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橘とアルチェアリ  作者: 御社こはく
序章:ルディアノ辺境
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3/7

0-2 ひとすじの



集めたモノを崖まで運んで棄てるのは、リデオの役目になった。


まだ手をつけていない砂浜を突っ切り、高台までの丘を登る。

どうしてこんな仕事が必要とされるのか、リデオは運んでいく道中で段々と勘づいていった。


ドラン一人では手をつけられなかったであろう砂浜。そこにあったのは放置され黒く変色した人の肉片と、それに群がる無数の魔物達だった。リデオの運ぶ集めた肉片の入った台車は、格好のエモノだ。


こちらに気付けば襲ってくる魔物を、リデオは難なく斬り伏せる。

絶命すれば霧散していく魔物たちの塵が、海風によく舞った。


老人から預かった銅剣は、価値こそ低いがよく手入れされていた。


全て放置したままにしていては、一帯に魔物が棲み着くだろう。そうすれば再び人の領分とするのは困難になる。

次々に襲い来る魔物に、リデオは剣を構え直した。


***


あたりの魔物が散り散りになり、リデオはようやく剣を下ろす。


…しかしなぜ、このような危険な海に挑む者が後を絶たないのだろう。

このような危険な仕事を、老人一人が引き受けているのだろう。


湧いて出た疑問を口に出すことはしなかった。どうやって聞けばいいのか、なぜだかリデオには判らなかった。


それから傾斜を登り、岬の先端までたどり着く。今日は風が強い。

崖すれすれまで寄せた台車を傾けると、海風で固まりかけたソレが、一気に海へと落ちていった。台車に残った腐臭は、すぐに海風にさらわれていった。


肉片が落ちた後、しばらくは静かだった遠い海面が、途端に騒がしく荒れだす。今日もご馳走がやってきたと、海魔、それも凶暴な部類の物が集りだしたのだ。


崖下の岩礁でさえ近づけば危ないだろう。海でしか生きられぬ部類であることが幸いだった。



ふと風に煽られ、目の前に広がる海を見る。

内海の中央には、うっすらと聖地の浮島が見えた。

青く僅かに弧を描く、アルセパリア海の水平線と、今いるルディアーナ大陸の地平線。水平線までは約5エーレだと聞くから、きっとあの先にもまた大陸がある。


記憶はまっさらにはなっていない。剣の使い方も、魔物に対する知識も、体に染み付いたことは頭より先に飛び出してきた。


きっと、きっとわかるはずだ。見つかるはずだ。

あの声の主も、戻るべき場所も。


”期待”なんて感情も”希望”なんて想いも、遠くの昔どこかに捨ててきた気がする。それでも、縋らずにはいられない。

目覚めてからの焦燥は、いたずらに青年を駆り立てるばかりだったのだから。







「おう、帰ったか。」


既に西日が落ちかけていた。

あれから何度か往復して、ようやくリデオは見張り小屋に戻った。

道中の魔物を全て片付けていたので、一往復に随分な時間をかけてしまったのだ。


「病み上がりに、魔物退治まで任せちまって悪かったな」


「問題ない。ねぐらは多分、あらかた潰した。」


大陸の北東端ということもあり、範囲はそこまで広くない。リデオにとっては多少手間がかかるだけで、造作もない事であるようだったが、ドランを驚かせるには十分だった。しかし最早、驚いたのは青年の異質な強さに対してではなかった。


「あらかた潰した、って。お前が強えのは分かっちゃいたが、給金もやってないのになんでそこまで」


青年の獣耳が僅かに下る。表情よりよほどいい仕事をしている、とドランは思う。


「何故、と言われても」


ほんの少し、言葉尻に困惑をにじませるリデオ。

彼は仕事に手を抜くことが一切なかった。助かりはする一方、自らを全く顧みようとしない姿勢にドランはハラハラさせられた。


今も、今朝は治りかけていた右腕の包帯に血が滲んでいる。

きっと傷が開くのも顧みず、無理やり剣を振ったのだろう。


この自らに対する無頓着は、半分混じった獣人(ザーク)由来か、それとも以前の環境故なのか。

リデオ自身が思い出せていないのだ。ドランに分かる筈もなかった。


「まあ、とにかく。こんだけ熱心に働いてもらってんのに、見返りもナシじゃ、エルディオラの神から罰されちまう」


老人がこんなことをリデオに問うのも、実は初めてではない。しかしいつも、「必要ない」という言葉が返ってくるばかりだった。

しかしその日は違った。


「.......アルセパリア海の、向こう側へ行きたい」


自分はきっとそこから来たのだと、青年は言った。ドランも同じ考えだった。

”あの日”の直後に流れ着いたのだから、むしろそれ以外考えられない。


しかし問題はここからだ。


「それで?アルセパリア海を渡りたいってぇのか?」


老人のその目は鋭い。強くなった語調に、リデオは気付いているのかいないのか


「それ以外に道がないのなら」


今日アルセパリアの犠牲者たちを処理してきたばかりだというのに、きっぱりと言いきる。

生きていたとはいえ、記憶まで失ったというのにその決意は相当なものだった。いや青年の場合、生きていたからこそだろうか。


「無ぇわけじゃねえが...。大きく迂回することになるから、とんでもない長旅になる。なんにも覚えてねえお前をほっぽって死なれても、寝覚めが悪いしな...。そもそもあの先の大陸が今どんな状況か、わかって言ってんのか?」


長い沈黙。

その末に、分からないことが1番歯痒いと、青年は言った。


老人は海を渡ることについて、頑として首を縦に振らなかった。奇跡的に一度は生きて流れ着いたリデオであっても、二度は無い。

そこからまた暫く続いた沈黙を破ったのは、ドランだった。



「…どちらにせよ、そろそろ買い出しに行かなきゃならねえ。修理に出すもんもいくつかあるしな」


ドランは椅子から立ち上がり、軽く腰を抑えて伸びをする。


「明日、街に降りる。そこで色々教えてやっからついてこい」


「街、修理って…。あ」


何かを思い出したように、リデオは壁に立てかけられたものを見た。




お読み下さりありがとうございます。

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