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機器で囲まれた立派な椅子は、このウルダン基地のトップのためにある。基地局長は、基地が管理するすべてを把握し、指示を出すのが仕事だ。
次から次へと、報告があがってくる。
毎度のことだが、苛立ちで頭が沸騰しそうだ、とラウドは思う。
「ああ、くそ!だから基地局長なんぞやりたくなかったんだ」
「しかし適任だと思いますよ。人事もよくわかってますよね」
秘書はいつものように涼しい顔で言う。この彼も、一応多忙なはずなのだが。
「お前、次回推薦しておいてやる」
「おや、これは光栄。――ああ、局長。エリーティア室長からです。マキ・セイファおよびサラ・サフラテス準研究員と連絡が取れなくなりました」
「・・・・・・」
「サフラテスの位置は把握しています。イスヴィラ市内を移動中のようですから、こちらに向かっている可能性もありますが、応答がないとのことです。マキはいつも通り、自分の居場所が特定されるような機能をことごとく切ってます」
「あいつは狙われている自覚があるのか」
「さあ?マルティバースのラボ・チャイルドは揃いも揃って厄介ですね。賢いのか馬鹿なのかわかりません」
この秘書がどちらだと思っているのかは、口調から明らかだ。
「噂をすれば、一人、厄介なのが到着したそうです。仕事を放棄して行ったシステム開発部のもちゃんと帰ってきましたよ」
「ヨハン・アルクメネにはすぐ会おう。イーニアス・イーサムは好きにさせておけ。今はどうせ、仕事にならん」
「甘いですよ、局長」
「イーニアスの機嫌を損ねたらテロよりも面倒だ」
イーニアスは今のところ、マルティへのアクセス権を持つ、唯一の正式な研究員だ(もう一人――レティーシャ・テラ・ゼ・テダールはまだ準研究員であり、イーニアスほどの専門性もないので数に入らない)。研究所の中には、働けばマルティを返すという条件でうまく使っているつもりの者もいるようだが、実際首根っこを押さえられているのは研究所側である。彼はマルティを使ってシステムを壊すことも出来るし、研究所があれを返すつもりがないという素振りを見せたら、本当に壊しかねない。
「アルクメネはどうします?お会いになると言っても、下手な場所には・・・」
「ここに連れて来い」
「ここに?」
「道中、機械の類には決して近づけるな。身体検査も入念に。どこに何を仕込んでいるとも限らん。服も着替えさえろ」
「はぁ、どこぞのテロリスト相手よりもよほど厳重ですね」
「閉じ込める時は、電子錠を使うな」
「他に、気をつけることは?」
秘書はすでに呆れ半分で聞いている。
「丁重に出迎えてやれ。下手な扱いをすると、イーニアスを敵に回す」
「・・・・・・いっそイーサムも拘束しておきましょうか?」
「ユニが暴れてもいいならそうしろ」
どうあがいたところで、研究所側が弱いことには変わりないのだ。
約三十分後、ヨハンは両側を警備隊の人間に固められて、ラウドのもとにやって来た。緊張や不安は見せておらず、ラウドを認めると微笑んで会釈した。
最後に会ったのは、彼が大学を卒業する間際だったか。
あの頃よりも、痩せた。無邪気さが消え、精悍さが増したようにも思う。
「すみません。お忙しいのに、ご迷惑をおかけしました」
「まったくだ。お前がこれほど馬鹿とは思わなかった」
「それで伺いたいんですが、俺の容疑はどれほどのもので?」
「不正アクセス、テロ組織への技術提供、機密情報流出、研究所へのサイバー攻撃」
「最初の二つは認めます。不正アクセスって、人工衛星の件ですね?あれは俺の興味を満たすため。技術提供は、俺が食っていくためです」
そんなところだろうと思っていた。ラウドは先を促す。
