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橘とアルチェアリ  作者: 御社こはく
一章:ルディアノ編
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10/12

1-4 金色狐の矜持



それは、2人が屋根から飛び降りるより少し前のこと。


アジトの真正面に姿を現すユーリ。谷底に角笛の音が鳴り響く。

ユーリは、あっという間に包囲された。


盗賊は武器を手に迫ってくるも、その刃がユーリに届くことは無い。


辺りに轟音が響く。


稲妻は大地を揺らし、断崖を削る。


その碧緑の双眸(そうぼう)は、強く光を帯びていた。





妹が攫われた時、ユーリはちょうど遠出していた。

だから本部(ホーム)に届いた盗賊団からの果し状で、ようやくエバが攫われたのだと気付いた。


目の前が、真っ暗になった。


エバはユーリにとって、ただ1人の同族(かぞく)で、何よりも大切な妹だった。

里が滅ぼされ2人ぼっちになっても、幼い妹の為、ユーリはどんな痛みにも屈辱にも耐えてきた。

自らが誇りを失くしても、エバだけは一族の誇りを忘れないように。


呆けている暇などなかった。


果し状の主は、隣国ルディアノの北端一帯を根城とした盗賊団。

半年前に、ユーリはその盗賊団の情報を扱っていた。



店長(マスター)の制止も聞かず、ユーリはルディアノに向かった。

相当必死だったのだろう、その道中の記憶は殆ど無い。


ルディアノ北端地域に着くと、盗賊団の情報を、片っ端から集めた。

大きな組織とはいえ、ごろつきの集まり。決して一枚岩ではない。

金をちらつかせれば、真偽の問わない情報ならばいくらでも集まった。


何度も追手に襲われた。

かつてユーリが情報を売ったことで、組織がどんな被害を被ったかなんて、ユーリには知る由も無い。

しかし確実に恨みを買っていることだけは分かった。


ならエバは今頃どうなっている?

妹には1()()()()()()()()()()。抵抗することができない。


ユーリがたどり着くまでは、人質として無事かもしれない。

しかしユーリが殺された後、妹がそのまま解放されるなんてあり得ない。



組織の場所も情報も全部割れた。しかし圧倒的に人手が足りない。


単身で突っ込もうにも、妹を人質に取られてしまえばその時点で詰みだ。

先日追手1人に逃げられたため、ユーリの顔は相手方に知れている可能性が高い。つまり潜入も不可能。


人を雇う事も考えた。

しかしすぐに雇えるようなごろつきは、大抵盗賊団の息がかかっていた。だから無駄に自らの情報を晒しただけだった。



「どーすっかなぁ……」


隠れ家の椅子に座って、ユーリは天井を見上げる。

状況は限りなく詰みに近い。

しかし迷っている暇は無い。こうしている間も、エバは敵の手中だ。


リスクはあるが、ユーリは潜入することにした。

()()()()()()()()()()、100人相手だとしても勝率はぐっと上がる。


「…となれば、装備確保」


ユーリは椅子から立ち上がり、外套を手に外へ出た。






オーランの奥の路地に、ユーリはいた。


袋小路に追い込まれるよう()()()()時から、人の視線を感じていた。


(誰だよ見てる奴…!!)


元素の力は、なるべく秘匿したい。

だからわざわざ人目につかない行き止まりに誘導したのに、他に傍観者がいるのであれば、そうやすやすと力を使うことはできない。


致し方なく双剣で応戦するも、5対1では流石に勝ち目が無い。すぐに苦戦を強いられた。


(落雷じゃなくても、放電だけでもしちまうか…?)


