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案内されるままに、特殊警備隊の車両に押し込められた。走るハイテク、走る火薬庫と呼ばれる、通信機器と武器が積み込まれた車両である。救急車と似た構造で、車の後部から出入する。いざという時は、負傷した隊員を治療しつつ運ぶこともできる。
隊員の一人から怪我をしていないかと質問があり、蹴られた肋骨のことを言った。こればかりは検査機器がなければわからない。痛むようなら薬を飲むよう勧められたので、飲んでおく。
セイファはと言えば、精神的な負担に加え、サラの知らぬうちに蹴られ殴られをしていたらしい。今は座席に半身を横たえ、ぐったりとしていた。
都合上開け放たれたままの後部ドアから、サラは人々が忙しく動く様を見ている。
その心は平穏と程遠い。ともすれば、不安で発狂しそうだ。
しばらくして、エリーティアが姿を見せた。彼女自身も特殊警備隊の出身であり、現在は管理維持室の室長である。
彼女に話を聞こうと、席を立った。すぐさま駈け出そうとしたのだが、エリーティアがこちらに向かってきたので、車を降りたところでとどまった。
「どうした、サフラテス」
普段は気のいい人だとの噂だが、荒事専門部隊の指揮を執っているせいか、軍人のような物言いだ。
「あ、あの、お聞きしたいことが・・・っ」
「ん?処罰ならあっちの馬鹿のせいだから構わんが・・・」
「ばっ・・・爆弾が、体内にあるって、ほほほほんとなんですか?!」
今、ストレス値満タンだと思う。それでも死ぬような危機ではないから爆発しないのか。それとも――。
エリーティアは目を丸くし、数度瞬いた。
彼女が何か言うより先に、車内から笑い声が聞こえてきた。
「・・・・・・ああ、ちょっと、笑うと傷が痛む」
痛いと言いながら、それでも笑いが止まらないらしい。弱々しい笑い声は響き続ける。
「信じたからあの反応だったんですか?下手な演技じゃなくて助かりましたけど・・・なんだ、言ってくれたらよかったのに」
「だ、だって!セイファ!」
「マキ。何がどうなってるの」
エリーティアは呆れ顔である。
「その人の中に、ストレス値の上昇に反応して起動する爆弾があるから、手を出すな、とテロリストを牽制しておきました」
「はあ・・・なるほどねぇ」
「いったたた・・・ああもう。笑いたくないのに」
「笑えるってことは平気ってことね」
エリーティアがセイファに送る視線は生暖かい。
サラは時間をかけて嘘である事実を理解し、へなへなとその場に座り込んだ。
「よ、よかったぁ・・・・・・」
「だから、早く聞いてくれればよかったんですよ」
「だって!セイファが否定したって信じきれないですよ!室長の反応が必要でした!」
「それもそうですね」
肯定しながら、セイファはまだ笑っていた。
「サフラテス。車に戻りなさい。こっちも目途が立ったから送らせよう。治療を受けて、休息を取れ。細かい話はその後だ」
「は、はいっ」
直立不動、と行きたいところだが、腰が抜けたままの情けない姿である。
「それと、マキ!」
「・・・はい」
「この阿呆が。でもうちの隊員守って、いい時間稼ぎしたようだから擁護してあげるわ」
エリーティアがにやりと笑いウィンクする。
「どーも」
セイファは寝たまま、片手を上げて応えた。
エリーティアは踵を返し、他の隊員たちに声をかけている。
(かっこいい・・・)
あれだ。
ああいう風になりたい。
日々実験を繰り返して栄光に到達する科学者を夢見たことなんてあっさり吹き飛んだ。サラの中で色褪せかけていた特殊警備隊という部署が、急に輝いて見え始めた。
運転席と後部座席それぞれに特殊警備隊の隊員が乗り込み、テロ組織のアジトを後にする。
中を見せられた限り普通のビルのような構造だから、どこぞの街中にあるのかと思ったら、郊外のようだ。ヨハンが喜びそうなほど、周囲に明かりがない。外観は大きめの倉庫(どうやら実在の運送会社を隠れ蓑にしていたらしく、本当に倉庫として機能していた)、こっそりと地下にアジトが広がる仕組みである。
