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第十三章『観測の代償』
「人はね」
椎名が、ぽつりと呟いた。
「知りすぎると、“今”にいられなくなるんです」
対策本部の窓際。
外は暗い。
「どういう意味だ」
椎名は、少しだけ考えるように目を閉じた。
「昔は、違ったんです」
珍しく、過去の話をする。
「普通に笑って、普通に怒って」
一拍。
「普通に、未来を楽しみにしていました」
だが今は違う。
「全部、わかってしまうと」
彼女は、自分の手を見る。
「それが“ただの結果”にしか見えなくなる」
静かな声。
「嬉しいことも、悲しいことも」
「全部、“そうなるからそうなる”だけ」
俺は何も言えない。
「感情が、遅れるんです」
「……遅れる?」
「はい」
一拍。
「出来事の後に、思い出したように来る」
それは、ほとんど機械のようだった。
「だから私は」
椎名は顔を上げる。
「もう、ほとんど感じません」
その言葉の軽さが、逆に重かった。
「それが、代償です」
観測し続けた結果。
「未来を知るということは」
一拍。
「“今”を失うことです」
その言葉は、静かに沈んだ。




