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橘とアルチェアリ  作者: 御社こはく
一章:ルディアノ編
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12/12

1-6 種族



「…!」


一瞬の強烈な”元素の揺らぎ”に、エバが反射的に窓の外を振り向く。

木枠の小窓からは、小川が見える。その奥には鬱蒼とした森が広がっている。

いずれも、人の気配は無い。


「どうした?いきなり外の方見て」


「いや…えと」


エバは思い直す。

ここは村の外れで、窓といってもエバの頭が通る程度の大きさである。

それに人の気配に敏感な兄が何も気付いていない。


「なんでもない。多分、気の所為」


攫われたという経験が、自らを過敏にしているのだと。

エバはそう思うことにした。





村を出て、踏み固められた路をひたすら歩く。

途中小さな魔物憑きに襲われもしたが、一行の敵ではなかった。


前はこんなに魔物は出なかったのに、とエバは呟いた。


そして太陽が真上をすこし過ぎた時、大きな街についた。

入口の門の下、二手に別れる。


「蒼髪の少女と、あとお前自身について調べればいいワケね」


ユーリは情報屋。記憶を取り戻すためには、これが一番手っ取り早い。

きっとドランはそういう意図もありユーリを紹介したのだと、リデオは思っていた。


「頼んだ」


そう返せば、ユーリは快活に笑う。


「おーよ任せとけ。じゃ、エバ。買い出し頼んだ」


「変なことに首突っ込まないでよ、もう」



首都にほど近いこの街は、オーレンとは違い活気があった。

石造りの道を、行商人が行き交う。菓子売りの少年が、客寄せの笛を鳴らす。


「あんまり離れないでね。迷子になっちゃうから」


白いフードをつけたエバが、リデオの方を振り返る。


「歳はあまり変わらない」


リデオはすかさず言い返した。


「あら、でも私の方が色々知ってるわ」


何でも教えて差し上げましょう、とエバは胸を張る。

うっすらと不満を滲ませながら、それなら、とリデオは問う。


「種族とか、あの雷のこととか、簡単に教えてほしい」


あのような力を持つ者が大勢いるとすれば、旅はより一層危険なものとなる。

そんなことかとでも言わんばかりに、エバは話し出した。


「この世界の殆どを占めるのが、人間(ノーマン)。丸耳で大きな共同体で生活するの」


オーレンも、盗賊達やこの街も、人間(ノーマン)で溢れている。

リデオは記憶を失って以来、人間(ノーマン)以外の共同体を見たことがなかった。


「なぜ人間(ノーマン)はそんなに多い?」


人間(ノーマン)は、人間(ノーマン)だけで増えるもの」


他の種族は違うのだろうかという問いは、人間(ノーマン)の子供達の声にかき消されていった。


エバは露天の果実を1つ手に取った。

品定めするように軽く手の上で転がした後、露天商に銅貨を渡す。


精霊種(エルフ)人間(ノーマン)の次に多い、といっても、人間(ノーマン)の一割にも満たないでしょうけど。一族ごとの共同体で暮らすのよ」


白いフードの下、エバの瞳がぼんやりと揺れる。

それと同時にその指先で小さく火花が散った。


静電気程度のそれに気を留める者など誰もいない。


「創世の女神様は、元素を素に動植物を形造った。精霊種(わたしたち)は、その元素の力に通じてるの」


谷での落雷を思い出す。

圧倒的多数を相手に、ユーリは渡り合えていた。


人間(ノーマン)の村落なんて、簡単に滅ぼしてしまえそうだ」


「兄さんみたいなのはそうそういないわよ。でも、そうね」


エバは一度、言葉を切った。


魔族(デイリス)なら、可能かも」


魔族(デイリス)は、元素の(ひずみ)から生まれ落ちる希少な種族。

その希少性から、物語の中の存在と思われていた時代もあったという。


買い出しのメモを見つめながら、エバは歩き出す。


魔族(デイリス)はね、()()()()()の」


「理を歪める…?」


「私も遭遇したことないから、詳しい事はわかんない。でも店長(マスター)が、あ、私達を育ててくれた人が、”魔族には関わらない方が良い”って」


関わろうとして関われるものじゃないけどね、とエバは目的の店の前で足を止めた。






「嬢ちゃん、異種族だろ」


店内でナイフを見ていたエバに、厳めしい顔をした職人らしい風体の男が話しかける。

店内が一瞬静まりかえった。他の客がそそくさと店を出る。


リデオが一歩前に出る。

エバは見ていた果物ナイフを置いた。


「そうだけど。なに?」


「魔物紛いが店に来られちゃ迷惑だ。悪いが他をあたんな」


「何故?」


反論したのは、リデオだった。

男もエバも、驚いている。しかし一番驚いていたのは、リデオ本人だった。

しかし口をついて出てしまったものはしょうがない。


「魔物とは、大地を腐らせ獣に取り憑くもののことだ」


「兄ちゃん、何モンだ?」


「彼は人間(ノーマン)よ」


咄嗟にエバは言う。嘘ではない。

なにか言おうとする男を無視し、エバは半ば強引にリデオを連れて店を出た。


そのまま足早に、街路を進む。


「勝手なこと言わないで。何も知らないのに」


思わず言葉尻が強くなる。しかしリデオは動じない。


「エルフ...とやらが魔物と同種とは思えない」


その言葉に、エバの足が止まる。


異種族(わたしたち)は、魔物と一緒で死んだら死体が残らないの。奇妙な力を操る私達なんて、人間(ノーマン)からしたら魔物と変わらないわ」


エバはその人生の殆どを、人間(ノーマン)の世界で生きてきた。

マイノリティの捉えられ方がどんなものであるかなんて、嫌というほど知っていた。


獣人(ザーク)は、山奥に住む獣の精。人と交わるだなんて有り得ない。」


そう言うエバは、リデオの顔を見ることができない。


ルディアノはまだ差別が少ない方だ。検閲がなくても国に入ることができる。

しかしこの先、そうでない国もある。人間でない(いしゅぞく)とわかれば、手を上げる人もいる。


「あなたの存在は、この世界にはあり得ない、はっきりいって異常なの」


言った、言ってしまった。

恐る恐るエバは、リデオの方を見た。







情報屋というのは、大まかに2種類に分けられる。


その身を秘匿し所定の場所で太客相手に商売をする者。

あちこちに出向いて情報を集め、その中から精査して売れる情報を得る何でも屋。

ユーリは後者だった。


人は金が絡むとよく喋る。嘘でも真実でも。

しかし嘘の裏には必ず真実が紛れ込んでいる。金色狐はそれを逃さない。


(しかしなぁ…)


アルチェアリに関しては、真偽の程がまるで分からない。

そもそも国へ行けない今現在、新鮮な情報が何一つとして手に入らないこの状況では、過去の情報も判断のしようがない。


(いやあんだけカッコつけといて、「何もわかりませんでした」はねーだろ!)


そのままバーのカウンターに突っ伏していたユーリ。

目の前にはグラスを拭く妙齢の店員がいた。同業者である。


ふと何かを思いつき、顔を上げる。


「おっちゃん、アルチェアリのお姫様って、なんて名前だっけ」




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