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対外対策室、そして管理維持室の面々が総力を挙げて調べ上げた事柄の中に、ラウドは見覚えのある名前を見つけた。
「イラリ・ユハナ?」
険しい声で尋ねると、対外対策室所属の研究員が画面の向こうで「ええ」と頷いた。
「今こちらにお招きしている子です。今日テロリストがサフラテスに接触した時に傍にいたっていう、エアノストラの学生ですね。マキの知り合いでもあるようです。身柄は警備部に預けてますけど、丁重に扱うよう言ってますからご安心を」
「それ以前にも名前を見たぞ」
「その子、その筋じゃ有名な芸術家の卵みたいですよ?なんとかって賞をとったばかりで、注目されてるって・・・ああ!そうか!イスヴィラ美術館テロの!」
研究員は手を叩いた。ラウドにはどうもわざとらしい行動に見えてしまう。なにせ曲者しか所属しない対外対策室の人間である。
「その時もサフラテス研修員といたようだが」
美術館テロ、そしてテロリストによるサフラテス研修員の拉致未遂の両方に居合わせていた。それは偶然であろうか。
「はい。彼、マキとずいぶん縁が深いようですね。イスヴィラで家が隣だったらしいですよ。だからサフラテスともいたんじゃないですか?」
「お前、本気でそう思っているのか?」
「はい?」
金バッジをきらりと光らせながら、彼はにこにこと笑って首をかしげる。
「芸術家だ。エアノストラの人間だ。――テロリストの可能性がある」
「えーっと、この前随分詳しく調べてますけど何も出てません。僕はこの子、白だと思いますよ。ちょっと喋りましたけど、芸術家というわりにまともに見えます」
「・・・何を基準に、まともだと」
「レナラストです」
ラウドはため息をついた。
レナラストは何の基準にもならない。ただ狂っているだけだ。
「あの小娘に比べれば、テロリストもまともな部類だ。――何をしている、さっさとイラリ・ユハナを取り調べるよう警備部に連絡しろ。少々乱暴になっても構わん」
傍で淡々と仕事をこなしていた秘書に命じる。彼は文句も言わず、ラウドの指示を伝えた。それを見て、対外対策室の研究員は肩をすくめた。
「とりあえず、うちから報告することは以上です。進展があればまた」
画面上から対外対策室の研究員が消えるのとほぼ同時、新たな通信を知らせる音が耳元で鳴り、別の画面に人の姿が映る。
『ハルゲン基地局長、ちょっとよろしいですか?』
ラウドよりも少し若い、少々頼りなさげに見える男だ。しかしこれでも世界を護る一柱、カダロイ基地を統べる基地局長である。
「・・・後にしてくれないか」
『すぐに終わりますよ。――メイリーフをそちらに護送しました。特殊警備隊を護衛に付けていますが、こっちも人手不足なのですぐに返してください。メイリーフは間違っても送り返さないでくださいね』
男は無表情で言った。ラウドの額に青筋が浮かんだ。
「言いたいことはそれだけですか、サナ局長」
『それだけですが、大事なことですから』
サナは学生時代から付き合いのあるラウドの後輩であるが、その頃から責任逃れが上手かった。同じ局長という立場になった今も、ラウドに面倒事を押し付けてくる。
こんな時にも平然とやってのけるのだから、苛立ちも行き場を無くす。
「貸しだからな」
『嫌です。――ついでにお知らせしておきますが、カダロイ基地はしばらく通信制限します。少々、あぶり出しをいたしますので』
「・・・・・・」
『ではごきげんよう』
どう聞いても、「ついで」が本来の要件である。
ラウドは頭を抱えて深くため息をついた。そこへ秘書が冷たい声をかけてくる。
「あぶり出しですか。それが無駄にならないよう、こちらも頑張らなくてはなりませんね」
「・・・・・・アジトの場所はまだわからんのか」
「まだのようです。というか、イスヴィラ市を出ていたらやばいですよ、早めに政府にも話を通しておきましょうかねぇ」
「ああ、くそ!首相官邸に繋げ。防衛省にも話を通せ。渋られてもゴリ押しでなんとかしろ」
「本部経由しなくていいんですか?」
「そんな暇があるか。首相が渋ったら、そろそろ借りを一つ返せと伝えておけ」
「うわー」
