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The end of the sky  作者: みるく
本編ではない諸々
57/66

チルドレンズ・ラボラトリィ

学習室時代のお話詰め合わせ。


[You are beautiful, so beautiful]

 レナとセイファが初めて接触したときのお話。


[The ordinary]

 学習室の日常風景。空気が読めないエゼルと、周囲の反応。


[when they were named]

 ユニを制作中のお話。




[You are beautiful, so beautiful] ― レナとセイファ



「あなた、しばらくじっとしてて」


 レナとセイファが初めて口をきいたのは、レナが学習室に来て三日目だった。

 学習室の教育法は独特で、学習の手段をこどもたちに与えるだけというシンプルなものだった。自主性に任せているとも、放任とも言う。

 しかしその部屋にあって、非常に珍しいことに、レナはまったく勉強をしなかった。

 来てからというもの、ひたすらスケッチブックに向かっている。世話焼きのヨハンが声をかけていたが、それすらろくな会話になっていない。

 この時、レナは十四歳になる前だった。九歳だったセイファの目から見ても、この少女の異質ぶりは際立っていた。


「なんで」


 レナが使ったのはイスヴィラ語だったので、セイファは反射的に同じ言語で答えた。


「動かないで。その角度がいいの」


 ぐいっと頭をもとの位置に戻された。レナはスケッチブックに猛然と向かう。セイファはこどもながらに声をかけてはいけないのだと悟らずにはいられなかった。


「セイファ、ちょっとの間いい子にしてろよ。こいつのほうが赤ちゃんなんだ。我慢できないから、仕方ないと思ってあきらめて」


 すぐにヨハンがやって来て、そう説明した。赤ちゃんと評された少女は気分を害した様子もなく――おそらく耳に入っていない――手を動かしている。


「何してるの、この人」

「絵を描いてるんだと」

「なんでセイファなんて描くの?」


 セイファの正面で勉強していたメイリーフ――仲がいいわけではない、勝手にあっちが近づいてくる――が首をかしげる。


「琴線に触れるもんがあったんだろ」

「なんでセイファだけ!ねえ、うちのことも描いてよ!」


 こどもらしい主張をするメイリーフに、レナは目もくれなかった。

 メイリーフの言い分も不快だったが、それ以上にレナの行動が不気味に思えた。


「メイリー、この子、黎蓬語わかんないよ。イスヴィラ語か、ノル語で喋ってやってくれ」

「はぁ?!しゃべれないのになんでいんの?ばっかじゃないの。イジェ語でいい?」


 こどもというのは言語に対して柔軟であるため、学習室で言葉が不自由な者はいない。いても、すぐ覚える。メイリーフはここの育ちなので黎蓬語を母語としているが、親の影響から、日常会話程度のイジェ語を使いこなす。ノル語とイジェ語は近い言語であるため、簡単な会話ならば可能だ。


「なんでセイファばっかり描くの。こいつぜんぜん面白味ないよ」


 さっそくメイリーフはイジェ語でレナに文句を言ったが、レナの反応は相変わらずだ。それにしても、セイファに対して悪意しかないセリフである。後になってセイファは知るのだが、メイリーフの使うイジェ語はまともなイジェ語ではなくスラングであった。「こんにちは」と言うところを「くそ野郎、生きてやがった」と言う意味の言葉を並べてあいさつとしている。これでは近い言語とはいえ、ノル語話者とは話せない。

 いつの間にか、レナの描く手が止まっていた。無表情で己のスケッチブックを凝視している。気になったので、セイファは席を立って、それを覗いてみた。メイリーフも同じようにしている。


「うわ!すっげ!」


 メイリーフがイジェ語のまま声を上げる。ヨハンも覗き込んで、感心した。


「鉛筆一本で、すごいな」


 あの短時間だから、大ざっぱなスケッチかと思ってみれば、予想以上に精密な絵であった。

 目鼻立ちのラインよりも、光の濃淡を描こうとしたあとが見受けられる。


「綺麗な顔ね」


 レナが言う。その視線は自身が描いた絵の方向にあり、会話でないことは明らかだ。セイファは言葉にできない気持ち悪さを感じた。メイリーフも不信感に満ちた目でレナを見つめる。

