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イーニアスは自分の端末を置いて、ヨハンが監禁されている部屋を出ていった。その端末にはメイリーフとの通信が続けられている。イーニアスが見張りの警備隊員にもそれをあっさり納得させるものだから、普段から周囲にわがままを通しているのであろうと予測出来る。長年イーニアスの無茶をたしなめてきたヨハンは、ウルダン基地の人々に深く同情した。
しかし今はこの端末の存在がありがたいのも事実だ。
イーニアスはともかく、今の状況ではヨハンとメイリーフは何も手出しができない。
独りでいれば、悪い結末をいくらでも思いつく。友人の最期を想像して平静でいられるほど、二人とも図太くできていない。
『ねぇヨハン。聞いていい?』
テーブルの上の端末の画面上で、メイリーフが問う。
「んー?なんだ?」
聞き返す。
メイリーフもヨハンも「保護」されている身なので、どちらも傍に他人がいる。この状況でメイリーフが訊くのだからろくなことではないだろうが、それでも他人が聞いて問題あることは言いださないはずだ。
『なんでテロリストと取引したの?』
「食ってくため。金のため、だな」
『まあ、それはわからないでもないけど。そういう意味じゃなくてさ』
メイリーフの口調にも表情にも、責めるような色はない。ただ、戸惑いが微かに伝わってくる。
『マルティが壊されちゃうかもって、思わなかったの?』
「・・・・・・いや、」
ヨハンは言葉に詰まった。
マルティバースのラボ・チャイルドとも呼ばれる面々は、基本的に全員、研究所に対して反発している。反発の結果、現在進行形で二人、行方不明である。
もちろん研究所は彼らのことも探しているが、それほど執拗に追いかけているというわけでもない。研究所が本気を出せば、少なくともヨハンはもっと早くに捕まっていたはずである。
研究所が本気にならない理由は、マルティのラボ・チャイルドらが敵になる――テロリスト側に与する可能性が極めて低いと知っているからだ。
マルティとシールド・システムは、すでに一蓮托生、運命共同体だ。研究所を攻撃すれば、マルティまでダメージを受けることになる。
マルティのために不自由な身分になることを受け入れた面々が、マルティを攻撃するはずがない。
『ヨハンが慎重なのは知ってる。情報にダミーを混ぜたって言うのも、巧妙なことしてんでしょ?それに、研究所の重鎮どもが困ってくれるのも、悪い気分じゃないよね。マルティをあんたところに押し込めて、世界のためとかほざいてるんだから、むしろさっさと過労死しろよって感じ』
歯に衣着せぬ物言いに、見張りの警備隊員の表情が引きつっている。口を出してはこないが。
『だけど、やらかしたのがヨハンっていうのは、ちょっとびっくりした。やるとしたら、うちだよね。それともサンジュか。ああ、でもサンジュの知識じゃちょっと無理だろうね。やっぱり、やらかすとしたらうちだよ』
「やらかすとか、今後監視が厳しくなりそうなことを堂々と言うなよ」
『あはは。――でもね、マルティが壊れるかもと思ったら、怖いの。不思議だよね、あんな、使い古したおもちゃなのに。ただの機械で、プログラムでしかないのに。うちってあの時の面々の中じゃ、ドライな方だと思うんだよね。だから正直、思い出の彼方で朽ちていくと思ってた。でも全然。まだ、うちは、マルティの事が大好きなんだ。マルティを助けられるなら、システムなんて壊れればいいと思うくらいに、好きなんだよ』
システムが壊れると言うことは、世界の安寧が覆されるということだ。心の底で、ヨハンもそれを望んでいる。
「・・・俺もだよ。何度も、思った」
思い出すたびに怒りがこみ上げる。
そして、マルティを守り切れなかった後悔と、未だ何もできない無力感と。
何かにつけて様々な感情が込み上げて来て、この身を苛むのだ。
『じゃあ、なんで?』
「さあ・・・よくわからん」
『ふうん』
「きっと・・・、疲れたんだ。考えることに疲れた。いい加減、マルティのことも忘れたいし、研究所に対して怒ってるのも嫌になってんだ。・・・ああ、そうだな。全部いっそ壊れればいいんだよな。そんな風に具体的に考えたわけじゃないけど、たぶん心の底で思ってたんだ」
喋るうちに、自分でもわからなかった感情が明確になる。
どうにでもなれ、と思ったのだ。
今この瞬間、観測する方が大切だった。それなのに、無理やりまとわりついてくる過去が重苦しかった。振り払えないほどに愛おしかった。
『うちらのことも?』
「・・・・・・メイリー、」
『うちのことも、ニアスのことも?サンジュやマヌーは?セイファやレティは?ミミリや、スウロや、ゼータは?エゼルは?レナは?』
「メイリー、俺は、」
『ヨハンにとって、うちらはもう、面倒くさい過去?』
「違う」
声が微かに震えた。
メイリーフの指摘に、心のどこかで頷く自分がいる。
面倒なのだ、彼らとの絆が。
嫌いならば切り捨てられるのに、嫌いとは真逆の感情しかない。
どうでもいいと思っても、セイファを失いそうなこの状況が恐ろしくて仕方がない。自身が彼を危険に晒した可能性を考えようとすると、手足がしびれるほどに冷たくなる。
「・・・いっそ、マルティさえいなければ、・・・作らなければよかったと思うんだ」
『・・・』
「せめて、あんなに心惹かれる造形じゃなけりゃよかった。これも、人を惑わすレナラストの幻想か?ばかばかしい、あんなにレナの無茶っぷりを傍で見てたのに、幻想に騙されるなんて、」
あるはずがない。
頭を抱えて床を見つめる。
メイリーフは何も言ってこない。