「それが秘書の返事か?!」
「申し訳ございません、心の声が漏れました!すぐに連絡を取ります!」
彼を相手にしていると、己が極端に短気のような気がしてくる。
ラウドは気持ちを落ち着けようと痛むこめかみを揉みほぐす。しかしそれが充分ほぐれないうちに、連絡が来た。音声通信ではなく、報告書である。画面には「極秘」と書かれた表紙が映し出されている。先ほど通信していた、カダロイ基地のサナからだ。
開いてみると、何変哲もない男の顔写真と、履歴の画面へと切り替わる。情報によれば、三十過ぎの、中堅どころの研究員である。ランクB、所属は対外対策室。
次のページにもまた顔写真と履歴や所属が記されている。こちらはランクC、研究室所属の女。
計四人。所属の他に、細かに最近の行動が調べ上げられていた。さらに、どの基地の誰と頻繁に連絡を取っているか、どんな物を好み、どんな性格であるか。
「これは・・・」
「裏切り者候補のリストですか。で、これからあぶりだして真相を確かめる、と。カダロイも忙しいですねぇ」
秘書も同じものを自分の端末で読みながら、あっさりした口調で答えを言う。
「お前、この中に知り合いいるのか?」
「いません。ああ、いえ、一人は、顔だけは知ってる?くらいで。よかったー、これと付き合いあったらこの瞬間にこの部屋追い出されるとこでしたね!」
「・・・・・・確かに、お前と連絡を取った形跡はないな。それだけで白とは言えんが」
「やだな、私が裏切り者なら仕事に手を抜くだけでいいんですよ?これだけ頑張っているのに、疑われるなんて心外ですね」
「ふん。――つまりこいつらとつながりがありそうな人間を注視しておけってことだろう。サナも、はっきりと言えばいいものを・・・」
「うーん、とりあえず監視システムに警戒させますけど、どのみち傍で誰かに見張らせないといけませんよね。その仕事、誰に押し付けましょうかねぇ。下手な人間には任せられませんよ」
さすがの秘書もうんざり顔で言う。
サナからの報告を詳しく読み進めていたとき、ふいに目を引く文字の並びがあった。
「イラリ・ユハナ?」
疑わしき研究員の一人の嗜好が書かれた欄だ。「最近ではイスヴィラの若手芸術家、ナターリア(本名イラリ・ユハナ)の作品を好み、多数購入している。ナターリアはレナラストファンであることを公言しており、その作品にもレナラストの影響とみられる表現技法が多数使われている」とある。
「・・・警備部に連絡を取れ。いや、いい。俺が直接行く」
「連絡完了しました」
必要な時には仕事が早い。だから時々発言が気に食わなくても、傍に置かざるを得ないのだ。
その青年は人畜無害のように、ラウドの目には写った。
着ている物は前衛的だが、しかし常識から著しく逸脱しているかと言えばまったくそんなことはない。流行に敏感な若者が好んで選ぶようなカジュアルな服だ。独特なのは、色使いである。服の上下、身に着けた小物に至るまで、カラフルで、そして全身を見た時にバランスが取れていた。これが美大生のセンスなのだろう。
イラリ・ユハナをモニター越しに見たラウドの第一印象はそれだった。
同じ美大生でも、セイファの服装は地味だった。そこまで考えたラウドの口の中に苦いものが広がる。――テロ組織のアジト特定の報告はまだ来ていない。
警備隊の人間の質問に、青年は素直に答えている、その様子は落ち着いているが、時折不安げな表情をのぞかせる。普通の大学生として、当たり前の反応だ。
「サラとは友達になったんです。でもアドレスを聞いてなくて、でも大学にいると思ったから、誰かサラのこと見てないかってメッセンジャーで聞いて」
「すると誰かが教えてくれた?」
「ログ見てください」
青年の端末は警備隊の人間の手にある。警備隊員は青年にその端末を差し出して操作するよう促した。
青年が簡単な操作をすれば画面が変わる。――彼の端末の画面と同じ内容が、ラウドの手元の端末に映し出された。すでに青年の端末は乗っ取っられているようだ。
画面は、世間でもよく知られたインスタント・メッセンジャーである。
「・・・・・・使いこなせば、なかなかの情報網になるな」