 平気なのは、ヨハンだ。イスヴィラ語で話しかけている。


「ほらレナ。満足したか。二人は勉強中だから、これ以上邪魔すんなよ」

「うん。ねえ、ヨハンちょっとあそこで座って」

「はあ?俺描くの?勘弁してくんない?俺読みたい本があるんだけど」

「読んでていいから」


 二人が行ってしまうと、妙な沈黙が落ちた。

 メイリーフが、奇妙なものを見る目つきで彼らの背中を見送っている。


「・・・・・・頭、おかしいのかな」


 メイリーフの発言だというのに、ばかにする響きがどこにもなかった。

 レナとの初めての会話で、セイファにもっとも強いインパクトを与えたのは、このメイリーフの言動であった。





*




[The ordinary] ― 学習室の日常




「いい加減にしろ!い、いつも僕の邪魔ばっかり!」


 ゼータの声が、学習室内に響き渡った。

 彼が怒鳴りつけた相手は、きょとんとした表情のエゼル。

 この構図に、他の面々は「ああ、なんだ。またか」と思って興味を失くす。


「何怒ってんだ?ほんとお前怒りっぽいな」


 ゼータの剣幕に引きつつも、エゼルは問う。周囲から見れば明らかに火に油を注ぐセリフなわけだが、エゼルはとことん鈍いのだ。

 ゼータは手元にあった本を床に投げつけた。


「おまえはっ・・・・・・!!」


 疑問符だらけのエゼルだが、ようやくゼータの怒りが自分のせいであることを理解しつつあるようで、じわじわと後ずさる。

 その時、エゼルの背後にはサンジュがいた。いくつかの本と、自作設計図と、素人にはさっぱりわからない組み立てかけの機械や部品が広げられている。

 あろうことか、エゼルはその部品の一つに躓いた。足を取られて転び、組み立て中だった機械の上に倒れた。

 破壊音ののちに、沈黙が落ちた。


「いってー。めっちゃ痛ぇし!なんだよもう!」


 この沈黙という現象を認識しているのか、エゼルは己のペースを崩さない。学習室の面々は、こどもながらにエゼルの未来を危ぶんだ。


「エゼル」


 サンジュが低い声で彼の名を呼ぶ。普段からあまり表情に起伏がないサンジュだが、今も無表情で、それが逆に恐ろしく思える。――エゼル以外には。


「え、なに?ごめん?」

「お前は人の邪魔をする天才だな」

「・・・・・・」


 エゼルの表情から、彼がサンジュの言う意味を理解していないことを、周囲の人間は悟る。エゼル自身は「サンジュが怒っている」らしいことだけわかっているが、自分のやらかしたことがそれほどまでの怒りを誘発した理由がわからない。


「ゼータ」


 サンジュは続けて、凍り付いているゼータを呼んだ。ゼータは因果関係をちゃんと理解し、何にサンジュが怒っているかもわかっている。


「エゼルに空気を読むということを期待するな。犬が喋らないことに腹を立てるにも等しい。幸いにも同じ言語が通じるのだから、状況を説明して追い払え。いいな」

「う、うん・・・」


 エゼルに対して侮辱とも取れることを言ってのけたが、室内の面々はそうだそうだと頷いている。エゼルのみ、少々傷ついた顔をしていた。


「エゼル」

「・・・なに」

「空気を読めとは言わない。自分がやらかしたことには責任を持て」

「責任って、なに?」

「まずはゼータに、勉強の邪魔をしたことを謝れ。次に、俺のものを壊したことを詫びて、修理を手伝え」

「え、やだよ!謝るのはいいけど、修理とか無理だもん」


 そこでなぜ拒否ができるのか、まったくもって謎であった。空気が読める面々は顔を引きつらせる。

 サンジュは穏やかな性質だ。声を荒げたりしない。年下の行き過ぎたいたずらは懇々と諭して正す。

 その彼が、ものすごく怒っている。

 先の予測のつかない事態に、年少者たちは部屋の隅へと退避した。


「・・・・・・ヨハン」


 サンジュが頭を抱えながら、成り行きを見守っていたヨハンを呼んだ。


「頼む。通訳をしてくれ」

「俺、空気読まない人種の言葉がわかるわけじゃないんだけど」

「そうなのか?いつも相手をしているように見えたが」

「・・・・・・まあ、こいつらも大別するとエゼルと一緒だけどな」


 うんざりした様子でヨハンが「こいつら」と指したのは、コンピューターに齧りついているイーニアスと、一心不乱に粘土をこねているレナである。この二人も、他者との関わりがうまくできない。

