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Ⅸ
十日を経て、セイファは自分のアパートに戻って来た。
近いうちにここを引き払うことになる。普通の大学生としての生活は、終わりだ。ラウドは、まだウルダン基地を出ることにすら難色を示していたが、時間はかからないと言って説得した。
どのみち、最低限のものしか置いていない。冷蔵庫のなかで、いくつか食材が傷んでいたのが、生活臭といえば生活臭である。
綺麗にまとめられた、絵や彫刻の道具。画集を含む、本。離れがたい物と言ったら、使い慣れた調理道具くらいか。――どれも再購入が可能である。
「おお、さすが綺麗だな。つか、モデルルームかよってレベル」
セイファの後ろから入って来た男が言う。平服だが、特殊警備隊員で、名前をユース。セイファが黎蓬にいた頃の馴染みである。セイファがウルダン基地を出るにあたって課された条件が、この護衛をつけることであった。
「でかい家具や家電は始末させてもらうけど、いいよな?あ、枕は?枕は変わると寝られないタイプか?」
「いえ。――あの棚の中身は全部持っていきます。本と服はある最低限を選んで、・・・あとは携帯端末の類ですね。それだけです。三十分もあれば済みますよ」
「・・・・・・おじさんはびっくりしすぎてひっくり返りそうだぜ。いるもんあるだろ。プライスレスな思い出の品とか」
「全部捨てても問題ないです」
「変なところで男らしく潔いな」
棚の中身は、持って来ていた段ボール箱に詰め、服も着る機会の多かったものだけを選別して入れていく。本も同じようにすれば、所有するうちの三分の一になった。
「結局、一年かぁ」
「ん?」
「去年の秋に大学に入学して、一年ちょっとです。このまま中退は嫌なんですけどねぇ」
二回生でに中退とは、レナと同じになってしまう。そんな情けないことは避けたい。
「行きゃいいじゃん」
ユースがあっさりと言った。
「・・・・・・でも、館長が」
「最悪、護衛付だろうけどな。いいんだよ、変な遠慮すんなよ。しっかり主張しろ。お前にはその権利があるんだ。――他の連中にもあったのに」
――黎蓬シュシン基地にいた当時、まだ今よりは余裕があったユースは、時折所内学習室に顔を出していた。小さなこどもたちと遊び、卒業間際のこどもたちには良い相談相手となった。自身ももとラボ・チャイルドであったためか、学習室のこどもたちに何が必要なのかをよく知っていた。だからユニとマルティの制作には協力的だったし、マルティが奪われたとき、はっきりとこどもたちの味方をした。そのせいで出世が遅れているという話も聞こえてくるので、セイファたちは彼に対して申し訳ない気持ちでいる。
申し訳ないと思いながらも、あの時の面々は次々に行方をくらませた。礼の一つも言わず、居場所も知らせないまま。
「こどもの意地ともとれるけど、お前らって結局、遠慮しすぎじゃねーの?」
「え?」
思わぬ言葉に、セイファは数度瞬いた。
「マルティの管理をしてやるから、それ以外の時間は天文学やらせろとか、美術やらせろとか、定期的に旅行に行かせろとか、そう言ってもいいじゃん。なのに自力で全部やっちまうんだもん」
「でも・・・・・・」
「マルティバースはお前らのもんだ。それの使用料と考えれば普通じゃねぇの?まったく理解に苦しむね。天秤の片側が世界だから、遠慮してんの?ばーか、それほど研究所はヤワじゃねぇし。遠慮した挙句に生活に困ってテロ組織と取引とか意味不明。責任取って死にます?マジ迷惑」
ふっと涙が湧き上がってくる気配を感じて、セイファは慌ててそれをごまかした。
まだあの事件から十日。情緒不安定になっているらしく、涙腺もゆるみ気味だ。
「・・・・・・ユース」
「なんだ」
「ありがとう。――あの時も、あなたは僕らの味方をしてくれた」
「・・・ま、ガキが変なことに首突っ込むなっつーこと。ただの説教だ。気にしてんじゃねーよ」
セイファは段ボールの箱を順に閉じていき、照れ隠しに悪態をついているユースに声をかける。
「終わりましたし、行きましょう」
「ほんっと早いな。まだいいぞ?」
「いいです。寝に帰ってただけの場所ですから」
「きっちり家事してたら、寝に帰るだけとは言わんような気もするけど。――しかし、こうなると時間が余るな。ええと、取材が一時からで、・・・フライトが四時か。ていうか、取材って外でやる必要あるか?」
「あの記者を基地に入れるの嫌みたいですよ」
「へぇ、そうかい。ま、安心しろ。俺が後ろで睨みきかせとくから」
「ええ」
――あのトゥレ出版の記者からの取材は、ラウドの指示で受けることになっている。開示可能な情報は、すでに研究所側が決めているので、セイファはそれに注意して喋るだけだ。
ユースは立場上、セイファが要らぬことを喋らないかの見張りでもある。
「じゃ、取材の前に腹ごしらえでもすっか?」
「はい。あ、それと買い物したいんですが、いいですか?餞別を、用意できていないので」
「おう、餞別か。・・・・・・お前、女の子の好きそうなものってわかるのか?」
「・・・なんですか、そこんところ頼ったらダメなんですか?結婚できない理由がよくわかるってやつですね」
「あ、てめ!言いやがったな!可愛い子紹介して!」
「言っていることがむちゃくちゃです。――仕方がない。マヌーの買い物に付き
合わされた時のことを思い出してどうにかしましょうか」
最後に自室だった場所を見回して、ドアを閉める。
少し寒くて、外していた上着のボタンを留める。
先を行くユースが「早く来い」と言うので、小走りで追いついた。
車に乗る直前に、アパートを振り返る。
あの部屋には何の愛着もない。けれど、名残惜しかった。




