A genius とある天才
23話冒頭( http://ncode.syosetu.com/n3613cc/24/ ) あたりの、サラのお話。
本編に入れると流れが悪くなると思ってカットした部分です。
朝六時に目が覚めた。
ここ三日ほど重苦しく目覚めていたのが嘘のような、さわやかな目覚めだった。
戸惑いと共にサラは起き上がり、カーテンの隙間から差す光を浴びる。
イスヴィラ美術館で爆破テロ事件があったのは四日前だ。
サラは現場に居合わせ、怪我こそしなかったが、犯人の自爆を目の当たりにした。モザイク無しのスプラッタである。グロ耐性はあるほうだったが、それは飽くまで映像で経験した話だ。自分の目で見て、聞き、匂い、感じるのは初めてで、映像とは全く違った。
瞼をとじれば飛び散った鮮血が浮かび上がり、死ぬ直前の爆破犯の顔が思い出される。最初の夜はそれに苛まれ、夢の中で何度も追体験した。
それからしばらく、電池が切れたように体が動かなくなっていた。
体が重くて、胸や頭が痛くて、なんでもないのに涙が流れてくるありさまだった。
何もきっかけはなかった。強いて言うなら、時間の経過だろう。サラはあの事件を粗くではあるが消化していた。
端末を確認すると、セイファからの連絡の痕跡がいくつかある。端末に直接と、この研究者用アパートのコンシェルジュ経由で。
メッセージなどはなく、ただの生存確認だ。
冷たい彼のことだから生きてさえいればいいと思っているのだろうが、しつこく連絡されなかったことはありがたいのでサラは素直に感謝した。
(さて、お仕事しなくちゃね)
まだ時間が早いから、セイファに連絡しても迷惑だろう。まずは着替えと朝食だ。
カーテンを開けて光りを浴びて、サラは誰にともなく微笑んだ。
午後十時。
落ち込んでいる間、まったくチェックしていなかった連絡に対応したりニュースを見たりで、だいぶ時間を取られてしまった。まだ腫れぼったい瞼をどうにかしようと奮闘するのにも随分と費やした。
セイファに連絡をしてみたが、まったく通じない。電波の届かないところなど、昨今珍しい。バッテリー切れ、故障、本人がわざと受信状態にしていない、などいくつか原因が考えられる。
セイファがいなくては仕事も何もないが、数日引きこもって体も心もなまっているのでただ買い物するというのもいいだろう。
エントランスのコンシェルジュにあいさつをして建物を出る。
基地内を走る無人タクシーを呼ぼうと、端末画面に目を落とした時、ちょうど目の前にタクシーが止まった。
ドアが開いて、人が降りてくる。
「え?」
降りて来たのは、少女だった。十代前半で、髪は背中にかかっている。細いリボンのヘッドバンドに、同じ柄のワンピース・ドレスを着ている。疎いサラでもわかる、ブランド物だ。さらにレースがあしらわれた靴下で足を包み、エナメルの靴を履いている。
「サラ・サフラテス?」
鈴が鳴るような声で、少女が言った。
「・・・え、あ、・・・はい」
サラは茫然としながら答えた。
少女は美しかった。正面から見つめられると息が詰まるほどだ。美術館の一番奥に飾られる様な作品を前にした時と似ている。美術の知識もないのになぜか圧倒される、あの感覚だ。
しかしサラが茫然としたのは、彼女の美しさのせいばかりではなかった。
サラは、この少女を、――このアンドロイドを知っていた。
「ええっと・・・ユニバース?」
「私を知っているの?ああ、もしかしてセイファが?」
「え?いえ・・・あの、私、付属大学の出身で、イーニアス・イーサムの二学年後輩だから・・・」
「そうなの?じゃあ、キャンパスで会っているのね」
「会ってるというか、私が一方的に見かけたと言うか・・・」
「そうなの?」
少女型アンドロイド、ユニバースは可憐に笑った。
「ところであなた、セイファの居場所を知っている?セイファったらいつも位置特定機能を切っているし、それどころかかく乱してくるから」
「確かにセイファの端末には繋がらないですね」
「完全につながらないと言うならヨハンのところかしら?」
「ヨハン?」
サラが首を傾げた時、またしてもタクシーがやって来た。ドアが開くとゆっくりとした動作で若い男が降りて来た。
上背はそれなりにあるが細身で色白で頼りなく、気弱そうな顔をしていた。研究所ではよく見かけるタイプだ。サラは彼のことも知っていた。
「ニアス!」
サラが何か言うよりも先に、ユニバースが嬉しそうに声を上げた。
男――イーニアス・イーサムが困ったように微笑む。
「ユニ。勝手に外に出たらだめじゃないか」