 ヨハンから見れば、無口すぎるサンジュも同一の集合に収まるのだが。


「やれやれ。――おい、エゼルいいか。今サンジュはすげー怒ってる」

「ふーん」

「ふーん、じゃねえよ。お前な、怒った人に許してもらわずにどんどん怒らせたら、そのうち背後から刺されるぞ。殺されるぞ」

「・・・・・・」

「今はすげー怒らせたって、教えてもらって分かったんだからちゃんと謝れ。心から謝れ。謝った人間を刺すほど、サンジュもゼータも心狭くないぞ」


 十歳のエゼルに対して、なかなか過激な説得である。

 しかしこの極端な内容で、ようやくエゼルは少しばかり理解する。

 決して彼の理解力が低いわけではない。絶望的なまでに、相手の感情が読めない――すなわち、空気が読めないのだ。


「ごめんなさい」


 根は素直なエゼルは頭を下げた。



 その様子を見ながら、レティーシャはやれやれとため息をついた。


「なんで先生は出てこないのかなぁ?」


 それに応えるのは、マヌーである。


「ヨハンに任せておけばすべてがうまく回るからよ」

「ヨハン、苦労性だよねぇ」

「本人があれでいいみたいだから、ほっときましょ」


 学習室の平和はこうして今日も保たれている。




*


[when they were named] ― あなたのなまえ




 いまだ無機質な機器に収まるプログラムでしかない「それ」のテストを一通り終えた。

 マイクを通して会話が可能だが、まだまだたどたどしい。経験をつむための会話の相手がこどもだから仕方ない。


「だいぶ形になってきたわねぇ」


 マヌーが嬉しそうに言う。話しかけられたはずの、端末の前に座るイーニアスは無言だ。いつものことで、マヌーは気にしていない。

 ヨハンがため息をついた。


「ニアス。ネットワークにつないで勝手に学習させればいいのに、一から知識を蓄積しようってのはどうかと思うぞ」

「だって、変な言葉覚えたら嫌じゃないか」


 ちゃんと話題を選んでふってやれば、こうしてイーニアスは答える。


「ばっかだな、俺たちが喋る内容だってスラング混ざってんだぞ」

「スラングはいいけど、下ネタとか言われたら壊したくなる」


 イーニアスが示した先には、作りかけの人形がある。各体のパーツはばらばらであるが、それは十歳を過ぎたほどの少女を模していた。いずれはあの人形が動いてしゃべるようになるのだ。


「多少いらん言葉を覚えても、それを場面によって使い分けが出来るように教育をすべきだ。空気を読めばいい」

「いやだ」

「にぃあぁす!」

「いやだ」

「そもそも、ネットワークにつながなかったところでなんの解決にもならない。そのへんでちびどもが変なこと全力で叫んでるだろーが。下ネタ覚える傍から情報を消していくのか?」

「先に覚えさせておいて使えないようにプログラムを・・・」

「意味が分からん。つか、本末転倒じゃないのか?お前、もっと現実的になれ」


 イーニアスがむくれる。

 その様子にヨハンとマヌーはため息をついた。


「やぁね。こだわりが強いのばっかりで」


 マヌーがそう言って見る先にいるのは、イーニアスばかりではない。

 作りかけのアンドロイドの前で熱く議論を交わす、サンジュとレナの姿がある。


「技術的に無理だ」

「美学的に無理よ」

「そもそもこの大きさに無理がある。こっちのほうが、エネルギーのロスも少なくて済むんだ」

「でも肌の質感が再現できない」

「見た目はいいだろ」

「手触りの問題。これは譲らない」

「体毛まで再現する気か?そのうち発汗機能までつけろって言うんじゃないだろうな」

「つけないの?びっくりした、あなたのセンスを疑う」


 技術屋と芸術家は今日も今日とてお互いのこだわりをぶつけあっていた。彼らが使っている言語は、この学習室の公用語とされている黎逢語ではなく、ノル語だ。マヌーとヨハンには途切れ途切れにしか理解できない。内容の予想は容易いが。


