1-4 金色狐の矜持
◇
それは、2人が屋根から飛び降りるより少し前のこと。
アジトの真正面に姿を現すユーリ。谷底に角笛の音が鳴り響く。
ユーリは、あっという間に包囲された。
盗賊は武器を手に迫ってくるも、その刃がユーリに届くことは無い。
辺りに轟音が響く。
稲妻は大地を揺らし、断崖を削る。
その碧緑の双眸は、強く光を帯びていた。
◆
妹が攫われた時、ユーリはちょうど遠出していた。
だから本部に届いた盗賊団からの果し状で、ようやくエバが攫われたのだと気付いた。
目の前が、真っ暗になった。
エバはユーリにとって、ただ1人の同族で、何よりも大切な妹だった。
里が滅ぼされ2人ぼっちになっても、幼い妹の為、ユーリはどんな痛みにも屈辱にも耐えてきた。
自らが誇りを失くしても、エバだけは一族の誇りを忘れないように。
呆けている暇などなかった。
果し状の主は、隣国ルディアノの北端一帯を根城とした盗賊団。
半年前に、ユーリはその盗賊団の情報を扱っていた。
店長の制止も聞かず、ユーリはルディアノに向かった。
相当必死だったのだろう、その道中の記憶は殆ど無い。
ルディアノ北端地域に着くと、盗賊団の情報を、片っ端から集めた。
大きな組織とはいえ、ごろつきの集まり。決して一枚岩ではない。
金をちらつかせれば、真偽の問わない情報ならばいくらでも集まった。
何度も追手に襲われた。
かつてユーリが情報を売ったことで、組織がどんな被害を被ったかなんて、ユーリには知る由も無い。
しかし確実に恨みを買っていることだけは分かった。
ならエバは今頃どうなっている?
妹には1人で戦える力がない。抵抗することができない。
ユーリがたどり着くまでは、人質として無事かもしれない。
しかしユーリが殺された後、妹がそのまま解放されるなんてあり得ない。
組織の場所も情報も全部割れた。しかし圧倒的に人手が足りない。
単身で突っ込もうにも、妹を人質に取られてしまえばその時点で詰みだ。
先日追手1人に逃げられたため、ユーリの顔は相手方に知れている可能性が高い。つまり潜入も不可能。
人を雇う事も考えた。
しかしすぐに雇えるようなごろつきは、大抵盗賊団の息がかかっていた。だから無駄に自らの情報を晒しただけだった。
「どーすっかなぁ……」
隠れ家の椅子に座って、ユーリは天井を見上げる。
状況は限りなく詰みに近い。
しかし迷っている暇は無い。こうしている間も、エバは敵の手中だ。
リスクはあるが、ユーリは潜入することにした。
エバとさえ出会えれば、100人相手だとしても勝率はぐっと上がる。
「…となれば、装備確保」
ユーリは椅子から立ち上がり、外套を手に外へ出た。
◆
オーランの奥の路地に、ユーリはいた。
袋小路に追い込まれるよう仕向けた時から、人の視線を感じていた。
(誰だよ見てる奴…!!)
元素の力は、なるべく秘匿したい。
だからわざわざ人目につかない行き止まりに誘導したのに、他に傍観者がいるのであれば、そうやすやすと力を使うことはできない。
致し方なく双剣で応戦するも、5対1では流石に勝ち目が無い。すぐに苦戦を強いられた。
(落雷じゃなくても、放電だけでもしちまうか…?)
