四話 休憩
【合戦場】では気軽に入れる飲食店が数多く営業している。そのうちの一つであるファミリーレストラン。ピーク時間が過ぎているため店内の客はやや少ない。そのおかげか、感じる視線の数は少なかった。
「…疲れた。」
ファミレスで小声で一人愚痴る名無しの権兵衛。言葉通り疲れている様子だ。
あの後、名無しの権兵衛は流浪ぶっ殺すの会に所属するもの達と一対十の戦いを十数回ほど繰り広げてきていた。戦った人数は相当だが、それ以上に名無しの権兵衛の精神をすり減らした原因は他にもある。戦っている最中や戦う前に「名無しの権兵衛死ね!」とか「くたばれ名無しの権兵衛!」とか「がんばってパパー! わるものをたおしてー!」といった罵声をガンガン浴びせられた。
加えて彼らは戦う前には必ず円陣を作り大きな声で掛け声を上げる。待たされる名無しの権兵衛と【ツジキリ】を見守るみそら、そして順番待ちしている他の【写し持ち】達は早く終われと常に苛立っていた。
それにめげず彼らを相手に全戦全勝をした時には戦えない代わりに応援を徹底していた流浪ぶっ殺すの会の全員に血涙が流れ出そうな勢いで睨まれた。その中には小さな子供までいた。名無しの権兵衛が帰るまでの間ずっと睨み続けていたためそれを見ていたみそらや【写し持ち】達はドン引きしていた。
そんな戦いの後で名無しの権兵衛は今胸糞悪い気分だ。肉体疲労よりも精神疲労の方が強い。
少しでもストレスを減らすために甘い物を食べようとこのファミレスに入りドリンクバーとパフェを注文し、メロンソーダを飲みながらパフェが来るのを待っていた。
なお、それを遠目で見ていた店員が布越しでメロンソーダを飲む名無しの権兵衛を不思議そうにしている事に名無しの権兵衛は気が付いていない。
「いやー。災難でしたね名無しの権兵衛さん。」
「…?」
誰だと思い顔を上げると向かいの席に首に旧式のカメラをぶら下げ右目にガーゼの眼帯をしている男性が座っていた。
「こんにちは名無しの権兵衛さん。突然の相席失礼します。あっ、すみません店員さん。ドリンクバーをひとつお願いします。」
男性は名無しの権兵衛に挨拶をしつつ近くを通りかかった店員に注文を取り付けた。この男性は初日から通行人に声かけをしたり【ツジキリ】の受付を行なっていた男性と同一人物だ。
「菊一 文太さん、でしたっけ?」
「はい。気軽に文太と呼んでください。」
男性はそう言ってにっこりと笑う。
「今日は大変でしたね。戦い、私も観させていただきましたがはっきり言ってひどい試合ですよ。」
「…まぁね。」
文太の言葉を名無しの権兵衛は否定するつもりはない。むしろその通りだもっと言えと言いたい気持ちだ。
「本日はお疲れ様でした。こちらの方でも何度も注意はしているんですけど、彼らは流浪さんがいた時からあんな感じなんです。」
文太はそう言って苦笑いを浮かべる。
名無しの権兵衛は文太が他のもの達と一緒に流浪ぶっ殺すの会が問題行動を起こすたびにそれを止める姿を何度も見ていた。
「いえ、ありがとうございます。皆さんのおかげで色々と助かっています。」
だから名無しの権兵衛は彼らがいるおかげでかかる負荷が軽くなっている事を知っている。
座ったまま軽く頭を下げ、礼の言葉を文太に送る。
「いえいえ、こちらこそ。これからもこちらが出来うる限りのサポートをやらせてもらいますね。」
「お待たせいたしました。キャラメルナッツパフェでございます。」
ちょうど名無しの権兵衛が頼んだ品を運ばれて来た。
その時だ。
名無しの権兵衛が注文したパフェとスプーンを店員が手に取る前に文太が手に取り、間髪入れずにパフェにスプーンを突き刺しぐちゃぐちゃにかき回した。
「ちょっと! …はっ?」
文太が取った突発的な行動に名無しの権兵衛は思わず立ち上がる。そのおかげでパフェの中身がよく見えた。上からだと文太がかき回した事でアイスやクリームに隠されていた物がよく見えた。パフェの中身を見た名無しの権兵衛は思わずパフェと運んで来た店員の顔を交互に見てしまう。
