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橘とアルチェアリ  作者: 御社こはく
序章:ルディアノ辺境
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0-3 ならず者の街・オーレン


翌日

街へ向かう道中、記憶の手がかりになればと、リデオは大陸地図を眺めていた。


アルディマギア世界は、六つの大陸によって形作られている。

そしてそれらは環状に連なり、その内側に内海を抱く。


そして、その中心にあるとされるのが聖地エルディオラである。

濃霧にその身を隠し、神々が住まうと言い伝えられるエルディオラは、アルディアギア世界では篤く信仰されている。


”誰もたどり着くことができない”という事実が、その神性をいっそう高めた。


しかし聖地周辺を除けば、凶悪な海魔蔓延る外海と違い、内海は荒れ知らず難破知らずの平和な海だった。

聖地に近寄ろうとしてはならないという掟さえ破らなければ、旅人にも商人にも、その海は寛容だった。


”あの日”までは。


「俺は元々、大陸南方の首都で貿易の仕事をやっていた。大体2ヶ月前くらいか?アルセパリア海を渡る定期船が、海魔に襲われた」


街への道中、ドランは語り出す。

大陸地図からリデオは顔を上げた。


「外海沿岸でしか見られなかった海魔が、内海沿岸でもちらほら見られるようになって、特にアルセパリア海は酷かった。それでもまぁ、貿易商はお偉方には逆らえねえからな。貴族の荷を、(せがれ)や他の船乗り達が引き受けた。『いつもの(みち)だ』ってな」


話の続きを促すように、リデオは黙って聞いている。


「いつもなら3日もありゃあ帰って来る航路だってのに、一週間たっても誰一人として戻って来ねえ。しびれを切らしたお貴族サマに、俺の商会は取り潰された。」


淡々と語る老人の声色には、もはやなんの感情も込められていない。


「......だから自然と色々な物が流れ着く、外海側の北方地域に移ったのか」


消えた家族の遺骸だけでも探すために、と後ろで呟く青年を一瞥して、老人は吐き捨てるように言った。


「......んな女々しい理由じゃねえよ。ただ、急に機嫌を損ねた内海と、人より荷物のほうが大切な上の連中に、嫌気が差しただけだ」


小屋から丘を下り、森を抜け、山を越えた先に、ようやく街の入口が姿を表した。古びた門の内側からは、かすかに人の声が聞こえてくる。


「急に荒れだした理由はまるでわからねえが...。あれ以来、アルチェアリからの輸入船が1艘もついていないらしい。あの国は、今じゃ絶海の孤島だ。中で何が起きてるやら」


ドランの言葉に青年は俯く。

青年の内にあるこの焦燥は、きっとその答えを知っていた。







ならず者の集まる街・オーレン


北東の果てにあるこの街は冒険者崩れや密航者、盗賊の根城があったりと、あまり治安の良い街ではない。

しかし外海側に暮らす人間にとっては、貴重な市場だった。


「この先の通りは店の知人しか通れねえ。ここで待ってろ」


フードは絶対に取るなよ、と言い残し、ドランは細い路地に消えていった。

一人残されたリデオは、軒下で所在なく人の往来を見つめている。


街には色々な風貌の人間(ノーマン)がいる。逆にそれ以外の種族は見当たらない。


枯草色や小麦色の髪色、どれもなぜかピンと来ない。

そこでリデオは、自分が誰かを探している事に気づく。その”誰か”がどんな人物なのかも、全く思い出せないというのに。


「また商船が一艘、行方不明になったと」


リデオのすぐ近く、馬車の荷台付近で、男たちの話し声が聞こえる。


「ったくいつまでもこれじゃあ、商売上がったりだ。アルチェアリ(あちらさん)も困ってんじゃねえの?」


「それがな、噂じゃあとっくに滅びてんだとよ、アルチェアリ王国は」


つっとリデオの胸に、突然痛いものが走った。無論、男たちはそんなリデオの様子に気付くはずもなく話を続ける。


「滅びたって、そりゃァまたどーして」


「知らねえよ。大方羅国でも攻めてきたんじゃないかね。ともすれば次はルディアノ(ここ)だな。おっそろしいねェ」


下品に笑い飛ばす男を、もう一人の男が小声で諌める。


「あんまり憶測でものを言うんじゃねえよ。どこで誰が聞いてるか分かったもんじゃねえ」


「どうせ誰も聞いちゃいねぇよ。そろそろアグノアにでも移るかねぇ」


話が済んだのか、男たちの声が遠ざかっていく。

どうやらアルチェアリの大事は、リデオにとって心を痛めるものであるらしかった。リデオは無意識に拳を固く握っていた。胸の内にはまだ、ぞわりとした嫌な感覚が残っている。


数刻後、色々な荷物とともにドランが戻ってきた。

その右手には、鞘に収められた一振りの剣が握られている。



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