1-2 奇妙なバディ
◇
「そうか」
「んなぁ!?もーちょいなんかあるだろ!俺界隈では結構有名人なんだけど」
リデオのあっさりとした返答に、ユーリは思わずつっこみを入れる。
ほんの少しだけ、リデオは困惑した表情を見せた。
「界隈、といわれても、知り合いに名前を聞いただけだから」
「んだよー、カッコつけて損した」
あからさまに顔をしかめるユーリ。軽薄そうな男だ、とリデオは思った。
「それで、俺に何の用だ?」
振り返り、口元に薄く笑みを浮かべるその出で立ちには、一分の隙もない。もし今リデオがいきなり剣を抜いたとしても、この男は難なく応戦するだろう。
リデオはドランに言われた事を思い出す。
「西廻りでアルチェアリに行きたい。ドランヴァーレ・バローニオという人に、あんたに道案内を頼めと言われた」
「こりゃぁまた、随分な長旅で」
ドランさんが…と少し考えた後、ユーリは冗談めかして言った。
「場所、変えようぜ。こんなに死体に囲まれてちゃあ気味が悪い」
◇
街のさらに外れ。廃屋の2階に、ユーリのこの街での拠点があった。
周りからは見えづらく、反対に室内からは外の様子がよく伺えるこの廃屋は、ユーリ自身の案内がなければ、きっとたどり着けない。
その態度とは裏腹に、慎重で警戒心の強い人物であることが見て取れる。
ユーリは木製の椅子を勧め、自らは向かいに座る。
前置きもせず、単刀直入に問う。
「で?なんでわざわざ情報屋の俺なんだ?ガイドなら探せばいくらでもいるだろ」
一瞬、リデオは逡巡した。
この男に、自らの素性を明かしても良いのだろうか。
混血がこの世界にどれほどいるのかわからない以上、自らの姿は、そうやすやすと晒していいものではない。情報屋ならなおのこと、どう悪用されるかわからない。
しかし、この先同行するのであれば、隠し通すのは難しい。
それにドランがわざわざ情報屋を紹介したのは、きっと記憶の足がかりになると思ったからだ。
リデオは、ドランを信じることにした。
ゆっくりとフードを取る。同時に、横髪を耳にかける。
あらわになる獣人の耳と、人間の耳。
「名前はリデオ。どれだけ希少なのかは知らないが、俺は混血だ。マトモな旅は難しいらしい」
ユーリは、凝視したまま固まっている。
最悪始末する、とまで考えていた時、ユーリは唐突に笑い出した。
リデオはぎょっとした。柄に伸びかけた手が止まる。
「悪ぃ悪ぃ、そんな警戒すんなって。あーびっくりした初めて見た」
くっくっと笑いながら、ユーリは足を組んで言った。
「なるほど、だから俺ね。合点がいった」
意味がわからないと言うように、困惑の表情を浮かべるリデオに、ユーリは顔の横髪を持ち上げる。
切断し、無理矢理人間に近づけたかのような不自然な形をした耳。
「俺精霊種なんだよね。わけあって人間の国で暮らしてるけど」
◇
「エルフ…」
記憶にあるようなないような単語。ユーリは話を続ける。
「ドランさんには恩がある、それに外れ者のよしみだ。できれば協力してやりたいが、今は少しばかりやることがある」
「…そうか」
予想していないわけではなかった。しかしユーリは話を続ける。
「まぁそう気を落とすなって、リデオ」
ユーリは、リデオを試すように見た。碧緑の瞳が、怪しく光る。
「俺に協力するなら、協力するぜ」
◇
「妹が盗賊団にさらわれた。返してほしければ、根城に単身で来い__だとさ」
オーレンを出て、2人は幌馬車に乗っていた。馭者との間は防音の布で区切られ、リデオら以外の乗客はいない。裏で活動する者御用達の密会場である。
「分かり易い罠だ」
リデオは言う。それにユーリは頷いた。
「だろ?だから組織ごと潰すことにした」
さらりと言ってのけるユーリにリデオは僅かに眉根を寄せた。
「…正気か?」
ユーリの話す盗賊団は100人前後の大組織、それを全員相手にするなど、とても正気の沙汰とは思えない。
