六話 傷
「同士討ち、か。」
今ではかなり古い機種のコンピューター端末を手に名無しの権兵衛と忍び達の戦いを見ていた文太はボソリと呟く。
今回の【ツジキリ】も名無しの権兵衛の勝利だ。
忍者の隙をついて首を斬り落とした後、名無しの権兵衛は残っていたもの達を全員斬り殺した。
だがもし、あの時忍者の頬に手裏剣が刺さらず真っ向から二人がぶつかり合ったら勝敗は変わっていたかもしれない。
今回の【ツジキリ】も最初から見ていた文太にはあの時手裏剣を投げたものが他の忍びが原因である事を画面越しで確認できた。
ここからは文太の予想だが、投げられた手裏剣は名無しの権兵衛に向けられた物。それが誤って忍者に当たってしまったのだ。
文太はコンピューター端末から目を離し流浪ぶっ殺すの会のもの達の方へと目を向ける。彼らもコンピューター端末を持ち、画面越しで名無しの権兵衛に罵詈雑言を浴びせかけている。
その様子を目を細めて眺めていた文太だったが、名無しの権兵衛が戻ってきた事を確認すると流浪ぶっ殺すの会のもの達から視線を外し駆け寄る。
「大丈夫ですか名無しの権兵衛さん。右手の他にどこか怪我をしている場所はありませんか?」
「他は平気です。すぐ固定しますから待っててください。」
「待ちなさい。あなたに医術の心得がある様には見えません。変に弄らずすぐに医者に見せましょう。」
「えっ。でも今日はまだ【ツジキリ】が。」
「何を言っているんですか。その前に治療が先ですよ。【刀持ち】とはいえ体は大事にしなさい。見たところ歩けそうですね。ほら、一緒に病院に行きますよ。」
名無しの権兵衛が口出す前に話しながら行動に移し名無しの権兵衛の肩を抱いてやや強制的に病院がある方へと向かう。
仕事仲間には今日の【ツジキリ】は明日に持ち越す様【写し持ち】達に伝えて欲しいと事前にお願いしていたので今頃待機していた【写し持ち】達に説明を行なっている頃だろう。
遠くから聞こえる怒声を背に文太は名無しの権兵衛を近くにある病院に連れて行く。
◆◇◆◇◆
殺し合いが合法化している【合戦場】にも規則が存在する。
【合戦場】を利用する多くの人達は規則に従っているが、中にはそれを破り試合外での殺し合いやそれ以外の犯罪を行う人達も多くいる。盗みを働いたり違法物の取引現場に使われたりと様々だ。
しかし。
知らなかった。意図せずにやってしまった。身を守るためにやってしまったなどなど。理由があって規則を破ってしまい、その上できちんと反省の色が見受けられれば多めに見てくれる。
カミサマ曰く「あんまりガチガチなのも良くないからね。」との事だ。
しかし規則を意図的に破った上に反省の色無しとカミサマに判断された場合、問答無用である場所に送られる、との噂だ。
そこから帰ってきたもの達はしばらくの間何かに怯えていたり、突然「ごめんさない。ごめんなさい。」と繰り返し言ったりと、精神的に参ってしまった。
しかし、帰ってきたもの達は全員例外なく体に傷一つついていない。一体何をされたのかと尋ねてみても【合戦場】から帰ってきた違反者達は全員口をつぐんでしまう。強く問い詰められたものもいたがそれでも何も話さなかった。そのため規則違反するとどうなるのか当事者以外何もわからず肝心な情報があやふやだが、恐ろしい場所に送り込まれるのだろうと憶測はつく。
しかし、どうせ大した事ないんだろ、自分達なら大丈夫と決めつけ合戦場の規則を破るもの達が後を絶たない。
◆◇◆◇◆
「ただいま戻りました。」
「よくおめおめと戻ってこれたな。」
中年の男が自分に向けて平身低頭しているものに向けて不機嫌そうに睨みつける。