「だって!セイファの居場所が特定できないんだもの!」
「セイファは大丈夫だよ。――ユニが突然ごめんなさい。ええと、サラ・サフラテス?」
「あ、はい」
「初めまして、私はイーニアス。セイファの友達なんだ」
「はい、えと・・・だ、大学で、何度かお見かけしました」
「ああ、そうなの?そっか、研究員になるってことはそうだよね。でも私なんかのことよく覚えていたね、というか申し訳ないけれど私の方には覚えがなくて・・・」
「それは・・・仕方ないと思います。あの、ユニバースって、キャンパスの名物というか有名人でしたし・・・」
「そうなの?」
イーニアスはきょとんとした。
イーニアス・イーサムは在学中から有名だった。
そんな彼は、キャンパスではいつも少女――つまり、ユニバースと一緒にいた。噂によれば、授業にも同伴させていたらしい。
普通は誰かが止めそうである。そもそも介助用でもないアンドロイドを傍に置く理由などない。
ところが彼には許されていた。ユニバース自身も、その美しさと愛想の良さからか受け入れられていた。
どちらも目立っていたし、互いが互いに強烈に目立たせていたと言うのが正しい。
「・・・というか、セイファと知り合いなんですね?」
「そうだよ。かなり長い付き合いだね」
「はあ・・・そうでしたか・・・」
「セイファを探しているの?」
「え?いえ、探していると言うほどでも」
「でも今彼が教官だったよね」
「はい」
「彼の居場所はだいたい見当がつくよ。教えようか」
「・・・そう、ですね」
「ユニ。地図を送ってあげて」
「うん」
サラは慌てて端末を操作する。
情報を送り合うには、近距離通信をするにしろ、ネットワークを介するにしろ、端末アドレスが必要になる。
ところがサラの端末はサラが何かするより先に地図を表示した。何もしないうちからバスの情報まで呼び出され、地図上にはたどるべき道に赤く線が引かれる。
「え?え?」
「ああ、それは今ユニがやってるんだ」
「え?あ・・・乗っ取り・・・・・・」
「クラックはさせないし必要以上にあなたの情報を見たりもしないよ。好奇心はあるけれど、自制心もあるし、私が許可しない限り犯罪行為もやらない。犯罪行為を命じられても拒否するようなセイフティを利口な不服従と表現する専門家がいるけれど、私はそうは思わない。むしろ、法を犯してでも人の命を守るものこそが、そう称されるにふさわしい。誰かと誰かの命を比べて選び取れずエラーになって、どちらも助けられないだなんて本末転倒だ。倫理を犠牲にしてでも自分の好きなものを選び取るくらいの人間的判断能力があってもいい。――といっても、今のユニじゃあ、非現実的な野望かな」
「そうですか・・・」
なにか恐ろしいことをこの青年が言っていることだけは理解できた。
「そうそう、セイファのことだけど、あの子すぐに位置特定機能を切っちゃうんだ。他人に干渉されるのが嫌いなんだろうね。でもあなたのことが嫌いなわけではないし、ないがしろにするつもりもない。どうか気を悪くしないで」
「・・・はぁ」
「じゃあまたね、サラ・サフラテス。――行くよ、ユニ。セイファのことは彼女に任せよう」
イーニアスがユニバースの手を取り待っていたタクシーの中へ入るよう背中を押す。
ユニバースは少々不満そうな顔をしていたが、小さくため息をついた。
「サラ!セイファのことよろしく!」
サラにむかって、笑顔でそう言い、今度は不満そうな顔に戻ってイーニアスに不満を漏らす。
ころころ変わる表情は、本当の人間のようだ。
これが、イーニアス・イーサムとユニバースが大学の名物だった理由。
美しいだけのアンドロイドはたくさんあるが、ユニバースは感情表現がとても人間的なのだ。当たり障りのない受け答えならともかく、こどものようなあの振る舞いが出来る物をあれ意外にサラは知らない。
キャンパスでは実はあれは人間なのだという噂すらあった。本当は大学生にふさわしい年齢だが成長しない病気に罹っているというものだ。まことしやかにささやかれていたし、むしろそれを信じている人々も多かった。
サラはアンドロイド説を信じていたが、言葉を交わしたせいでその確証がゆらいでしまった。
あの感情再現をしたのが、イーニアス・イーサム。
(天才って、本当にいるのね・・・・・・)
しかし彼は人工知能分野で研究を続けてはいるが、「人間的思考の再現」に関しては止めてしまったと聞く。ユニバースのプログラムも非公開で、その分野にかかわる研究者が嘆いているらしい。
――なぜセイファはそんな彼らと知り合いなのか。
心がざわめいた。
それは、不安な予感だった。




