1-6 種族
◇
「…!」
一瞬の強烈な”元素の揺らぎ”に、エバが反射的に窓の外を振り向く。
木枠の小窓からは、小川が見える。その奥には鬱蒼とした森が広がっている。
いずれも、人の気配は無い。
「どうした?いきなり外の方見て」
「いや…えと」
エバは思い直す。
ここは村の外れで、窓といってもエバの頭が通る程度の大きさである。
それに人の気配に敏感な兄が何も気付いていない。
「なんでもない。多分、気の所為」
攫われたという経験が、自らを過敏にしているのだと。
エバはそう思うことにした。
◇
村を出て、踏み固められた路をひたすら歩く。
途中小さな魔物憑きに襲われもしたが、一行の敵ではなかった。
前はこんなに魔物は出なかったのに、とエバは呟いた。
そして太陽が真上をすこし過ぎた時、大きな街についた。
入口の門の下、二手に別れる。
「蒼髪の少女と、あとお前自身について調べればいいワケね」
ユーリは情報屋。記憶を取り戻すためには、これが一番手っ取り早い。
きっとドランはそういう意図もありユーリを紹介したのだと、リデオは思っていた。
「頼んだ」
そう返せば、ユーリは快活に笑う。
「おーよ任せとけ。じゃ、エバ。買い出し頼んだ」
「変なことに首突っ込まないでよ、もう」
首都にほど近いこの街は、オーレンとは違い活気があった。
石造りの道を、行商人が行き交う。菓子売りの少年が、客寄せの笛を鳴らす。
「あんまり離れないでね。迷子になっちゃうから」
白いフードをつけたエバが、リデオの方を振り返る。
「歳はあまり変わらない」
リデオはすかさず言い返した。
「あら、でも私の方が色々知ってるわ」
何でも教えて差し上げましょう、とエバは胸を張る。
うっすらと不満を滲ませながら、それなら、とリデオは問う。
「種族とか、あの雷のこととか、簡単に教えてほしい」
あのような力を持つ者が大勢いるとすれば、旅はより一層危険なものとなる。
そんなことかとでも言わんばかりに、エバは話し出した。
「この世界の殆どを占めるのが、人間。丸耳で大きな共同体で生活するの」
オーレンも、盗賊達やこの街も、人間で溢れている。
リデオは記憶を失って以来、人間以外の共同体を見たことがなかった。
「なぜ人間はそんなに多い?」
「人間は、人間だけで増えるもの」
他の種族は違うのだろうかという問いは、人間の子供達の声にかき消されていった。
エバは露天の果実を1つ手に取った。
品定めするように軽く手の上で転がした後、露天商に銅貨を渡す。
「精霊種は人間の次に多い、といっても、人間の一割にも満たないでしょうけど。一族ごとの共同体で暮らすのよ」
白いフードの下、エバの瞳がぼんやりと揺れる。
それと同時にその指先で小さく火花が散った。
静電気程度のそれに気を留める者など誰もいない。
「創世の女神様は、元素を素に動植物を形造った。精霊種は、その元素の力に通じてるの」
谷での落雷を思い出す。
圧倒的多数を相手に、ユーリは渡り合えていた。
「人間の村落なんて、簡単に滅ぼしてしまえそうだ」
「兄さんみたいなのはそうそういないわよ。でも、そうね」
エバは一度、言葉を切った。
「魔族なら、可能かも」
魔族は、元素の歪から生まれ落ちる希少な種族。
その希少性から、物語の中の存在と思われていた時代もあったという。
買い出しのメモを見つめながら、エバは歩き出す。
「魔族はね、理を歪めるの」
「理を歪める…?」
「私も遭遇したことないから、詳しい事はわかんない。でも店長が、あ、私達を育ててくれた人が、”魔族には関わらない方が良い”って」
関わろうとして関われるものじゃないけどね、とエバは目的の店の前で足を止めた。
「嬢ちゃん、異種族だろ」
店内でナイフを見ていたエバに、厳めしい顔をした職人らしい風体の男が話しかける。
店内が一瞬静まりかえった。他の客がそそくさと店を出る。
リデオが一歩前に出る。
エバは見ていた果物ナイフを置いた。
「そうだけど。なに?」
「魔物紛いが店に来られちゃ迷惑だ。悪いが他をあたんな」
「何故?」
反論したのは、リデオだった。
男もエバも、驚いている。しかし一番驚いていたのは、リデオ本人だった。
しかし口をついて出てしまったものはしょうがない。
「魔物とは、大地を腐らせ獣に取り憑くもののことだ」
「兄ちゃん、何モンだ?」
「彼は人間よ」
咄嗟にエバは言う。嘘ではない。
なにか言おうとする男を無視し、エバは半ば強引にリデオを連れて店を出た。
そのまま足早に、街路を進む。
「勝手なこと言わないで。何も知らないのに」
思わず言葉尻が強くなる。しかしリデオは動じない。
「エルフ...とやらが魔物と同種とは思えない」
その言葉に、エバの足が止まる。
「異種族は、魔物と一緒で死んだら死体が残らないの。奇妙な力を操る私達なんて、人間からしたら魔物と変わらないわ」
エバはその人生の殆どを、人間の世界で生きてきた。
マイノリティの捉えられ方がどんなものであるかなんて、嫌というほど知っていた。
「獣人は、山奥に住む獣の精。人と交わるだなんて有り得ない。」
そう言うエバは、リデオの顔を見ることができない。
ルディアノはまだ差別が少ない方だ。検閲がなくても国に入ることができる。
しかしこの先、そうでない国もある。人間でないとわかれば、手を上げる人もいる。
「あなたの存在は、この世界にはあり得ない、はっきりいって異常なの」
言った、言ってしまった。
恐る恐るエバは、リデオの方を見た。
◇
情報屋というのは、大まかに2種類に分けられる。
その身を秘匿し所定の場所で太客相手に商売をする者。
あちこちに出向いて情報を集め、その中から精査して売れる情報を得る何でも屋。
ユーリは後者だった。
人は金が絡むとよく喋る。嘘でも真実でも。
しかし嘘の裏には必ず真実が紛れ込んでいる。金色狐はそれを逃さない。
(しかしなぁ…)
アルチェアリに関しては、真偽の程がまるで分からない。
そもそも国へ行けない今現在、新鮮な情報が何一つとして手に入らないこの状況では、過去の情報も判断のしようがない。
(いやあんだけカッコつけといて、「何もわかりませんでした」はねーだろ!)
そのままバーのカウンターに突っ伏していたユーリ。
目の前にはグラスを拭く妙齢の店員がいた。同業者である。
ふと何かを思いつき、顔を上げる。
「おっちゃん、アルチェアリのお姫様って、なんて名前だっけ」




