inferiority complex-3
前回からの続き。
本編後、スウロ視点。
時差ボケによるものであろうか、スウロは随分と明るくなるまで眠りこけていた。
時計を見れば十一時。回らない頭で、朝食を食べ逃したな、と思った。
慣れない枕とベッドで眠ったせいか、首が少々痛む。痛む首の筋をゆっくりと傾けて伸ばしながら、スウロはドアの向こうの騒がしい声を聞いていた。あの声でスウロは目覚めたのだ。
寝巻のまま部屋を出て居間へ向かう。
「いたたたたっ!痛い!痛いってば!」
「仕方ないだろ」
「なんでもっと優しくできないの!」
「ならなんで僕にやらせるんだ」
スライド式のドアを開けると、メイリーフとセイファがいた。
もっと正確に描写すると、セイファはソファの上で胡坐をかいていた。テレビのある方ではなく、横を向いている。その方向にはメイリーフがいて、セイファに背を向けて座っていた。
「髪用の香油を毎晩つけろって言ってるだろ。なんでたったそれだけのことができないんだ。できないんなら、髪を伸ばすな」
「うちは長い髪が好きなの。手入れは確かにあんまりしてないけど、痛んだら毛先切ればいいんだから」
「いいわけないだろ。毛先しか痛まないわけじゃないんだ。現に絡まりまくってるじゃないか」
「だーかーらーっ、梳かすのを優しくしてって言ってんの!」
なぜかメイリーフの髪を、セイファが梳かしていた。
「・・・・・・・・・何やってんの」
「あ。スウロおはよう」
「おはよ、時差ボケで寝坊?」
「・・・・・・おまえらは何やってんだ」
セイファとメイリーフはきょとんとスウロを見つめ返した。見てわからないのか、と。
「何って、セイファに髪やってもらってんの」
「ああ、うん。確かにそう見えるけど、そういう質問はしてない」
「はあ?意味わかんない。寝起きで頭死んでんじゃない?ご飯食べてきなよ」
メイリーフの言葉は容赦ない。
「スウロ、台所に黒豆茶とビスケットがあるよ。昼は外に食べに出ようって言ってるんだけど、それまで何も胃に入れないのはよくないし」
「・・・・・・うん」
朝から妙に疲れた気分で、スウロは台所に向かった。
綺麗に片づけられたテーブルの上にはお茶が入ったポットと、ビスケットが盛られた菓子器がある。
ビスケットを齧りながらお茶をカップに注ぎ、ため息をついた。
その間にも、居間からは楽しげな声が聞こえてくる。
「ほら、これでいいだろ。そっちのピンとって」
「んー。ねえ、これ途中でほつれたりしない?」
「大丈夫だと思うけど。心配ならスプレーで固めとくか?ごわごわするぞ?」
「あ、やだ。洗うの大変になるじゃん」
「どうせ今日は一緒にいるんだし、ほつれたら直してやるって」
「わかった。――ねえスウロ!見て見て!」
居間から台所へ、メイリーフが飛び込んでくる。
いつも背中に流している髪を、あの短時間にどうやったのか複雑に結い上げていた。メイリーフは小柄で童顔なのだが、髪型のおかげで少しばかり大人びて見える。
「おー・・・セイファすげぇ・・・」
「ほんとにねー。ていうかどこで覚えたの?昔はこんなのしてなかったよね?」
学習室時代、セイファが髪を梳いていた相手はレナ――のちに世間を騒がせる芸術家、レナラストだ。レナは器用だったが、自分の見た目には無頓着だった。それを潔癖なセイファが我慢できず、ほつれた髪を整えていたのだ。
時折メイリーフがついでに結ってくれとせがんだが、その時のセイファはただ留めるか、三つ編みにする程度の技術しかなかった。
「ああ、モデルの見た目整えるのも自分たちでするからね。スタイリストに色々習ったんだ」
「モデル?ああ、服の方?」
スウロはすぐに合点がいった。セイファは小遣い稼ぎに、学生たちで構成されるデザイン会社に籍を置いている。その中での売り上げのメインは服なのだと言う。
スウロは特に世話になっていないが、三学年上の幼馴染レティーシャは、よく作ってもらっていた。また、ユニバースの持つ服の二割はセイファの作品だ。
「セイファ、服なんて作ってたの?」
メイリーフは知らなかったらしく、目を真ん丸にして驚いている。
「ああ、バイトで。ユニが昨日着けてたエプロンは僕の作品だよ」
「その割にミシンとかないけど」
「会社が持ってる共同アトリエの工業用ミシンを使うんだよ。ほとんどがコンピューター制御だから、僕がやるのはデザインだけ。今はお休みしてるけど、やろうと思えば通信だけでできるよ」
「へー。うちにもなんか作ってよ。ファッション性は二の次でいいから、動きやすくて汚れにくいのがいい」
「そんなものは普通の店で買って」
「なにさ、ケチ!」
「工業服デザイナーにそう言うならともかく、僕は普通のトレンディファッションを扱ってるんだ」
「自分の幅を広げてやろうとか言う向上心はないわけー?相変わらず小さいねー?」
「たかろうってその魂胆、卑しいよね?」
なにやら喧嘩が始まってしまった。十年以上前から繰り返されたことなのでさすがに慣れているが、スウロは目を覆い、ため息をつく。
妙な疎外感がある。
喧嘩をしている最中なのだから、巻き込まれなくて幸い、と思えばいいのに、一抹の寂しさを覚えるのだ。
「・・・適当なところで済ませてくれ」
スウロは席を立ち、居間へ移動する。黒豆茶は静かに飲みたいし、遅くなってしまったがテレビでニュースをチェックしたいのだ。
「えー、なにさー。スウロはそう思わない?」
「・・・・・・」
「メイリー、スウロにまで絡むな」
居間のソファに座ったスウロの左右に、メイリーフとセイファが座る。
(あれ?)
昔は喧嘩している二人を傍で見ているだけだった。
二人はスウロに見向きもしなかった。
「ね、スウロもなんか作ってもらえばいいじゃん。いつも服、地味だよ」
「勝手に決めるな!・・・と言いたいとこだけど、なんか作ろうか?スウロって、固めのデザインのジャケット似合うと思うんだよね」
「あー似合そう!うちはね、パーカーが欲しい!」
「ちゃっかり何言ってんだ」
うるさくてテレビの音声が聞こえてこない。
スウロはちょっとばかり疲れた気分でテレビ画面を見つめる。
(ああ、でも、悪くないな)
お茶の香りが鼻孔に広がり、幸せな気分になる。
今後また増えるかもしれませんが、ここで一度完結としたいと思います。
本編後までお付き合いいただきありがとうございました。
1/28追記 増えました。次のページもお楽しみいただければ幸いです。