「我ら忍びの歴史に泥を塗りおって! 貴様は本当に役立たずだ!」
「申し訳ございません。」
「…まぁいい。我ら忍びは常に人手不足。お前の様な愚図でも今後も使ってやろう。ありがたく思え。」
「ありがとうございます。」
男の理不尽な物言いでも感情を出さず機械的に返事をする。この様なやりとりを何度も繰り返しているのか慣れている様子だ。それを見て男はつまらなそうな顔をしている。
「それでは次の指令まで待機しています。」
「待て。」
そう言って退室しようとしたが、男に待ったをかけられる。
「次の仕事がある。」
「かしこまりました。何をすればいいのでしょうか?」
「名無しの権兵衛に奇襲を仕掛けろ。」
「…はっ?」
男の言葉に一瞬理解ができず思わず顔を上げ、何の意味の持たない声を出してしまう。驚きで表情を変えたのを見て幾分か機嫌を良くした頭領はほんの少し楽しそうに話を続けていく。
「それは、いったいどういう事ですか?」
「【ツジキリ】を申し込む必要はないという事だ。奴が油断している隙に背中を刺せば良い。」
「お待ち下さい頭領! 【合戦場】では五つの試合方法以外での殺し合いは御法度。この規則を破れば重い罰を受ける事になります!」
「そうだな。確かにお前の言う通りだ。」
頭領と呼ばれた男は小さく何度も頷く。そしてどす黒い悪意に満ちた笑みを浮かべる。
「ならば見つからないよう殺さずなぶればいい。手足の骨を折り凌辱すればあの生意気な輩は大人しくなるだろう。」
「…本気で、やるつもりなんですか。」
「そうだ。他の同志達も賛同してくれた。」
頭領の言う同志とは流浪ぶっ殺すの会のもの達の事を指す。頭領も流浪に辛酸を舐めさせられたうちの一人だ。
彼ら流浪ぶっ殺すの会のもの達が企てた当初の予定では圧倒的な人数差で攻め続け名無しの権兵衛を疲労状態にさせ、【ツジキリ】に勝利する事だ。そして名無しの権兵衛の持つ【無名】を流浪ぶっ殺すの会の中の誰かが手に入れた後、【合戦場】の外に連れ出してじっくりと名無しの権兵衛をなぶり殺すつもりだった。
しかし予定通りにはいかなかった。
菊一 文太を筆頭に何人かの協力者が【ツジキリ】の大量の申し込みを受け、名無しの権兵衛の負担が少しでも減るように日程を立てるため彼らの目論みは崩れてしまった。
いつまで経っても名無しの権兵衛に勝つ目処が立たない。その事に頭領を含めた流浪ぶっ殺すの会のもの達は日に日に苛立ちを増していった。
「瀕死の状態のところで【ツジキリ】を行えば問題なく勝てる。その後予定通り【合戦場】の外に連れ出して殺せば我らの復讐は完遂される。御先祖様達の無念を晴らせる!」
その苛立ちが限界に達し、今日は流浪ぶっ殺すの会のもの達は【合戦場】において超えてはいけない一線を越えようとしている。
「いけません頭領! 考え直してください! そんな事をしてカミサマに目をつけられてしまったら」
「黙れ!」
言い切る前に頭領は近くに置かれていた置き物を手に取り頭に目掛けて投げる。置き物は額に勢いよく当たり、そのまま床に落ちる。
「役立たずなお前を俺が有効的に使ってやると言っているんだ! 決行は今夜だ。他のもの達はすでに準備を終えている。グダグダ言っていないでお前もさっさと準備をしろ!」
「…わかり、ました。」
額を抑え、うつむいたまま部屋へと出ていく姿を見て頭領はボソリと呟いた。
「まったく。あの時名無しの権兵衛に手傷を負わせたからといって調子に乗りおって。」
頭領の発言は忍びの耳に届いたが、忍びは何も言わないまま部屋から出て行った。




