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るろうがぁる   作者: 日暮蛍
名無し
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五話 忍者

「勝者、名無しの権兵衛!」


その宣言を聞いた後に広場に戻された途端、名無しの権兵衛は怨みが込められた視線を浴びせかけられる。もはや恒例となったそれに名無しの権兵衛は無視し少し休憩しようと椅子がある方は向かっていく。

その途中で子供が名無しの権兵衛の方へ走って来る。手や口元には溶けたチョコレートがべったりとついている。子供は母親にその状態で名無しの権兵衛に抱きつくよう言われ、よく分からないまま素直に実行してしまったのだ。


「おっと失礼。」


しかし子供が名無しの権兵衛に近づく前に文太が子供の前に立ち塞がる。文太に驚き立ち止まってしまった子供の隙をついて文太はウェットティッシュを取り出し子供の口周りや手を丁寧に拭いていく。


「こんなに汚していけない子ですね。ほら、綺麗にしますからじっとしてください。」

「んー。」


子供はなされるがままで数分もしない内にチョコレートが付いていた所が綺麗に拭き取られる。


「はい。綺麗になりましたよ。」

「ありがとう!」


子供が文太にお礼を言った直後、子供の母親らしき女性が子供を抱き抱え文太を睨みつけた後何も言わずに走り去っていく。


「そんなに慌てなくてもとって食う気なんて無いのに。」

「子供の扱いに慣れているんですね。」

「えぇ。妻には負けますが私にも子育ての経験がありますので。」

「えっ! 結婚してたの?!」

「えぇ。そんなに驚く事ですか?」


若々しい見た目をしていたのでまさか家庭持ちとは思っていなかった名無しの権兵衛は思わず大きな声が出るほど驚く。


「いっでっ!」


後ろからその様な声が聞こえ、二人が視線を向けると文太の仕事を手伝っていた人が名無しの権兵衛が使っている椅子を見て顔を歪めていた。その人の足元には倒れた椅子がある。


「どうしたんですか?」

「あっ、文太さん。椅子の場所がずれていたので直そうとしたら突然手に痛みが…」

「…ふむ。」


文太は椅子を元あった場所に戻しクッション部分を指で軽く押すとクッションのあちこちから数本針が飛び出てきた。


「げっ! なんだこれ、いつの間に!?」

「…これもあいつらの嫌がらせ?」

「おそらくは。」


それを見た他の人達は騒いだり慌てて新しい椅子を用意しようと動いたりと、大騒ぎだ。


「この後も試合がありますけど、やりますか?」

「やる。こんな事さっさと終わらせたい。」


そう言って次の対戦相手を見据える。すると文太に耳打ちをされる。


「今日の相手は手強そうですよ。名無しの権兵衛さんでも骨が折れるかと思います。」

「どうして分かるんですか?」

「勘です。」

「…そう。」


本当にそれだけなのか? と名無しの権兵衛は疑ったが、文太の忠告を胸に留め戦場に転送されるのを待った。



◆◇◆◇◆



刀を払った後に目の前にいた人物が倒れる。


「六。」


名無しの権兵衛がこの【ツジキリ】で斬った人の数は今ので六人目。周囲には後四人いる。


四人は名無しの権兵衛の様子を見ながら一定の距離を保っている。名無しの権兵衛が近づこうと一歩踏み出した時、その内の一人が名無しの権兵衛に向けてある物を肉目では捉えるのは難しいほどの速さで投擲する。しかし名無しの権兵衛はそれを刀で難なく打ち払う。それが名無しの権兵衛の足元に落ちると物珍しさにそれをつい見てしまう。

落ちていたのは苦無だ。

他にも地面には相手の壊れたり撃ち落とされた武器が落ちている。鎖鎌や忍刀に手甲鉤。投擲された武器は苦無や手裏剣。

名無しの権兵衛はそれが忍者の使う武器だと気がついた。


この世界にも忍びは存在している。

諜報、破壊活動、暗殺を主な活動とし仕事とあれば例え前の主人であろうと始末する。目立つ事を嫌い陰で任務を遂行する戦闘部族として知られている。二百年前ではその存在は多くのもの達に恐れられていた。


しかし名無しの権兵衛が生きている現代では忍びは既に存在していないものとされている。名無しの権兵衛にとって忍びとは漫画やアニメの中にしかいない架空の存在で現代でも実在しているとは思っていなかった。忍びの武器を所持している忍びらの事は忍びが好きだから真似してその武器を扱っているのか、くらいの認識だ。