「潜入するって手も考えたんだがな。俺は顔が割れてるから。それが一番合理的だ。街で襲ってきたやつらも組織の奴らだ。奴さん、相当俺を殺したいらしい」
けたけたと笑いながら話すユーリ。馭者のいる方を見つめながら、リデオは問う。
「どうしてそんなに恨みを買った」
「奴らの敵対組織が、俺から奴らの情報買ったんだよ。そんでまさか他の情報屋に大金払ってまで、俺に報復しにこようとはな」
とんだ逆恨みだ、とユーリは肩を竦める。
その話に相槌を打つことなく、幌に背を預け、視線を進行方向に向け続けるリデオ。馬車は崖沿いを走っている。遠くに渓流の音が聞こえた。
思考は、あの時浮かんだ蒼髪の少女を捉えていた。
少女といっても、リデオ同じくらい。顔はぼやけていてはっきりとは判らない。
しかしその声は一層解像度を増し、記憶に克明に刻まれていた。
その時だった。リデオは顔を上げる。
「情報屋」
「ユーリだ。どうした?」
「外に武装した男3人。知り合いか?」
防音の布越しでも、獣人の耳はよく音を拾った。
ユーリは即座に、幌馬車前方の布をめくる。
「おっちゃん、危ねーから中入っとけ」
「へいへい」
馭者は素直に従う。どうやらこういうことは日常茶飯事らしい。
そのまま幌馬車後方から、二人は外へ出た。
断崖絶壁の反対側、小高い岩壁の上に、確かに男が3人。
オーレンで相対した者達とは装備が似ているようで微妙に違う。
1人の手には爆薬らしきもの。どうやら馬車ごと崖に突き落とすつもりらしかった。
こちらが馬車から出てくるのを確認すると、すぐさま襲いかかってくる。
「今度は手加減すんなよ、あいつら強いぜ」
わかっている、と口では言いながら、リデオは剣帯で鞘と柄を固定し、そのまま構えた。
わかってねーじゃん、とユーリ。
そのまま双剣で、相手のサーベルを受け止めた。
まともに攻撃を受けすぎては、鞘が傷んでしまう。リデオは相手の槍撃をぎりぎりでかわした。
穂先が頬をかすめる。
なるほど、確かに昼間の連中とは違う。熟達した使い手だ。
相手の横薙ぎをコテで受け止め、槍の柄を滑らせるように間合い詰める。
脇腹を一突き。そのまま後頭部を鞘で刺すように突いた。
「がッ……ァ!!」
男は地面に倒れ込む。そしてそのまま動かなくなった。
頬をつたう血を、リデオは強引に拭った。槍を受け止めた左腕が、かすかに痺れている。
相手方にリデオの情報は伝わっていないはずだ。それでも一切の動揺無しにリデオごと殺しにかかる。その動きは、明らかに組織的な訓練を受けたものだった。
そんな人間2人を相手に戦うユーリは、手傷こそ負ってはいないものの、防戦一方に追い込まれていた。
1人の剣撃を受け止めている隙に、もう1人の凶刃がユーリに迫る。
が、その男は血を吐いて倒れた。いや、正確に言えば、上半身だけ倒れた。少し遅れて、下半身が崩れ落ちる。
「おいおいマジかよ…!」
ユーリは思わず笑ってしまった。
男を両断したのは紛れもない、黒剣を構えたリデオだったのだから。
ユーリと刃を交えていた男は、予想外の協力者に飛び退いた。
そのまま向きを変え、退却しようとする。
「!」
「逃がすかよ!」
リデオが追うより先に、ユーリが短剣を投げる。
短剣は男の首元に命中し、男は小さく声を上げて絶命した。
「ふいーーー、危なかったぁ。奴らににお前のこと知られるわけにはいかねー」
ユーリが短刀を回収しながら言う。
リデオは抜き身のまま、地面に倒れる男のもとに近づき、首元に剣を突き刺した。男は何も発しない。おそらく最初の突きで死んでいた。
地面に広がっていく血溜まりを、リデオは虚ろな瞳で見つめている。
「殺しは嫌いか?」
ユーリはリデオに問う。リデオはいつもと変わらない無表情で答えた。
「…別に。ただ、人間の血は霧散しないから、返り血が面倒なだけだ」
違ぇ無ぇ、とユーリは笑った。そして親指で背後の馬車を指す。
「返り血が嫌なら、イイもんあるぜ」