文太はパフェを数回かき回した後、スプーンを引き抜いた。スプーンの先にはクリームがべったりとついた剃刀の刃が乗っている。器の中にもいくつか剃刀が入っていた。
それを見た店員は顔を青ざめる。手に持っていたお盆を放り投げ逃げようとしたが、勢いよく転倒する。小さな悲鳴を上げた後、気絶してしまったのか店員は倒れたまま動かない。
「ど、どうかされましたかお客様!」
騒ぎを聞きつけて来た店長。文太は手に持っているパフェを机の上に置き指差す。
「あっ、店長さん。パフェに異物が入っていましたから交換をお願いしますね。」
パフェの中身を見た店長の顔がみるみると青ざめていき即座に二人に向けて頭を下げる。
「大変申し訳ありませんでした! すぐに新しい物と取り替えさせていただきます! だから何卒ご容赦を!」
「謝罪も大事ですが早く新しいパフェを用意してください。それとそこに転がっている人の処分はきちんと行ってくださいね。」
「はい! 直ちに!」
店長はすぐさま剃刀入りのパフェを片付けて立ち去る。その後に別の店員三人がやって来て倒れている店員を二人がかりで引きずって行き、残った一人は床に着いた血を拭いていく。
「・・・・・。」
名無しの権兵衛は言葉が出なかった。
名無しの権兵衛はパフェの中に剃刀が入っていたなんて全く気が付いていなかった。もしあのまま何も知らずに食べていたら大怪我していただろう。
すぐに新しいパフェが来たが、名無しの権兵衛はそれを食べる気は起きなかった。
「本当にすみません。ここでの商売は安心、清潔、笑顔をモットーにしているんですが、こちらの不手際で異物混入を許してしまいました。」
そう言って申し訳なさそうに頭を下げる文太。
「…あ、いえ。気にしないでください。それより、さっきのって、もしかして流浪ぶっ殺すの会と何か関係あります?」
「はっきりとはまだわかりませんが、可能性は高いですね。あの人達は流浪さんにもあの様な事を数え切れないほどやっていたんです。止めようとしたんですがあの手この手と手段を変えてきて止め切れないんです。」
「それだけ恨まれているんですね流浪という人は。」
「はい。それはもう。」
「…私が言うのもなんですけど、危険を感じたらすぐに逃げてくださいね。」
「私達の事を心配してくれているのですね。ですが、大丈夫です。…ん?」
二人が話をしている、そんな時。
二人は店内が異様に騒がしい事に気がつく。ニ人が座っている席からだと様子はよく見えずはっきりとは分からないが誰かが言い争っている様に聞こえる。しばらくそちらの方に意識を向けていると、店内に誰かの悲鳴が響き渡る。
ただならぬ様子に警戒していると誰かが走ってくる音が聞こえてきた。音はだんだんとニ人の方へと近づいて来る。やがてその音の正体が判明した。
「らああああああぁぁぁぁっ!!」
先ほど名無しの権兵衛に剃刀入りのパフェを運んできた店員が鼻血を垂れ流し雄叫びを上げながら恐ろしい形相で走っている。手元には包丁が一振り。目は殺意に満ちて血走っている。
「死晒せぇ!」
明らかに自分に殺意を抱いて包丁を振り回して突進して来る店員に名無しの権兵衛は迎撃しようと鬱陶しそうに立ち上がろうとしたが、文太は手で制し立ち上がり店員に立ち塞がる形で通路の真ん中に立つ。
「邪魔ぁっ!」
店員は文太の事を認識してはいるが止まる様子は見せない。それどころから文太も殺すつもりで包丁を両手でしっかりと持ち前に突き出した。店員の凶行を遠目で見ら事しかできない他の客や店員達はこのままでは文太が殺されると思っていた。
だが文太は客と店員達の予想を裏切る。
「失礼。」
文太は身を翻して包丁を躱し、店員の腕を掴みそのまま勢いを乗せて店員を背負い上げ地面に叩きつけた。背中からの強烈な衝撃に店員は痛みと共に肺の中の空気を吐き出す。それが決定打となり包丁と意識を手放した。
凶行を行おうとした店員を倒した文太は名無しの権兵衛の方に向き直る。
「こう見えて私、強いんですよ。」
そう言って文太は左目を瞑る。どうやら、ウインクをしたつもりの様だが右目の眼帯のせいでその様には見えない。