しかしここにいるのは偽物ではなく本物の忍びだ。現代でも忍びは確かに存在している。

しかし今の名無しの権兵衛にその事を知る術は無い。忍びに関する知識が乏しい名無しの権兵衛は忍びがどんな戦法を使い、どんな技術を使うのかまるで知らない。


今回はそれが仇となる。


「…できた。行くよ。」


一人の忍びがそう言った直後に四人は一斉に動き出す。

名無しの権兵衛も即座に対応できるよう動こうとした。だができなかった。体が硬直してしまい動かす事ができない。

首を動かす事も満足にできない名無しの権兵衛からでは見えないが名無しの権兵衛の影に苦無が突き刺さっている。それが名無しの権兵衛の体が動かない原因だ。

影を地面に縫い付け相手を動けなくする忍びの秘術、影縫いの術。数百年前から存在しているがいまだにその術の原理は解明されていない。


その術が自分にかけられている事を知らない名無しの権兵衛には四人の攻撃を防ぐ事はできない。

苦無や手裏剣が投げられ、その全てが名無しの権兵衛の体に当たる。しかし、それが名無しの権兵衛の肉体に刺さる事なくそのまま地面に落ちる。


名無しの権兵衛が今着ている着物は【刀装】という特殊な物だ。【刀持ち】全員が原理は一切不明だが本人の趣味嗜好などに合わせた形で瞬時に着用する事ができる。刃物や銃弾による攻撃をある程度防げるほど丈夫にできている上に耐寒耐熱にも優れている。


【刀装】の情報を忍び達は事前に聞いてはいたが、自分達の武器と技量を持ってしても【刀装】に僅かな傷をつける事しかできない事に四人中三人は驚く。

残りの一人は苦無や手裏剣が効かない、しかし小さくても【刀装】に傷はつくと分かった途端忍刀を構え名無しの権兵衛に一気に詰め寄り胸辺りに向けて忍刀を突き立てる。


「いっつ!」


忍刀の先が【刀装】を突き破り痛みと共に血が流れ出る。しかし忍刀が突き刺さったのは小指の爪くらいの深さで心臓や肺を傷つける事はなかった。

感触で軽傷だと分かると忍びは忍刀を即座に引き抜き柄を下に向けると名無しの権兵衛の右手に向けて振り下ろす。


この攻撃をくらってはいけないと名無しの権兵衛は体を必死に動かそうとおもいっきり力を込める。その甲斐あってか影に突き刺さっていた苦無が抜け、それと同時に名無しの権兵衛は体の自由を取り戻せた。何とか影縫いの術から抜け出せた名無しの権兵衛は忍びの腹あたりを蹴り上げ相手がその衝撃に怯んでいるうちに距離をとる。


しかし、遅かった。


「っ! ぐぅぅぅ。」


右手を握ろうとすると激痛が走り、思わず声を上げる。

影縫いの術が解けた頃には先ほどの攻撃が当たった後だ。名無しの権兵衛は右手首を骨折してしまった。利き手が犠牲になったのはかなり痛い。


名無しの権兵衛が負傷した事に他の忍び達も気がつき興奮に身を任せ喜びの声を上げる。


「やったぞ!」

「このままいけば勝てる!」

「よくやった!」


名無しの権兵衛の手を折った忍びは他の忍び達に視線を向ける事なく名無しの権兵衛をじっと見据えている。


いくら【刀装】が頑丈でもそれが覆われていない部分を攻撃されては意味がない。肌が僅かに露出している所を見定め確実に名無しの権兵衛を負傷させた忍びの手腕に名無しの権兵衛は気がつく。こいつは強者だ。文太が言っていた手強い相手とは間違いなくこの忍びの事だと名無しの権兵衛は確信する。


相手が様子を伺っている隙に名無しの権兵衛は数回深呼吸をし、前を見据える。折れている手では強く握れないが、それでも名無しの権兵衛は刀を構え直す。


「私の名前は名無しの権兵衛。」

「…何を言っているんだお前?」


いきなりの自己紹介に他の忍び達は腕が折られたショックで名無しの権兵衛がおかしくなってしまったのかと考えてしまう。


「そっちは、したくないのなら名乗らなくてもいいよ。」

「おい!」

「こっちがしたくてしているだけだから。」

「何がしたいんだお前は!」


名無しの権兵衛にはもう、他の忍び達の声は届いていない。語りかけるのはただ一人、目の前にいる忍び(強者)にだけ。


それに対して忍者(強者)から返事は返ってない。依然と名無しの権兵衛の前に立ち、名無しの権兵衛の様子を伺っている。

他の忍び達は名無しの権兵衛の反応に苛立ちを感じていたが、無闇に攻撃を仕掛ける事はせずに構えている。

名無しの権兵衛の方は忍び(強者)からの返答がない事に気にする事なく、これから殺す相手をまっすぐと見据えていた。


先に動いたのは、名無しの権兵衛だ。

足を動かし忍び(強者)との間合いを一気に詰め忍び(強者)の胴体に向けて刀をふるが忍び(強者)は体制を低くしかわす。

忍び(強者)は忍刀を構え名無しの権兵衛の懐に飛び込もうとするが、名無しの権兵衛の方から距離をとられてしまい未遂に終わる。


名無しの権兵衛の動きを見切り、動く。それを即座にこなせる忍び(強者)の技量は大したものだと名無しの権兵衛は改めて忍び(強者)の強さを実感する。それに加えて右手の負傷は名無しの権兵衛が思っている以上に動きに制限をかけてしまう。