そう考え、瞳が煌めかんとした時だった。
傍観者の気配が動いた、と思えば目に前に人影が降りてくる。
突然の乱入者に、盗賊のうちの1人が声をあげる。
「誰だてめぇ!?」
他の盗賊達も、動揺が隠しきれていない。
「てめぇ、こいつの仲間かァ?」
「…ただの旅人だ」
そう答える声は、随分と若かった。
しかしユーリは驚くことになる。その青年の卓越した体捌きに。
まるで赤子の手を捻るかの如く、流れるように盗賊を制圧した青年。
剣を抜いてはいたものの、攻撃のほとんどは鞘や剣の腹での打撃で、盗賊は昏倒させたに過ぎなかった。
つまり多数を相手に手加減していた事になる。
「やるなぁ!お前」
口をついて出た言葉に、青年は振り向く。
フードではっきりとは見えないものの、中性的な顔立ちをしている気がした。
聞けばユーリの事を探していたという。
まさに渡りに船だった。
◇
_____だから
だからユーリは青年の、リデオの気持ちを無視した。
オーレンで盗賊にトドメをさした時、リデオの瞳孔が広がった事にユーリは気付いていた。
それは人殺しが”非日常”である者の反応だった。
それでも、ユーリはリデオに殺しを強要した。自らの目的の為に。
人殺しをせずとも、生きていけた筈の人の手を汚させた。
それはユーリの中で、許されざる罪だった。
ユーリはぼんやりと、初めて人を感電死させた時の事を思い出していた。
今、ユーリは谷底にいる。
目の前には、積み重なった死体の山。
ユーリを取り囲み一斉に襲ってきた盗賊達は、もれなく雷の餌食になった。
ユーリは最早何も感じない。ただ障害を、潰すだけ。
盗賊たちはいくら仲間が倒れようとも、懲りずに襲って来る。
よほど頭領が怖いのであろう、中には半狂乱の者もいた。
段々と、ユーリの体力に底が見え始めた。
近接戦では効果が薄いと判るや否や、今度は矢の雨が降って来る。
「マジかよ…!」
ユーリは慌てて地面に両手をつく。
飛んでくる矢のほとんどが、その威力を殺され地に落ちた。
電気の力を流用した、磁力の防御膜。
操る力の乏しいユーリには、負担の大きい技だった。
矢の雨は止まらない。
何度も技を行使するうち、体力が底をついた。ユーリは思わず膝をつく。
威力を殺しきれなかった矢が、ユーリの頭めがけて飛んで来る。
終わった、そう思った。
その時間はやけに長く感じて、エバ、怒るだろうな、悪いことしたなと、そんな事を考えていた。
____風を切るような音。
矢は真っ二つになり、明後日の方向に転がる。
矢を叩き切った張本人は、黒刃の剣を下ろして言った。
「なんだその体たらくは、ユーリ」
思わず、笑みがこぼれた。精霊種の青年は顔を上げる。
「やっと名前呼んだなァオイ!リデオ!!」
◇
崖際に設置された、細長い物見櫓。
盗賊達は、一斉に矢を放つ。
「どいて」
剣を構え直すリデオを、エバが押し留めた。
その翠緑の瞳が、淡く光る。
エバが両手を広げた瞬間、空を裂いて飛んで来る矢がピタリと止まった。
そのまま力なく、ばらばらと地面に散らばる。
それだけでは終わらない。
エバが右手を掲げると、谷間でほどける雷光が一点に集中し、次々と櫓の盗賊達を襲っていった。
「………」
「すげーだろ、エバ」
絶句するリデオと、誇らしげに胸を張るユーリ。
谷間は、静かになった。
アジトの残党が居ない事を確認し、ユーリはどっと地面に腰をおろした。
「あーーーーーーっ!つっかれた二度とやりたくねぇ!」
声色はいつもと変わらない、しかしその表情には、疲れが滲み出ていた。
「建物の中を確認したが、頭領が見つからない。逃げられたか」
確認から戻ったリデオが言う。
ユーリは立ち上がりながら答える。
「いや、ここに頭領はいねぇよ。いるとしたらご立派な屋敷の中だ。大方地方貴族が裏で糸引いてんのさ、こーいう組織は」
「貴族…?なぜわざわざ治安を悪化させるような真似をする?」
「治安が悪けりゃその分、違法な商売を通しやすい。ま、アルセパリアが通れなくなって、密航ルートはおじゃんだろうけどな」
なるほど、とリデオは頷いた。
そこにエバが近づいて来た。
ユーリはあっけらかんとして笑う。
「お、よおエバ。元気してた___」
パァンッと、谷底に軽快な音が響いた。




