1-1 情報屋
◇
渓流沿いに森を抜け、針葉樹の山を超す。
2月終わりの今、森は静かに冷え切っていた。
木々につけられた赤い布を頼りに、道なき道を進む。朝露でぬかるむ斜面を下ると、ようやく街の入口が見えて来た。
街はこの前リデオが来たときと、なんら変わってはいない。
しかし土地勘ある者とそうでない者では、その見方は大きく変わる。
街も人も、まるで知らないものばかりだ。
魔物と相対するときには感じない、ほんの少しの恐怖がリデオの背にへばりついた。
『オーレンへ行ったら、ユーリという情報屋を探せ』
何も知らないリデオにとって、老人のこの言葉が今は全てだった。
「依頼と訪ね事は酒場…」
ドランの言葉、あとはリデオ自身がなんとなくそんな気がして、足は自然と、人の多い通りへと向かっていった。
店はすぐに見つかった。壁の看板に、ジョッキのマークがついていたからだ。
まだ昼前であるというのに、中からは騒がしい声が聞こえてきた。
リデオは中に入る。存外、抵抗はなかった。
むっ、と酒の匂いが鼻についた。
テーブルでは男たちが賭け事に興じていた。カウンターでは突っ伏して寝ている者もいる。
フードを目深に被った青年など、誰も気に留めない。
カウンターの奥で食器を拭いている少女に、リデオは声をかけた。
「すまないが、このあたりでユーリという情報屋はいなかっただろうか」
「わ、びっくりした。お兄さん、この辺りの人じゃないわね」
見たことないもの、と少女はフードの下から覗き込むような形で、まじまじとリデオの顔を見つめた。
「凄腕の情報屋がこの街に来てるってのは聞いたけど、このあたりじゃあないわね。ね、それよりこの後どこかいかない?あたしサービスしちゃう」
胸元を指先でゆっくりとなぞり、流し目でこちらを見る少女。
そういった手合は苦手なのであろうか、リデオは少しだけ眉根を寄せ、目を逸らす。
「…知らないのなら失礼した」
つれないわね、という少女の声を背に、リデオはその酒場をあとにする。
その後に赴いた別の酒場も、似たような成果に終わった。
「ユーリ?知らねぇなあ。それより嬢ちゃん、この街で一人は危ねえぞ。最近追い剥ぎが盛んだからな。あ?男だって?こりゃあ失敬失敬」
「聞いた事あるわよぉ。でもちょこっと前だから、今どこにいるかは分からないわぁ。ところでねぇ坊や。一杯付き合わない?」
「金色狐だろ?ンな男、もうとっくにこの街からはいなくなってるよ。しらねぇけどな」
眼の前で豪快に笑う男。適当にあしらわれたのだと直感で気付く。
どの話も憶測の域をでない眉唾だった。
この調子ではどこも同じだろう。
気付けば、人気の無い街のはずれまで来ていた。
打ち捨てられた廃屋が並んでいる。
オーレンはならず者の街と呼ばれる前は、鉱石の街だったという。
今は鉱物が採れなくなり、街の中心部は密航目的で外海側に移った。
しかしこの廃屋群は、在った筈の過去を確かに示していた。
随分と入り組んでいる上に、見晴らしが悪い。
リデオは廃屋の屋根に登って、目を閉じる。
灰色の町並みが遮断され、風の音、遠くの波の音、そして、人の気配が浮かび上がる。
◇
追っている足音5つと、追われる足音1つ。
聴覚に従い向かう先には、一人の男が袋小路に追い詰められていた。
フードを被っていて、その顔はよく見えない。
いかにも賊らしい風体の男たち5人に対し、追い詰められた男は双剣で応戦している。
『最近追い剥ぎが盛んだからな。』
酒場の男の言葉がちらついた。
細い路地、相手は5人、明らかに分が悪い。情報屋について聞くためにわざわざ割って入るのは、余計な労力に思えた。
踵を返しかけた、その時だった。
『あなたには、人の命を救う力がある』
あの声が聞こえた。最初に自分の名を呼んだ、あの声が。
同時に、誰かの姿が、脳裏に掠める。
_____________蒼髪の少女が、静かに笑っていた。
「誰だてめぇ!?」
男の声に、リデオははっと我にかえる。
気付けば男たちの前で、剣を抜いていた。
「!」
追われていた男が、驚いてこちらを見ているのが分かった。
リデオ自身も驚いていたが、動いてしまった体を今更止める術はなかった。
「てめぇ、こいつの仲間かァ?」
「…ただの旅人だ」
「へ、そーかよ。こいつごとやっちまえ!!」
___...
戦いはすぐに終わった。地面で男が3人伸びている。
武器の扱いも禄に知らない、ただのごろつきに過ぎないようだった。
3人とも、殺してはいない。しかし暫くは起きない。リデオは剣を鞘に納めた。
「やるなぁ!お前」
背後で、追われていた男が、盗賊1人の首を締めながら言う。
ゴギンッと首の骨が砕ける音と同時に、盗賊は力なく地面に倒れた。
その近くには、頸動脈あたりを削がれた別の盗賊が、血を吐き痙攣している。
「だが…」
言いながら男は、右手の短剣を抜いた。
咄嗟に身構えるリデオを通り越し、先程リデオが昏倒させた山賊たちの首元に短剣をあてがう。
小さく声を上げて、男たちは次々と絶命していった。
「なにして___ 」
「顔を見られた以上、しっかり殺さなきゃだめだぜ。こいつら、無限に報復してくるから」
男は短剣についた血を軽く払いながら、こちらに向き直る。
リデオとは少し種類の違う、旅の装束を身に着けていた。目元はフードのせいでよく見えない。
「ありがとな、助かったぜ。割って入ったって事は、俺に何か用か?」
軽い口調で男は言う。おそらく、歳もあまり変わらない。
ここで初めてリデオは当初の目的を思い出した。
「情報屋の、ユーリという男を探している。何か知らないだろうか?」
正直、リデオには勝算が無かった。ドランとこの街に来てから、既に3日が経過していた。もうこの街にはいないだろうと、薄々思っていた。
しかしその予想は、見事に裏切られた。
「ああ、知ってるぜ」
なんともなしに、男は言う。
それと同時に、フードを取った。
金髪の髪に、澄んだ碧緑の瞳。通った鼻梁に整った輪郭の男の容姿は、人間のそれとは、すこし違う。
自身に満ちた顔で、男は言う。
「神出鬼没の情報屋、金色狐のユーリとは俺のことだ!」




