雪とナターリア
前半は、おおよそ16歳のころのセイファとナターリアのお話。
後半は、本編より一年弱前の、大学一年生のころ
妙な明るさで、セイファは目を覚ました。
時計はまだ朝の六時。普段起きるのより少し早いくらいだ。
まさかと思いながら、セイファはベッドを出てカーテンを開けた。
(ああ)
一面の銀世界である。
イスヴィラ市は、それほど降雪のない地域だ。年に一度、積もるか積もらないか。
一方、セイファが育ったのは、黎蓬のカクラ。温暖で、積雪どころか降雪も珍しい土地柄である。つまりセイファは雪にあまりなじみがなく、この真っ白な街並みにはどうしたって心が躍った。
隣の家から、雪の白に映える、ビビットな色をまとった少年が歓声を上げながら出て来た。セイファがこの母の家に越してきて以来、やたらと絡んでくるナターリアである。ナターリアというのは通称なのだが、実の親さえ「ナタリー」と呼んでいるので、セイファも本名を忘れてしまった。
ナターリアの後から、ユハナ家――ナターリアの家――の愛犬フェニクスが飛び出して来た。長毛の大型犬である。
一人と一匹は雪の中でじゃれあっていたが、やがて二階の窓からのぞくセイファに気づいた。
「セイファー!」
無邪気な笑顔で手を振る。――が、相手が無邪気なだけの少年ではないと知っているセイファは警戒心しか抱けない。
「遊ぼう!」
セイファは窓を開けた。冷たい空気に身震いする。
「まだ六時だぞ。ちょっとは音量落として喋ったらどうだ」
「うんわかった。雪だるま作ろう!」
「全然わかってないだろ」
たしなめつつも、セイファも高揚している。
セイファがしっかりと防寒して外に出ると、ナターリアはすでに大きな雪玉を作っていた。それに見合う二つ目の雪玉を重ねることを思うとげんなりする大きさだ。
「・・・ナタリー、それ、背が届かない大きさになるぞ」
「いいじゃん!大きい雪だるま!」
こうして興味がある物に一心に向かっているとき、ナターリアは実に無邪気で素直な少年だ。
時折見せる、負けん気をこじらせた敵愾心や、他者を見下すような言動が嘘のようである。
こうして笑いかけてくるナターリアを、セイファは邪険に出来ないでいる。ある瞬間に豹変して攻撃的になる厄介な人間だとは知っていても。
「よし!二チームに分かれて雪合戦しよう!」
ナターリアが言うと、周囲の学生たちは楽しげに同意し、声を上げた。
場所はエアノストラ総合芸術大学のキャンパス。学生たちは、雪に映える鮮やかな色をふんだんに身にまとっている。
ちょっと離れて見ると、なかなかすごい集団だ。正直、あれの傍に近寄りたくない。
セイファは極力己の存在を消して、退散しようと思った。
ところが。
「セイファ!一緒にやろう!」
「・・・・・・」
学生たちの注目を一身に浴びる羽目になった。
「奇数なんだ。セイファが入ったらちょうどいいんだ」
セイファはため息をついた。
「ここは人通りがあって迷惑だ。そんなに雪合戦がやりたいなら、プラッツィエの雪祭りにでも行けよ」
「雪祭り?」
「毎年この時期にやってるぞ。確か、雪像制作部門もあった。なんか作って来いよ」
「何それ楽しそう!」
ナターリア以下学生たちが「おおおおっ」と盛り上がる。
さっそく端末を取り出して調べた学生が、「大変、エントリー今日まで!お祭りは来週だって!」と叫ぶ。
やれやれ、興味がそれてくれてよかった。そう思って立ち去ろうとしたセイファの背に、さらに騒ぐ学生の声が聞こえて来た。
「よし!じゃあ今から雪合戦の練習しよう!」
いぇーい!と応える声。
セイファは頭痛を覚え、さっさとその場を逃げ出した。