「・・・・・・マヌー。あれどうにかできるか?」

「嫌よ。適当にさせておけばいいの。三日もすれば、進歩があるわ」


 しかし食事の間ですら議論を続けて、食事の雰囲気を台無しにするのがあの二人だ。

 アンドロイドを作ろうと提案したのはヨハンだった。

 大人から素体をもらったこともあったが、主な理由はイーニアスが人工知能の研究開発にのめりこんでいたから。

 せっかくだから自分たちと同じ年頃のアンドロイドにしたいとマヌーが言って、機械いじりが好きなサンジュが改造し始めた。美しくないものは許せないといって、レナが見た目を変え始めた。

 興味を持った他の連中も寄って来はじめて、勉強もそっちのけになった。学習室の監督教師は手に負えないと上に泣きついている。さらに情けないことに「ヨハン、どうにかしてくれ」とまで言ってくる。

 こんな面倒なことになるとは。


「どうしたの、ヨハン」

「いやぁ、面倒をかぶるのが俺の役割っぽいなぁと思って」

「あら、リーダーでしょ?」

「リーダーって言葉をわかりやすくいうと、面倒をかぶる役」

「ふうん、そうだったの」


 マヌーは楽しげに肩を震わせた。そして、部屋全体を映すように置かれたカメラに向かって微笑みかける。

 あれは人工知能の目となっていて、この学習室の様子を常に見て経験を蓄積している。


「ねぇ、そういえばこの子の名前はどうするの?」

「まだいいだろ」

「そう?私は難しいことわからないけど、名前ってアイデンティティーの根幹にあると思うのよね。だから、名前を呼びかけていたほうがいいんじゃないかと思って」

「・・・それもそうだな」

「せっかくだからヨハンがつけたらいいじゃないの」

「ええ?」


 候補を募って多数決でもとろうと思っていたヨハンには予想外の提案だった。


「マヌーだったらなにがいい」

「えー?見た目は人間に限りなく近づける予定なんでしょ?だったら名前は人間っぽくないのがいいかなぁ」

「たとえば?」

「インテグラル」

「うわあ・・・・・・」

「ベクトル」

「もうちょいかわいい響きにしよう、あの見た目だから」

「ルート」

「・・・・・・発想が偏ってんなぁ」


 この学習室にいる面々の知識や能力は、極端なほど偏っていることが多い。だからこそ出来るアンドロイド製作であり、だからこそ満遍なく色々知っているヨハンがリーダーなのだ。


「じゃあヨハンはなにがいいのよ」

「うーん。そう言われるとぱっとは思いつかないなぁ。でも、人間ぽくない名前ってのは賛成」


 そのとき、ディスプレイに額を打ち付けそうなほどに端末にかじりついていたイーニアスがぱっと顔を上げた。


「わかった!ヨハン!二体目を作ろう!」

「はあ?」

「やぁねぇ、まだ完成が見えてないのに、次の計画?」


 マヌーは呆れるのを通り越して、面白がっている。


「一号機は見通しが立つまでは人間と同じように日常生活の中から学ぶようにするんだ。それで、二号機は、ヨハンが言うように、知識を先に全部入れる。どういった差が生まれるか見ればいい」

「おいおい、先生が嘆くからいい加減にしてやれよ」


 そうでなくとも、現在胃炎を発症中だと言うのに。


「素体がもうひとつほしい。せっかくだから違うことを試してみよう。二号機も少女型にすればいいよ。知識を先に入れるんだから、大人びた感じにしよう」

「妹のほうが大人なのね。いいんじゃないの?楽しそうだし」


 マヌーが気安く賛同すると、イーニアスはにこりと笑う。

 ヨハンはやれやれと三度目のため息をついて、うなずいた。


「そうだな。そしたら、名前を二つ考えないと。統一性があるほうがいいな」









11/11 第56部「あなたのなまえ」を消去し、こちらに統合しました。

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