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橘とアルチェアリ  作者: 御社こはく
一章:ルディアノ編
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7/11

1-1 情報屋


渓流沿いに森を抜け、針葉樹の山を超す。

2月(レンゼ)終わりの今、森は静かに冷え切っていた。


木々につけられた赤い布を頼りに、道なき道を進む。朝露でぬかるむ斜面を下ると、ようやく街の入口が見えて来た。


街はこの前リデオが来たときと、なんら変わってはいない。

しかし土地勘ある者とそうでない者では、その見方は大きく変わる。

街も人も、まるで知らないものばかりだ。

魔物と相対するときには感じない、ほんの少しの恐怖がリデオの背にへばりついた。


『オーレンへ行ったら、ユーリという情報屋を探せ』


何も知らないリデオにとって、老人のこの言葉が今は全てだった。


「依頼と訪ね事は酒場…」


ドランの言葉、あとはリデオ自身がなんとなくそんな気がして、足は自然と、人の多い通りへと向かっていった。


店はすぐに見つかった。壁の看板に、ジョッキのマークがついていたからだ。

まだ昼前であるというのに、中からは騒がしい声が聞こえてきた。


リデオは中に入る。存外、抵抗はなかった。

むっ、と酒の匂いが鼻についた。


テーブルでは男たちが賭け事に興じていた。カウンターでは突っ伏して寝ている者もいる。


フードを目深に被った青年など、誰も気に留めない。


カウンターの奥で食器を拭いている少女に、リデオは声をかけた。


「すまないが、このあたりでユーリという情報屋はいなかっただろうか」


「わ、びっくりした。お兄さん、この辺りの人じゃないわね」


見たことないもの、と少女はフードの下から覗き込むような形で、まじまじとリデオの顔を見つめた。


「凄腕の情報屋がこの街に来てるってのは聞いたけど、このあたりじゃあないわね。ね、それよりこの後どこかいかない?あたしサービスしちゃう」


胸元を指先でゆっくりとなぞり、流し目でこちらを見る少女。

そういった手合は苦手なのであろうか、リデオは少しだけ眉根を寄せ、目を逸らす。


「…知らないのなら失礼した」


つれないわね、という少女の声を背に、リデオはその酒場をあとにする。

その後に赴いた別の酒場も、似たような成果に終わった。



「ユーリ?知らねぇなあ。それより嬢ちゃん、この街で一人は危ねえぞ。最近追い剥ぎが盛んだからな。あ?男だって?こりゃあ失敬失敬」


「聞いた事あるわよぉ。でもちょこっと前だから、今どこにいるかは分からないわぁ。ところでねぇ坊や。一杯付き合わない?」


金色狐(こんじきぎつね)だろ?ンな男、もうとっくにこの街からはいなくなってるよ。しらねぇけどな」


眼の前で豪快に笑う男。適当にあしらわれたのだと直感で気付く。

どの話も憶測の域をでない眉唾だった。

この調子ではどこも同じだろう。


気付けば、人気(ひとけ)の無い街のはずれまで来ていた。

打ち捨てられた廃屋が並んでいる。


オーレンはならず者の街と呼ばれる前は、鉱石の街だったという。

今は鉱物が採れなくなり、街の中心部は密航目的で外海側に移った。

しかしこの廃屋群は、在った筈の過去を確かに示していた。


随分と入り組んでいる上に、見晴らしが悪い。


リデオは廃屋の屋根に登って、目を閉じる。

灰色の町並みが遮断され、風の音、遠くの波の音、そして、人の気配が浮かび上がる。







追っている足音5つと、追われる足音1つ。

聴覚に従い向かう先には、一人の男が袋小路に追い詰められていた。


フードを被っていて、その顔はよく見えない。

いかにも賊らしい風体の男たち5人に対し、追い詰められた男は双剣で応戦している。


『最近追い剥ぎが盛んだからな。』


酒場の男の言葉がちらついた。

細い路地、相手は5人、明らかに分が悪い。情報屋について聞くためにわざわざ割って入るのは、余計な労力に思えた。


踵を返しかけた、その時だった。


『あなたには、人の命を救う力がある』


あの声が聞こえた。最初に自分の名を呼んだ、あの声が。

同時に、誰かの姿が、脳裏に掠める。

_____________蒼髪の少女が、静かに笑っていた。



「誰だてめぇ!?」


男の声に、リデオははっと我にかえる。

気付けば男たちの前で、剣を抜いていた。


「!」


追われていた男が、驚いてこちらを見ているのが分かった。

リデオ自身も驚いていたが、動いてしまった体を今更止める術はなかった。


「てめぇ、こいつの仲間かァ?」


「…ただの旅人だ」


「へ、そーかよ。こいつごとやっちまえ!!」


___...


戦いはすぐに終わった。地面で男が3人伸びている。

武器の扱いも禄に知らない、ただのごろつきに過ぎないようだった。


3人とも、殺してはいない。しかし暫くは起きない。リデオは剣を鞘に納めた。


「やるなぁ!お前」


背後で、追われていた男が、盗賊1人の首を締めながら言う。

ゴギンッと首の骨が砕ける音と同時に、盗賊は力なく地面に倒れた。

その近くには、頸動脈あたりを削がれた別の盗賊が、血を吐き痙攣している。


「だが…」


言いながら男は、右手の短剣を抜いた。

咄嗟に身構えるリデオを通り越し、先程リデオが昏倒させた山賊たちの首元に短剣をあてがう。


小さく声を上げて、男たちは次々と絶命していった。


「なにして___ 」


「顔を見られた以上、しっかり殺さなきゃだめだぜ。こいつら、無限に報復してくるから」


男は短剣についた血を軽く払いながら、こちらに向き直る。

リデオとは少し種類の違う、旅の装束を身に着けていた。目元はフードのせいでよく見えない。


「ありがとな、助かったぜ。割って入ったって事は、俺に何か用か?」


軽い口調で男は言う。おそらく、歳もあまり変わらない。

ここで初めてリデオは当初の目的を思い出した。


「情報屋の、ユーリという男を探している。何か知らないだろうか?」


正直、リデオには勝算が無かった。ドランとこの街に来てから、既に3日が経過していた。もうこの街にはいないだろうと、薄々思っていた。


しかしその予想は、見事に裏切られた。


「ああ、知ってるぜ」


なんともなしに、男は言う。

それと同時に、フードを取った。


金髪の髪に、澄んだ碧緑の瞳。通った鼻梁に整った輪郭の男の容姿は、人間(ノーマン)のそれとは、すこし違う。


自身に満ちた顔で、男は言う。


「神出鬼没の情報屋、金色狐(こんじきぎつね)のユーリとは俺のことだ!」



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