「あとの二つは知りません。特にサイバー攻撃は、とんだ濡れ衣ですよ。そんな暇あったら、観測してます。そもそも、俺が、俺だって証拠を残して、攻撃すると思います?こっちだっていい迷惑ですよ。ああいうやり方はするなと、先に教えてやったのに。それに、そっちは致命傷を受けていないでしょう?教えた内容にはダミーも混ぜてましたから」
ラウドの傍らで秘書がため息をつく。
「機密情報流出に関してはどうだ」
「機密って、マルティへのアクセス権のこと言ってます?」
「ああ」
「自分の首を絞めるようなことはしません。テロリストは俺の本名を知らないはずです。もちろんアクセス権みたいな惰弱性を、知らせたこともない」
そこで一瞬、ヨハンが考えるそぶりを見せた。
「・・・・・・一度、あの天文台が荒らされたことがあります」
「なんだと?」
「言っておきますが、あそこには観測記録があるだけです。個人情報を確認できる端末どころか、イニシャルを書いたアナログ媒体すらない」
「絶対にない、とは言えない」
「言えますよ」
ヨハンは微笑んだ。
「俺が逃げていた相手は、あなた方です。システムに守られながらシステムがすべて悪いと喚くばかりのテロリストごときに、あなた方が見つけられないものを探し出す能力があると思われますか?」
――この抜かりない青年ならば、そうであろう。
ヨハンの能力ならば、適当な名前と身分を作り出すことすら可能だ。わざわざ危険な名を晒しておく必要がないのだ。
「メイリーの件は聞いていますが、発生がイジェ、犯人があちらを根城にする〈創世の蒼〉であったことを考えると、俺は無関係でしょう」
「セイファが、〈ガラテア〉と思われるテロ組織にその身柄を狙われた」
ヨハンの表情が固まった。この反応からして、嘘はついていない。
「お前が取引して金を得ていたのは、〈ガラテア〉だな?」
「・・・おそらく。正確に名乗られたことはありません」
「セイファとメイリーフの名の出所が、別なのか同じなのか調べるのはこれからだ。お前が知らないうちに、お前から漏れた可能性もある。少しは反省しろ。こうなった以上、セイファも他の行方不明連中も、今までどおりにはいかん」
「・・・・・・はい」
ようやく、反省の色を見せた。
彼らが厄介なのは、「もともとは研究所がマルティを取り上げたせいだ」と考えているところだ。確かにこどもからおもちゃを取り上げる判断をした当時の上司を、ラウドも評価できない。
だが、当時こどもだった彼らもすでにいい大人なのだ。家出をして行方をくらますなんて真似もそうだが、いい加減に恥じらいを覚え、責任感を持つべきだ。
「誰か、すぐにイーニアスを呼んで来い」
「すぐ、ですか?いい加減、下から指示をくれと悲鳴があがってますけど、無視します?」
「室長どもにもっと仕事をさせろ。イーニアスはどうせ近くにいるだろう。――あいつにも釘を刺しておかんことには、二次災害もありうる。そういえばヨハン、他の行方不明連中の所在を吐け」
これはイーニアスにももう一度聞くべきだ。
ヨハンが同期の一人と共に行方をくらました時、イーニアスは「私にも内緒でいなくなった」と盛大に泣いたのだ。だがふたを開けてみれば、ヨハンはウルダン基地の足元に居を構え、イーニアスと密に連絡を取っていた。
「残念ながら。あなた方が行方不明と認識していた面々で、所在がはっきりしていたのは、俺だけなんですよ。メイリーは比較的定住していたようですが、残る二人は完全に根無し草です。あっちからの連絡待ちです」
「自白剤を飲めるか?」
「それで信じてくださるなら」
「・・・・・・」
「ラウド・ハルゲン基地局長。俺は確かに危ない橋を渡りましたが、自ら進んで友人の命を危険にさらしたいわけじゃない」
真剣な顔で、静かに彼は言う。本音だろうとは思うが、ラウドの立場では単純に相手を信じられない。
「イーニアス・イーサムが参りました」