「ここってどのあたりなんでしょう」
何気なく尋ねたら、恐ろしい回答があった。
「ああ、グノーエ市の外れ。イスヴィラ市との境近く」
「は?」
「こらこら驚いちゃいけないよ。そして口外してもだめだからね」
後部座席、サラの正面に腰掛けた三十代と思しき男性隊員はにこりと笑う。
研究所の権力は強烈だが、それにも範囲が決められている。イスヴィラ国との協定では、研究所が自由に動けるのはウルダン基地を含むイスヴィラ市内と、テトをはじめとする支部のみ。つまり、いかに研究所に対するテロが起こっても、その範囲内でなければ特殊警備隊は出動できず、イスヴィラ警察や軍の管理下となる。
グノーエで活動すれば、侵略を疑われるような大問題だ。
「いいかい、サフラテス準研究員。俺たちは『うっかり』ここまで来てしまった。そしてイスヴィラ政府はこれに気づかない。絶対に、だ」
「ぜ、ぜったい・・・」
「うちの金バッジをなめちゃいけない。というか敵に回すな。――ちなみに室長はアルセス・マーだ。君が望むなら、個人アドレスを教えてもいい」
「ぜ、ぜひ・・・」
ここまで運ばれた時のサラの感覚でも、イスヴィラ市を出ていそうだった。それでも特殊警備隊が突入してきたから、勝手にイスヴィラ市内だと思ったのだ。
曲者揃いと噂の対外対策室は、どうやら国相手に圧力をかけるらしい。それで助かったのだから文句はない。というか、もうこの問題について考えたくない。
「あの、対外対策室長には後ほどお礼を言いたいと思いますが、お二人にも感謝しています。ご迷惑をおかけしました。それと、本当にありがとうございます」
正面の隊員と、運転席の隊員に頭を下げる。
「いやいいんだよ、期待の新人。俺たちの部署は死ぬやつが多い。新人にこんなこと言うのもなんだけど。――死なずに帰ってくるなんて、偉い」
「・・・ありがとうございます」
「それに、命令を無視してあの天文台に行ったのは、マキのほうだろう。名目上は教官なんだし、判断が難しかっただろ?」
セイファについていったとき、サラはわざと通信端末の電源を切らなかった。セイファを人質にとられた瞬間も、あの会話を録音、そして送信していた。ハイテク眼鏡の勝利である。
「君が一緒に誘拐されてくれたから、マキも助かったし、こうして根城まで暴けたんだ。悪いことばかりじゃないさ。――わかってただろ?」
隊員が見るのは、サラの左腕。ここには、研究所への所属を証明する情報が書き込まれたチップがある。情報としてはそれだけだが、もう一つ機能がある。常に電波を発しているのだ。一般の通信端末と同じ周波数帯域で、発信のみである。だが通信インフラが整備されている土地ならば、位置を割り出すには充分だ。そういう意味で、アジトの周囲に他の建物がない郊外だったことは、位置の特定にも一役買っている。
サラはこれのおかげで序盤は冷静でいられた。嘔吐までしていたセイファは、忘れていたのだろう。どうせそのうち思い至るだろうが、非常に指摘しづらい事実である。
そのセイファだが、今は完全に寝入っている。普段は凍る湖面のような面立ちだが、今はそれも融けている。心の温度計によれば摂氏十五度。――やっぱり冷たかった。
「ウルダンまではあと三十分ってとこかな。君も寝ていたらいいよ、サフラテス」
「・・・ええと、なんだか頭が冴えていまして」
「横になって目を閉じるだけでも違うさ。言っておくがね、新人。この面倒なのが片付いたら、君の歓迎会をする予定だ」
「か、歓迎会ですか?」
「そうだ。理系上がりでも体力は有り余る部署だ。力学を体感して覚える連中だ。覚悟も必要だが、万全の体調も必要だぞ」
「う、え・・・ご助言感謝します・・・」
さすが軍隊と揶揄される部署。体力馬鹿だらけらしい。
