第七章『選択の重さ』
次の死体は、男だった。
年齢は五十代。
場所は、踏切の近く。
線路の脇に、横向きに倒れている。
頭部に外傷。
血の跡。
事故死。
そう見えた。
だが違う。
問題はそこじゃない。
男の右足が、線路の内側に入っている。
左足は外側。
つまり――
“途中で動いた”形だ。
「最初は外にいた」
俺は呟く。
「はい」
椎名が頷く。
「途中で踏み込んだ」
なぜか。
答えは一つじゃない。
だが、可能性は絞れる。
「誰かを助けようとしたか」
その瞬間、椎名の視線がわずかに動いた。
「あるいは」
彼女は続ける。
「誰かに押されたか」
俺は黙る。
どちらでもいい。
重要なのは――
**“他人が関与している可能性”**だ。
「対象は一人じゃない」
口にした瞬間、背筋が冷えた。
「巻き込まれる人間がいる」
つまり。
誰かを助ければ、別の誰かが死ぬ可能性がある。
椎名は何も言わない。
否定もしない。
それが答えだった。
「……選べってことか」
声が、わずかに掠れる。
椎名は、静かに頷いた。
「はい」
あまりにも簡単に。
「この町では、すべてが選択になります」
その言葉が、重く落ちる。
「助けるか、助けないか」
一拍。
「誰を助けて、誰を見捨てるか」
呼吸が浅くなる。
これまでは違った。
助けるかどうか、だけだった。
だが今は違う。
助ける=別の誰かを殺す可能性
「ふざけてる……」
思わず、そう漏れた。
椎名は、否定しなかった。
「では、どうしますか」
問いが、突きつけられる。
逃げ道はない。
踏切の警報が、遠くで鳴る。
カン、カン、と規則的な音。
想像する。
三日後。
ここで、何が起きるのか。
誰が立っているのか。
誰が、線路の中に入るのか。
そして。
誰が、助けるのか。
俺は、ゆっくりと息を吐いた。
「……やる」
声は、思ったよりも静かだった。
「やるしかないだろ」
椎名が、わずかに目を細める。
「後悔しますよ」
「するだろうな」
即答だった。
だが、それでもいいと思った。
「それでも」
一歩、踏み出す。
「何もしないよりはマシだ」
その言葉は、もう逃げではなかった。
選択だった。
そのとき、ふと気づく。
俺は初めて、自分の意思で何かを決めている。
流されるのではなく。
避けるのでもなく。
選んでいる。
誰かの生死に関わる選択を。
その重さに、足がわずかに震えた。
だが、止まらなかった。
遠くで、電車の音が近づいてくる。
それはまるで――
選択の結果が、すでに走り出している音のようだった。