ラウドが呟く。――青年のインスタント・メッセンジャーで会話を共有できる相手は、三百人を超えている。個人としてはかなり多いと言えるだろう。
「美術館テロの時に彼の通信記録はすべて調べてあります。怪しいところはありませんでした。ただ・・・」
ラウドの相手をしている警備隊員は端末を操作してメッセンジャーのログを呼び出し、そのうちの一つを示した。
[去年辞めたやつらが学内にいた。基礎デザイン科のやつと、彫刻科のやつ。もうひとりは知らね]
「この辞めたやつというのが、倉庫街で爆発の被害に遭った男たちのことだそうです」
「ふむ・・・それで、イラリ・ユハナとこいつらの接点は?」
「学年も違って、関わりはなかったそうです。この情報も飛び交う会話の一行でしかなく、彼自身はあまり気に留めていなかったと」
ラウドは今も更新されていくタイムラインを見つめる。
現在地、性別、人種、国籍は様々で、好き勝手に喋っている。
「少し、彼と話をする」
「え?局長自ら?」
尋ねてくる警備隊員には答えず、ラウドはイラリ・ユハナのいる部屋のドアを開けた。中にいた警備隊員が驚きながら立ち上がり、頭を下げる。イラリ・ユハナは戸惑いがちに会釈した。
「突然すまない、イラリ・ユハナくんだな?」
「はい。出来ればナターリアと呼んでください」
女性名だが、変名や通称を使うこと自体はよくあるので、ラウドは気にしなかった。
「ではナターリアくん。――私はラウド・ハルゲン。ここの基地を預かっている」
「あ!なるほど!どこかで見たことあると思ったら、館長さんだ!」
「ああ。そうだ」
ウルダン基地の局長は、代々名誉職としてイスヴィラ博物館の館長と言う肩書をもらえる。イスヴィラ市民には親しみやすく「館長さん」として知られているのだ。これも研究所のイメージアップ戦略である。
「こんなところに拘束していることは大変申し訳ないと思っているのだが、ずうずうしくも君に一つ頼みがある」
「はい、何でしょう」
「君のメッセンジャーに集まるみんなに問いかけて欲しいことがある」
「局長!」
警備隊員が驚いて声を上げる。
「民間人ですよ!そんな、政府からの許可もなく・・・」
「俺は別にいいですけど」
青年はにこりと笑う。
「まあ、変なことは聞けませんけど、常識的なことなら。何を聞いたらいいですか?」
「サラ・サフラテスを拉致しようとしたやつらの行動を。彼らが最近出入りしていた場所、時間帯、会っていた相手、出来る限り細かくだ」
「お安いご用です」
ラウドが警備隊員に目くばせすると、すぐに部屋を出て部屋の外に控える別の研究員にラウドの意思を伝えに行く。
青年――ナターリアはラウドの望み通りにメッセンジャーに情報を求める旨を書きこんだ。
数秒と置かず次々に返事が来る。
「ちょっと意外です。研究所なんだから勝手に俺の端末使うことも出来るのに、やらないんですね?」
上目づかいに、ナターリアがラウドに問いかけた。
この青年はわかっていると察し、ラウドは正直に答えた。
「察していると思うが通信は監視されているよ」
今も部屋の外で、ナターリアとメッセンジャーでやり取りしている人々の発言を解析しているはずだ。それはナターリアからの質問に対する答えだけではなく、発言した人々の名前や生年月日、位置情報、メッセンジャー上での過去の発言、そこから辿れる範囲の経歴や人間関係にまで及ぶ。
「はい。でも許可をとるとか、そういうのしないのかなって思ってたんで」
「それは君がわきまえていて、なおかつ協力的だからだ」
「あはは。ところで聞いていいですか?」
「なんだね」
「セイファとサラは?」
「君は・・・いや、なぜ私に聞くんだい?」
「だってウルダンで一番偉い人はあなたでしょ?」
「・・・・・・それに答える前に、もう一つ頼んでいいかね」
「内容に因りますが、どうぞ」
「この車の目撃情報も頼むよ」
「へえ?」
ラウドが端末に表示した車の画像をナターリアが覗き込む。ナンバーまでしっかり写っている。
「この写真そのまま添付しても?」
「構わんよ」
ナターリアが画像をメッセンジャーにアップする作業をしながら、ラウドに問いかける。
「それで、セイファは?」
「この車の中だと推測されているよ」
ナターリアは首を傾げたが、それ以上何も言わなかった。