体を横たえ目を閉じたが、まどろんだだけでウルダンに到着してしまった。時計を確認すれば、隊員が言っていた通り三十分ほど経過している。
サラは素直に車を降りたが、セイファは隊員にしつこく声をかけられて、ようやく体を起こした。
サラが降りた車の後からも、どんどん車両が帰ってくる。――あのテロリストのアジトは、本来ならば研究所が手を出せない場所にあるので、夜が明けぬうちの撤収が正しいだろう。
特殊ではないほうの警備隊たちが出迎えて、なにやら忙しく動いているが、よくわからない。さらに通称『金バッジ』の対外対策室の人間に、技術室の人間まで出てきた。後続の車に乗っていたエリーティアが降りてきて、彼らと何か話している。
セイファは隊員に支えられながら車を降りた。興奮で感じなかった痛みも、一度休んだことで感じられるようになったらしい。身動きのたびに顔をしかめている。
運転を担当していた方の隊員が、耳に手を当てながら、喋っている。おそらくは上からの指示だろう。
「看護師なり、看護用のアンドロイドなりが迎えに来るはずだったんだが・・・医務室のほうが、どうも忙しいらしい。こっちも忙しいってのに」
運転担当が言う。するともう一人が、うなずいた。
「じゃあ、俺がこのまま連れてくよ」
「すぐ戻れよ?」
「医務室の女神に見惚れそうだなぁ、きっと時間かかるだろうなぁ」
「クソ!俺が行くからお前は残れ!」
――これでも彼らはエリートだ。
サラが医務室の場所を知っていればいいのだが、生憎ここはエリアCだ。ランクEが一人で歩き回れる場所ではない。
どちらが案内するかの争いが決着に向かう頃のことだった。
サラの目の前を、ものすごい勢いで何者かが通り過ぎた。後に残る風圧で前髪がふわりと浮きあがる。
はっと振り返ると、イーニアス・イーサムがセイファに縋り付いていた。
「セイファ!」
「うわっ・・・いてて・・・ちょっと、ニアス」
「どういうことだ・・・!」
「は・・・?ニアス、」
セイファが戸惑い聞き返した。
サラも、イーニアスが幼馴染の無事の帰還に感極まったわけではないと悟る。
「毒ってどういうことだ!解毒剤は?!」
「・・・・・・っ、ど、く・・・?」
せっかく生気が戻っていたセイファの顔色が、さっと変わる。
「ないのか」
「・・・僕は」
「ないのか!」
「僕は、知らない・・・」
イーニアスはそこまで聞いて、ぼろぼろと泣き始めた。嗚咽をこらえて下を向き、そのまま膝を折った。彼の、セイファの服を掴む手が震えている。
「ニアス・・・、何が、どうしたんだ」
セイファはかすれた声で問う。
返ってくるのは嗚咽ばかりだ。
ざわざわと不快感が背中を這い上がってくる。
エリーティアがどこかと通信をしながらこちらへやって来た。セイファとイーニアスを厳しい目で見ながら、通信相手へとうなずいている。やがて、途方に暮れるセイファへと声をかけた。
「マキ」
その表情は険しく、例え難い色を帯びていた。
「ヨハン・アルクメネが昏睡状態だそうよ。隠し持ってた、薬物を飲んだって」
セイファがゆっくりと座り込んだ。
「・・・ニアス」
「なんでいつも私には何も言わないんだ・・・っ」
「・・・・・・ごめん」
「私を置いて出て行って!今度は死ぬのか!なんで私だけに黙ってるんだ・・・!」
「・・・メイリーに、聞いたのか」
イーニアスが首を横に振る。声にはならない。
セイファが呆然としながら、エリーティアを見上げる。
「状況は・・・?」
「医者がかかりきりのようね。私にもよくわからないわ。とにかくあなたたちも治療しないといけないから、医務室へ。アルクメネのことは医者に任せときなさい」
何か嫌な思考が、まとまりきらずに頭の中をぐるぐるとしている。
同じ感覚を、あの時も味わった。
セイファが言った言葉が、表情が、思い出される。
――「君は僕の分身だ。・・・君と話せてよかった」
(何をしようとしていたの?)
なぜあの時の疑問を、今まで忘れていたのだろうか。
あともう少しだけお付き合いください。