それでも名無しの権兵衛は目の前にいる忍び(強者)を殺す事を諦める事はしなかった。ゆえに名無しの権兵衛は考えた。今この状況でどうすればやつを殺せるか。数秒ほど続いた拮抗状態の中で考え、名無しの権兵衛なりの答えを見つけた。そしてそれを実行に移す。


名無しの権兵衛は刀を鞘に納め、帯刀の位置を変えると全身の力を抜く。

戦いの最中になぜそんな事をするのか。名無しの権兵衛の意図が分からない忍び(強者)はせめて名無しの権兵衛の動きを見逃さないよう気を張る。

他の忍び達は名無しの権兵衛が勝負を諦めたのだと思いとどめを刺すために名無しの権兵衛に向けて武器を投擲する。

それに気がついている名無しの権兵衛。しかし、避けるそぶりすら見せない。避ける余力がないほど傷が深かったのかと忍び達がほくそ笑んだ直後、名無しの権兵衛の姿が一瞬にして、消えた。


「なっ、消えた!」


それを見ていた忍び達は慌てふためく。忍び(強者)も例外なく驚いた。


「…え。」


忍び(強者)は名無しの権兵衛から僅かな時でも目を離していない。にも関わらず名無しの権兵衛は消え失せてしまった。突然の事に理解が追いつけず混乱してか思わず何の意味の持たない声を吐いてしまう。

その直後、忍び(強者)の背筋に寒気が走る。それは長年の経験で培った勘なのか、それとも生き物としての生存本能なのか。どちらにせよ忍び(強者)は反射的に後ろに飛び退く。


その直後、忍び(強者)の胸に横一線の傷が刻まれる。


「!」


思わず傷口の方に手を当てるとぬるりとした触感。

出血はしているが後方に飛んだおかげで肉が斬られた程度で済み、心臓は今も激しく鼓動を繰り返している。


「はっ? えっ。なんで?」


斬られた忍び(強者)が激しく混乱する中、視線を感じ前方を見る。つい先ほどまで忍び(強者)がいた場所には名無しの権兵衛が立っていた。刀は鞘に収められたまま。


「痛いでしょ。私も痛かった。これであいこだ。」


その言葉で忍び(強者)は気がつく。この傷は名無しの権兵衛の仕業であると。


名無しの権兵衛が忍び(強者)を殺すために思いついた方法。

それは相手が自分よりも早く動くのならば、それよりも早く動けばいいというとてもとても単純な答え。

名無しの権兵衛はそれを実行し、そして成果を上げた。


名無しの権兵衛としては首を斬り落としたかったが、忍び(強者) が名無しの権兵衛の想像よりも速く動き、利き手でない左手で刀を振るったため思い通りにはいかなかったが、忍び(強者)の胸に傷をつけられたのでそれはそれでよしとし、次こそは首を切り落とすと決めて再び脱力する。


そして名無しの権兵衛は再び姿を消した。


しかし本当に消えているわけではない。忍び達の目ではもう追えないほどの速さで走り、柄に手をかける。刀の間合いに入ると先ほどと同じように忍び(強者)の首に狙いを定めて刀を鞘から抜き放つ。しかし首が刃に届く前に忍び(強者)が上体をそらした事で完全に避けられてしまう。

忍び(強者)がさらに速く動けた事に名無しの権兵衛は驚き、至近距離からの反撃を恐れた名無しの権兵衛はすぐに距離を取る。

相手は自分の想像以上に速く動く。

しかし名無しの権兵衛が今思いつく限りの対策は相手より速く動く事のみ。名無しの権兵衛が他に思いつかない限りそれを繰り返す他ない。

名無しの権兵衛は再び脱力する。

名無しの権兵衛にとってこの動作は速く動くために必要な工程だ。仮にその事が相手に気づかれたとしても、相手より速く動ければ問題ないと名無しの権兵衛は頭の中で結論を出す。


しかし名無しの権兵衛が動く前に忍び(強者)が動き出す。忍び(強者)も目にも留まらぬ速さで動き忍刀を手に名無しの権兵衛の喉元を狙う。

名無しの権兵衛には忍び(強者)が自分の方に向かってくる事しか分からずその姿ははっきりとは見えていない。それでも名無しの権兵衛は忍び(強者)を迎え撃つ気で柄に手をかける。


忍び(強者)が刀の間合いに入ったその時、忍び(強者)の頬に手裏剣が深々と突き刺さる。


「…はっ?」


忍び(強者)は動揺はしたのか動きが鈍る。

驚いたのは名無しの権兵衛も同じだったが、忍び(強者)を殺せる機会を見逃す気はさらさらなかった。

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