第二章『三日後の証明』
最初の死体が見つかってから三日目の朝、町は異様な静けさに包まれていた。
誰もが知っているのに、誰も口にしない。
あの男が、今日、死ぬ。
空気が重いわけでもない。むしろ逆だった。どこか現実味のない、薄く引き伸ばされたような時間が、町全体を覆っている。
俺は市役所のデスクで、意味もなく書類をめくっていた。
ページを追っているふりをして、頭の中では別のことを考えている。
――三日後に死ぬ。
あの女の言葉が、やけに正確な形で残っていた。
「相沢さん」
顔を上げると、同僚が立っていた。やっと名前を思い出した。高木だ。
「例の件、動きがありました」
「……来たか」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
高木は一瞬だけ視線を逸らしてから、小さく頷く。
「発見されました。自宅です」
現場に向かう車の中で、俺は窓の外を見続けていた。
見慣れた町並みが、どこか遠い。
交差点も、コンビニも、歩道橋も、すべてが“三日後の死”と無関係な顔をしている。
だが、ひとつだけ確かなことがあった。
この町はもう、元には戻らない。
男は、風呂場で見つかった。
浴槽に沈み、顔だけがわずかに水面から出ている。
その姿を見た瞬間、俺の背中に冷たいものが走った。
朝に見た死体と、同じだ。
角度も、服の乱れも、指の開き方まで。
“再現”なんて言葉では足りない。
一致している。
「……確認できましたね」
後ろから、あの声がした。
振り返ると、椎名が立っている。
「偶然じゃない」
俺は自分に言い聞かせるように呟いた。
「はい。偶然ではありません」
「じゃあ何だ。予知か? 未来視か?」
「いいえ」
椎名は首を横に振る。
「もっと単純です」
その目は、やはり静かだった。
「“順番が逆なだけ”です」
その言葉の意味を理解するのに、数秒かかった。
だが理解した瞬間、逃げ場はなかった。
死んでから、死ぬ。
「ふざけてるのか……」
「いいえ」
彼女は淡々と続ける。
「この町では、死は“先に結果が届く”だけです」
その日を境に、町は閉じられた。
報道は最初こそ騒いだが、すぐに規制された。
外からの出入りは制限され、理由は「原因不明の感染症」とされた。
笑える話だ。
誰も感染なんてしていない。
ただ、“未来に触れてしまった”だけだ。
死体は、毎日届いた。
二体、三体と増えていく日もあった。
年齢も性別も関係ない。
共通しているのはひとつだけ。
三日後に、必ず死ぬ。
「順番がわかれば、防げるかもしれない」
そう言い出したのは、俺だった。
今思えば、ただの逃避だったのかもしれない。
「例えば?」
椎名が問い返す。
「死体の状態を見て、事故の原因を推測する。事前に介入すれば――」
「無駄です」
言い切られた。
「なぜだ」
「すでに結果が確定しているからです」
そのとき、なぜか苛立ちがこみ上げた。
「確定してるなら、なんで届く前に教える必要がある?」
椎名は、ほんのわずかだけ目を細めた。
それが初めて見せた、人間らしい表情だった。
「……それを考える段階に来たんですね」
「答えろよ」
「簡単です」
彼女は一歩だけ近づいて、言った。
「見てしまうからです」
その言葉は、なぜかやけに重く響いた。
意味は、まだわからないのに。
その日の夜、俺は初めて名簿を確認した。
これまでに届いた死体のリスト。
そして――
これから届くはずの人間のリスト。
そこに、自分の名前はなかった。
安堵した。
確かに、安堵したはずだった。
だが同時に、拭えない違和感が残った。
なぜ、俺だけが“まだ決まっていない”んだ。




