?」
記憶が無いからか、そもそも知らないのか、リデオにはその言葉の意味がいまいち理解できなかった。
「だがまぁ、妹は早めに連れ出してくれると助かるぜ」
持久戦を見越しての言葉だろう。
リデオの反論虚しく、どうやらユーリに作戦を変える気はないようだった。
「ああ、あとこれ」
ユーリは身につけていた首飾りを外し、リデオに渡した。
今まで服の下に隠れていたそれは、様々な色の石の紐に、黄金に輝く美しい石がついた、豪奢なものだった。
「妹に、エバに渡してくれ」
◇
「つきましたぜ、金狐の旦那」
オーレンからおよそ2時間。ようやく幌馬車が停まった。
ユーリは馭者に金貨を渡し、幌馬車から降りる。
リデオもそれに続いた。
そのまま橙色の岩壁に沿って歩くと、谷底に出る。
巨石で2人の身は隠されてはいるものの、すぐ奥には賊のアジトが見えた。
「じゃ、作戦通りに」
フードを取り、目立った金髪があらわになるユーリ。
盗賊に身を扮し、フードや口当てで可能な限り顔を隠すリデオ。
「早々に死ぬなよ、情報屋」
「舐めんな、混血」
双方別々の方向に走り出す。
今ここに、作戦の火蓋が切って落とされた。
◇
ユーリはゆっくりと、アジトの目の前に姿を現す。直ぐに見張りが気づき、角笛が谷底に響いた。
大勢の賊がわらわらと出てきては、ユーリに襲いかかる。
その勢いに乗じて、リデオはアジトに潜り込んだ。
響き続ける角笛の音、すれ違う武装した賊の姿に、自然と足が早まる。
———その時だった。
あたりに轟音が響き渡ったのは。
鼓膜をつんざくような音に、一瞬目の前が真っ暗になる。
窓から外を見てみれば、無数の雷が落ちていた。
雷はそのまま渦を巻いて、盗賊たちを襲う。
中心には、ユーリがいた。
俺エルフだし、という言葉がリデオの中で反芻する。
今は雷の落ちるような天候ではない。
あの男が起こしたものであるのは、明白であった。
盗賊たちの動揺や恐れが、見て取れる。
この機を逃す手はない。
地図を頼りにアジトを進む。
最奥にある岩壁を抉った部屋の扉を、リデオは思い切り開けた。
幸いにも、見張りは出払っていた。
中には鎖に繋がれた少女が一人。盗賊姿のリデオを捉えると、キッと睨む。
薄暗い室内の照明に、銀髪が輝く。
歳は僅かに下だろうか。その瞳は兄より淡い翠緑色、陶器のように白い肌。
そして何より、人間ではあり得ないような、長い耳を持っていた。
リデオは道中のユーリの言葉を思い出す。
『妹の名前はエバ、銀髪で耳が長い。妹がいたらその首飾りを渡して、’
ユーリクレイが来た’と伝えてくれ』
『それは雷の証。大事なモンだから失くすなよ?』
不可思議な力で賊を圧倒していたものの、その力がいつまで保つかは定かではない。
リデオはユーリの実妹、エバの前まで進むと、きつく縛られていた口紐を小型ナイフで切った。首飾りを取り出し、エバに見せる。
「なんで助け…どうしてそれを!」
「ユーリクレイという男に雇われた。味方だ。」
そう言うとリデオは、後ろ手に乱雑に巻かれていた鎖の、壁との固定部分を断ち切った。
両手が自由になったエバに首飾りを渡す。
「走れるか」
「え、ええ」
突然の助っ人の登場、解放という展開の速さに、少女はやや戸惑っていた。
しかし、大切な事を思い出す。
「ねぇ、この騒ぎ、兄さんが起こしたんでしょう?兄は、いま戦っているの?」
リデオは無言で頷いた。
ふいに少女の顔が強張る。リデオの服を掴み、切実に訴えた。
「お願い。私を兄さんのもとに連れて行って」
リデオは頷いた。
戦いの場に少女を連れて行く事には反対だった。
しかし早く戻って戦力になるべきであることは明白で、少女もまた、あの力を使える可能性があった。
エバを連れていれば、偽装も意味を成さなくなる。リデオは背の鞘から剣を抜いた。
扉に手をかけながら、言う。
「この先、人を斬るかもしれない。嫌なら目をつぶってほしい」
二人の間に、一瞬沈黙が降りる。
「…え?」
「え」
「あ、いや」
大丈夫デス、とエバは気まずそうに目を逸らした。
言えるわけがない。
表情のない冷淡そうな男の子の、意外な気遣いに驚いた、などと。
2人は部屋を出て、一直線の廊下を走る。
人質の脱走に気付いた追手が、早くも後ろから迫っていた。
リデオは咄嗟に、エバを連れ屋根裏に隠れた。
外では多くの足音が聞こえる。
「ちきしょうッ!!どこに隠れやがったあのガキッ!!」
「あの鎖断ち切るたァ、あれが異能ってやつか?」
「うるせぇ!今はそんなことどうでもいい。あのガキは人質としての用が済んだら、貴族に売り飛ばす手筈になってんだ!逃がしたとなりゃ俺等殺されちまう」
隣で、エバが身を固くした。服の裾を握る力が強まる。
「案外屋根裏にでも隠れてんじゃねぇの?」
「!!」
盗賊の言葉に、エバの顔がさらに強張る。
もう、おしまいだと思った。
その時だった。リデオが唐突に屋根裏の窓を蹴破ったのは。
「え、ちょ、何して」
「あぁ?なんだ今の音」
盗賊たちの足音が近づく。
しかしリデオは表情を変えない。窓の外から屋根に登り、登ってこいとばかりにエバに手を差し出す。
迫る足音、エバに選択の余地は無かった。
板張りの屋根の上、渓風がエバの銀髪を煽る。
「あれ…!」
エバの指差す方向には、谷底に倒れる無数の盗賊達。
そして空を裂く稲妻が見えた。しかしリデオが最初に見たときよりもだいぶ弱まっている。
すぐにいかなければ、間に合わない。
しかし室内に戻ろうものなら、袋の鼠だ。
「……すまない」
「え?わっ、ちょっと!」
リデオはエバを抱えあげると、屋根の縁ギリギリに立つ。
「え、まって嘘でしょ嘘よねって、きゃあぁぁぁああああああああああ!!!!」
そして屋根から飛び降りた。




