1-5 始まりの協力者
◇
谷底に軽快な音が響いた。
ユーリはバランスを崩し、思い切り地面に尻餅をつく。
「真正面から突っ込んでくるとか、馬ッッ鹿じゃないの!!??」
胸を大きく上下させながら、エバは憤っていた。
尻餅をついたままぽかんとしていたユーリは、あわてて言い返す。
「俺は早くお前を助けようと___」
「だからって他にいくらでも方法はあったじゃない!私がここから移送される時狙うとか、本部から人借りてくるとかっ!!」
「アッ、タシカニ」
「…こんな身を削るような戦い方、もうやめてって言ったわよね」
言葉尻が滲む。服の裾を握る力が強くなる。
「この人がいなかったら、兄さん、死んじゃってたかもしれないのにッ!!」
澄んだ翠緑の瞳から、大粒の涙が溢れる。
泣きじゃくる姿は幼子のそれだった。
「悪かった、悪かったから。もう泣くな」
ユーリは困ったように、妹の頭を優しく撫でる。
今までのどの表情とも違う、兄の顔。
自分には縁遠いような、しかしなぜだか、ユーリの気持ちがわかるような気もしながら、リデオはその精霊種の兄妹を見つめていた。
◇
「こいつ混血なんだとよ」
谷から離れ、ルディアノ中部へと移動する道すがら、ユーリが唐突に口を開く。
「混血…?」
「…おい」
リデオはユーリを睨む。ユーリは降参するように両手を上げた。
エバは困惑したようにリデオの方を見る。
最初は目をあわせようとしなかったリデオも、エバの視線に耐えかねたのか、浅くため息をついた。周りに人がいないことを確認したうえでフードをとる。
「……!道理で…」
「?」
「ずっとフード被ってるし、感じたことない雰囲気だから、てっきり魔族かと…」
「デイリス…?」
言葉尻の疑問に気付くことなく、エバは身につけていた首飾りを外し、兄に渡した。
「もう!族長の証をほいほい手放さないでよ!」
「悪かったって」
ユーリは笑いながら首飾りを受け取った。
不思議そうにこちらを見つめるリデオに対しニカッと笑う。
「ま、込み入った話は座ってしよーぜ」
それから間もなくたどり着いた小さな村。その端にある小屋を、宿の代わりとして村長から借り受ける。
木箱の上にエバが座った。その隣に、ユーリが腰を下ろす。
向かいの壁に、リデオはもたれかかった。
「改めて自己紹介させてくれ、リデオ。俺はユーリ、ユーリクレイ。雷の一族の”族長”だ」
「私はエバ、エバクレイ。同じく雷の一族で、この馬鹿の妹です」
馬鹿かぁ…とユーリは大げさに肩を落とす。
「族長…」
リデオは神妙な面持ちでユーリの言ったことを繰り返した。
その反応に、エバが同調する。
「びっくりよね。兄さん、明らかに軽薄そうだもの」
「おいコラ。ま、一族っつっても今は俺とエバの2人だけだけどな。…で、お前は?正直色々気になりすぎるんだが」
ユーリはその瞳を輝かせながら、身を乗り出した。
エバもそれとなく好奇心をにじませている。
リデオは若干気まずそうに視線をそらした。
そのまま僅かに口を開く。
「………実は、記憶がほとんど無い。だから話せる素性も無い」
すまないという声は、僅かながら沈んでいる。
そんなリデオの様子を見て、ユーリが口を開いた。
「...オーレンに来る前は、なにしてたんだ?」
「海岸に漂着していた所を、ドランという男に助けられた。それで、オーレンにいる情報屋を頼れと言われて、来た」
「ドランさんが…」
エバはしみじみとその名を口にする。
「…知り合いなのか?」
ユーリが変わりに答える。
「昔俺達が|ルディアーナ大陸とアグニア大陸の間の内海《アグルバニア海》で溺れてた所を助けてくれたんだよ。北東に左遷されたって聞いてたけど、元気そうでよかった」
ドランの身に何が起こったか、おそらく情報屋であるユーリは、リデオよりわかっている。
だからリデオはそれ以上なにも言わなかった。
「で、兄さんを訪ねて、兄さんがそのまま対価として協力させたってことね」
エバのユーリに対する物言いには、若干トゲがあった。
自分を危険な目にあわせたことではなく、自らの命を軽視する兄の行動に、エバの機嫌はまだ直っていない。
なら次はこちらが協力する番ね、というエバの言葉。
リデオは静かに言葉を紡ぐ。
「…自分には、思い出さなくてはいけないことがある。取り戻さなきゃいけない人がいる。何もわからないけれど、それだけはきっと確かだ」
そして、祈るような気持ちで言った。
「とてつもない長旅になる。危険にさらされる事もあるかもしれない。だけど、どうか手を貸してほしい」
重たい沈黙が落ちる。
ユーリはゆっくりと口を開いた。
「……断る」
「…!」
「ちょっと兄さんッ!」
エバは思わず立ち上がった。
部屋の空気が張り詰める。
_____しかしその緊張を破ったのもまた、ユーリだった。
その口角がふっと上がる。
「ただ手を貸すだけで済むかよ。お前にはもう返しきれない恩がある。全面的に協力させてくれ、相棒」
「__助かる......ッ」
リデオの中で、1つ道が開けた気がした。
何も見えない旅路の先が、確かに繋がった気がした。
「紛らわしい言い方しないでよ、もう…。えと、リデオ、だっけ」
リデオは頷く。エバは床に膝をつき、両手を組んで目を閉じる。
〘私もあなた様に助けられた身。この恩お返しできるとあらば、喜んで同行いたしましょう〙
音楽的な響きを帯びた文言は、普通の発音とは明らかに違っていた。
頭の中に直接伝えられるようなこの発音、直感で古エルフ語だと気付く。
以前に聞いたことがあったのかもしれない、とリデオは思った。
文言を言い終えたエバは、ジトッとした目でリデオを見る。
「でも、いきなり私のこと抱えて屋根から飛び降りたこと、未だに許してないから」
「え、お前そんなことしたの……?」
「してな__」
「したわよ!!内蔵出ちゃうかと思ったんだからね!」
ユーリが笑い声を上げる。
怒るエバを、リデオは困ったように見あげている。
そんな3人を外から見つめる人影があった。