そう考え、瞳が煌めかんとした時だった。


傍観者の気配が動いた、と思えば目に前に人影が降りてくる。

突然の乱入者に、盗賊のうちの1人が声をあげる。


「誰だてめぇ!?」


他の盗賊達も、動揺が隠しきれていない。


「てめぇ、こいつの仲間かァ?」


「…ただの旅人だ」


そう答える声は、随分と若かった。

しかしユーリは驚くことになる。その青年の卓越した体捌きに。


まるで赤子の手を捻るかの如く、流れるように盗賊を制圧した青年。

剣を抜いてはいたものの、攻撃のほとんどは鞘や剣の腹での打撃で、盗賊は昏倒させたに過ぎなかった。

つまり多数を相手に手加減していた事になる。


「やるなぁ!お前」


口をついて出た言葉に、青年は振り向く。

フードではっきりとは見えないものの、中性的な顔立ちをしている気がした。


聞けばユーリの事を探していたという。

まさに渡りに船だった。





_____だから



だからユーリは青年の、リデオの気持ちを無視した。


オーレンで盗賊にトドメをさした時、リデオの瞳孔が広がった事にユーリは気付いていた。

それは人殺しが”非日常”である者の反応だった。


それでも、ユーリはリデオに殺しを強要した。自らの目的の為に。

人殺しをせずとも、生きていけた筈の人の手を汚させた。


それはユーリの中で、許されざる罪だった。


ユーリはぼんやりと、初めて人を感電死させた時の事を思い出していた。



今、ユーリは谷底にいる。

目の前には、積み重なった死体の山。

ユーリを取り囲み一斉に襲ってきた盗賊達は、もれなく雷の餌食になった。


ユーリは最早何も感じない。ただ障害を、潰すだけ。


盗賊たちはいくら仲間が倒れようとも、懲りずに襲って来る。

よほど頭領が怖いのであろう、中には半狂乱の者もいた。


段々と、ユーリの体力に底が見え始めた。


近接戦では効果が薄いと判るや否や、今度は矢の雨が降って来る。


「マジかよ…!」


ユーリは慌てて地面に両手をつく。

飛んでくる矢のほとんどが、その威力を殺され地に落ちた。


電気の力を流用した、磁力の防御膜。

操る力の乏しいユーリには、負担の大きい技だった。


矢の雨は止まらない。

何度も技を行使するうち、体力が底をついた。ユーリは思わず膝をつく。


威力を殺しきれなかった矢が、ユーリの頭めがけて飛んで来る。

終わった、そう思った。




その時間はやけに長く感じて、エバ、怒るだろうな、悪いことしたなと、そんな事を考えていた。




____風を切るような音。

矢は真っ二つになり、明後日の方向に転がる。


矢を叩き切った張本人は、黒刃の剣を下ろして言った。


「なんだその体たらくは、ユーリ」


思わず、笑みがこぼれた。精霊種(エルフ)の青年は顔を上げる。


「やっと名前呼んだなァオイ!リデオ!!」






崖際に設置された、細長い物見櫓。

盗賊達は、一斉に矢を放つ。


「どいて」


剣を構え直すリデオを、エバが押し留めた。

その翠緑の瞳が、淡く光る。


エバが両手を広げた瞬間、空を裂いて飛んで来る矢がピタリと止まった。

そのまま力なく、ばらばらと地面に散らばる。


それだけでは終わらない。


エバが右手を掲げると、谷間でほどける雷光が一点に集中し、次々と櫓の盗賊達を襲っていった。


「………」


「すげーだろ、エバ」


絶句するリデオと、誇らしげに胸を張るユーリ。

谷間は、静かになった。


アジトの残党が居ない事を確認し、ユーリはどっと地面に腰をおろした。


「あーーーーーーっ!つっかれた二度とやりたくねぇ!」


声色はいつもと変わらない、しかしその表情には、疲れが滲み出ていた。


「建物の中を確認したが、頭領が見つからない。逃げられたか」


確認から戻ったリデオが言う。

ユーリは立ち上がりながら答える。


「いや、ここに頭領はいねぇよ。いるとしたらご立派な屋敷の中だ。大方地方貴族が裏で糸引いてんのさ、こーいう組織は」


「貴族…?なぜわざわざ治安を悪化させるような真似をする?」


「治安が悪けりゃその分、違法な商売を通しやすい。ま、アルセパリアが通れなくなって、密航ルートはおじゃんだろうけどな」


なるほど、とリデオは頷いた。

そこにエバが近づいて来た。


ユーリはあっけらかんとして笑う。


「お、よおエバ。元気してた___」


パァンッと、谷底に軽快な音が響いた。


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