第十一章『遅れてきた死』
踏切の男は、消えたはずだった。
少なくとも、記録上は。
死体は届いていない。
名簿からも消えた。
だから、安心していた。
――二日間は。
三日目の夜。
電話が鳴った。
「相沢さん……」
高木の声が、やけに低い。
「……出ました」
心臓が、嫌な打ち方をする。
「誰だ」
一瞬の沈黙。
「踏切の……あの男です」
頭の中で、何かが崩れた。
「場所は?」
「自宅です。階段から転落したと――」
それ以上は聞かなかった。
現場に着く。
玄関の前に、救急車の赤い光。
中に入る。
男は、階段の下に倒れていた。
頭部に外傷。
血。
踏切ではない。
線路でもない。
だが。
右足が、一段上に残っていた。
まるで。
何かに“踏み込んだ”ような形で。
「……同じだ」
呟く。
形だけが、残っている。
場所も、原因も違うのに。
「回避したはずだ……」
「いいえ」
背後から、椎名の声。
「回避していません」
振り返る。
「記録を確認してください」
渡されたタブレットを開く。
そこに表示されていたのは――
最初から、この死に方だった。
「……は?」
スクロールする。
何度も確認する。
踏切の記録が、ない。
最初から、“階段からの転落死”として登録されている。
「違う……俺は見た……!」
「いいえ」
椎名は、静かに首を振る。
「あなたは“そう思っただけ”です」
息が止まる。
「観測した内容は、書き換わります」
「……書き換わる?」
「はい」
一歩、近づく。
「より整合性のある形に」
背筋が凍る。
つまり。
踏切を見なかったことで。
“最初からそうだったこと”に修正された。
「過去が……変わったのか」
「いいえ」
一拍。
「過去も、観測されて初めて定義されるだけです」
足元が、崩れる感覚。
未来だけじゃない。
過去すら、固定されていない。




