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結果から言うと、警備部特殊警備隊によるサラの歓迎会は開催されなかった。
それよりも先に、サラが黎蓬の新人研修に再び合流することが決まったからだ。
引き抜かれる形でのイスヴィラ派遣だったはずなのだが、研修していた同期たちに後れを取っていそうで今から不安で仕方がない。
搭乗手続きを済ませ、空港のロビーのベンチでぼんやりと待つ。離陸まではまだ時間がある。土産物屋を覗いてもいいし、軽食を買ってもいいのだが、どうもその気になれない。まだ体の芯に疲れが残っているようだ。
たたたっと足音が聞こえてきて、顔を上げてみると、少女がサラの前で立ち止まったところだった。見覚えがある、芸術的に整った容貌――というのも当然、稀代の芸術家による作品である。
「ユニバース?」
少女型アンドロイドは疑問には答えず、背後を振り返った。
「セイファ!いたわ!」
「え、セイファ?」
行き交う人の合間から、セイファが姿を現した。未だに傷が癒えないようで、動きは緩慢である。
「セイファ!大丈夫なんですか?」
「それなりに。今日も少し出歩いていましたし」
「そうですか・・・」
「すみません、出立のことは今日聞いたので、餞別を選ぶ時間もあまりなかったんですが・・・」
「ああいえ、お構いなく。――つらいのでしたら、座ってください」
セイファは素直にサラの隣に座った。ユニバースが当然のように彼の膝に座ろうとして、「勘弁して・・・」と弱弱しい言葉を吐かせている。
軽量素材を使っても、アンドロイドは人間より重いことが多い。中には人間並みの重量を謳ったものも売られているが、肌の質感などが違ってくる。
セイファから餞別だという小さな紙袋を受け取った時、ふと人ごみの向こうにから視線を感じた。違和感を探ると、少し離れた場所に男がさりげなくこちらを気にしながら立っている。その顔には見覚えがあった。――メイリーフとセイファが通信していた時に、メイリーフを怒鳴りつけていた特殊警備隊員だ。平服だが、その様子からしてセイファの護衛だろう。
「・・・・・・今回のことは、本当に、申し訳ないと思っています」
雑踏に消えそうな声で、セイファが言った。
「弁明すら、思いつきません」
「いえ・・・・・・」
「マルティのことを知った以上、あなたの扱いは他の研究員と違ってくると思います。特殊警備隊であれば、滅多なことでは悪い方に転ばないはずです。本当に困ったら、ニアスを頼ってください。彼は研究所に対して一定の権限を持っていますから」
特別扱い、という意味だ。イーニアス・イーサムのぶれない天才ぶりに、少々呆れる。
「あと、テラ・テダを知っていると言いましたよね」
「あ、はい」
彼女の名前は、メイリーフと話した時に出ている。もとの名を、レティーシャ・テラ・ゼ・テダール。
「すでにわかっているでしょうけれど、彼女もマルティへのアクセス権を持つ一人です。――というか、仲が良かったんですか?」
「特別良いとは思いませんが、友人の一人という感じで」
「あなたの今回の派遣は、彼女からの推薦だそうです。もとは、彼女に来た話だったようですよ」
「は?!」
「推薦の意図と理由は不明ですが、あちらに帰ったら聞いてみてください。それと、時には連絡するようにと、伝言してもらえますか?」
「セイファ、テラのアドレス知らないんですか?」
「知ってますが、研究所って通常端末からの通信が制限されるでしょう?単純にあちらの邪魔をしたくないというのもありますし」
「確かに」
イスヴィラ派遣当初、暇を持て余していたサラがおかしいだけで、普通の新人は忙しいのである。
セイファの声が途切れた。様子を伺うが、これ以上何も言うつもりはないらしい。
まだ聞きたいことはある。だが、どう聞けばいいのかわからなかった。
「セイファ、」
「なんですか」
「・・・・・・その、・・・あの時、・・・」
――「君は僕の分身だ。・・・君と話せてよかった」
耳の奥でよみがえる声。思い出すだけで、怖くなる。開けてはいけない気がするけれど、はっきりしない恐怖を抱え続けても、胸を掻き毟りたくなるような気持ちにかられるのだ。
「マルティバースに、分身だと、言ったとき・・・」
セイファがサラから視線を外し、泣きそうになりながら、微笑んだ。その様子をユニバースが不思議そうに見上げている。それに気づいたセイファは、ユニバースを撫でる。
「マルティは僕と同じ思考回路なんです」
「え?」
「マルティは、当時の僕の思考パターンをモデルにしているんです」
思わずユニバースを見つめた。しかしセイファが否定する。
「ユニは違いますよ。特別な性格付けはされていません。あえて言うなら、ニアスがモデルでしょうね。詳しいことは、ニアスにでも」
聞きたいこととは違ったのだが、セイファはそれ以上を語らない。
「すみませんが、そろそろ行きます。本当はフライトまで見送りたかったんですけれど」
「いえ、お構いなく。予定が何かあるんですか?」
「僕にはないんですが、護衛をいつまでも付き合わせるわけにはいかなくて。――これでも、基地の外に出る許可取るの、苦労したんです」
「それは、お疲れ様です・・・」
サラも彼を見送ろうと立ち上がる。それを合図にしたのか、護衛の男が近づいてきた。鍛えられた、見るからに荒事に慣れている風貌である。
「よう、期待の新人」
サラはどう反応していいかわからなかったので、とりあえず頭を下げた。
「悪いな、こいつももう身軽な身分じゃないんでね」
「いえ、構いません。――セイファ、見送りありがとうございます。それと、いろいろお世話になりました」
別れの言葉は、あっさりとしたものだった。これからきっと縁はあるだろうという予感のためである。
セイファが微笑んだ。出会った当初の冷笑ではなく、屈託のない笑みとも違う。くっきりとした目鼻立ちと、影を落とすまつ毛、そしてほんの少しの憂いの色が相まった、息を呑むような表情であった。
「こちらこそ。むしろ僕ばかりが世話をかけてしまったと思います。・・・ありがとうございました、サラ」
――そしてセイファとユニ、そして護衛の三人を見送ったのだが、サラはその時の記憶が曖昧だ。
驚いた。圧倒されてしまった。セイファのあの表情は、顔は、紛れもなく武器だ。
やっと我に返ったのは離陸後である。
ふと、手荷物として持って入った紙袋の存在を思い出した。
機内は空いていたので、あまり気にせずがさがさ音を立てながら包み紙を解いた。
中から出てきたのは、半透明の青い球体だ。中に、白と緑の筋が閉じ込められている。
(球体世界・・・)
それは二つあって、イヤリングになっていた。
同封の小さなカードにはメッセージが添えられていた。
――あなたの未来が明るいものであるよう、西の端より祈っています。