秘書が告げる。入出の許可を出すと、ドアが開いて、大人しそうな顔の男が入ってくる。
「お呼びでしょうか」
声も小さい。切れ者の要素はどこにもない。だが、研究所にとって、最大の脅威となる可能性を秘めた男だ。ラウドは内心で悪態をつく。
「イーニアス。サンジュとマヌーの居場所を吐け」
「知りません」
「状況はわかっているな?お前らの名と、利用価値が知られた可能性があるんだぞ」
「だって、二人は定住してないらしいし」
眉尻を下げ、不安そうに彼は言う。
「ヨハンのことは知っていたな?」
「今回初めて知りました。こんなに近くにいるなら、もっと遊びに行ったのに」
「イーニアス・イーサム!」
「なんでしょうか」
気弱な表情を見せていても、これはおそらく演技だ。げっそりした気分で、ヨハンを見る。こちらは肩をすくめた。
「ニアス。ばれてるから、迫真の演技しなくていいぞ」
「・・・・・・でもね、ヨハン。こうして見せておかないと、痛くない腹探られて面倒だよ」
ヨハンの両脇にいる警備隊員たちが思わずといった調子で頬を引きつらせる。
「・・・イーニアス」
「はい」
「以前言っていた予算を融通してやる。希望するなら、レティーシャの人事も考えてやる」
「できるんですか?」
「お前の面倒を押し付けられた代わりに、色々と融通がきくんだよ」
「ふうん?ありがとうございます」
このとぼけっぷりは、果たして天然なのか、演技なのか。頭痛がする。
「局長、エリーティア室長が怒鳴ってますよ。そろそろ馬鹿の相手は切り上げてください」
「待たせろ」
「・・・はい」
秘書が不満そうにうなずいて、あちらに指示を出している。
「イーニアス。知っていることを全部話せ。それから、外部からのアクセスが絶対に出来ないようなセキュリティを作れ。それが条件だ。いいな」
「いいですよ」
取引をした手ごたえがまったくない。思わずため息をつくと、ヨハンが同情の目を向けてきた。
「局長」
秘書から厳しい声で呼びかけられた。
「なんだ」
「エリーティア室長からです」
「・・・・・・」
通信を許可すると、耳元のスピーカーが、鼓膜を破らんと攻撃してきた。
『ざっけんじゃないわよ、クソ局長!さっきから緊急事態だっつってんでしょーが!もう勝手にガーディアン動かしましたからね!』
勝手にやるのはいつものことだろうに。――ラウドの指示なく適切な行動ができるエリーティアは、非常にありがたい部下だ。
「すまん。馬鹿に説教していた」
『ああそうですか。マキとサフラテスがテロ組織と思われる相手に拉致されました。もう時間が惜しいから切ります!あとは送ったデータを確認してください、ついでに馬鹿にも知らせてやんなさい!以上!』
「はあ?!ちょっと待てエリーティア!おま・・・・・・」
思わず立ち上がった。しかし先ほどまで火でも噴こうかという勢いだったスピーカーは、すでに沈黙している。
「おいおい・・・・・・」
くらくらしてきた頭を支える。
「局長、そろそろお仕事の邪魔になりそうですし、失礼しますね」
先ほどのあれが聞こえていないとはいえ、暢気なことを言うイーニアスに猛烈に腹が立つ。
「イーニアス、ヨハン。一つだけ聞いておけ」
「はい?」
すでにきびすを返しているイーニアスと、それに続こうとしていたヨハンが振り返る。
「セイファがテロ組織に捕まったと連絡があった」
二人の表情が凍りつき、互いに顔を見合わせる。
ヨハンは動こうとして警備隊員に止められ、イーニアスはラウドに詰め寄ってきた。
「全部、わかってる情報をください」
「やらん」
「ユニを特殊警備隊と一緒に行動させてください。メイリーフを使いますから通信許可を」
「やらん。エリーティアがもう動いている。お前たちは、邪魔だ。大人しくいつも通りの仕事をしていろ」
「局長」
「お前たち自身が、招いた事態だ。悶々としてろ、馬鹿ども」
「でも」
「例えセイファが脅しに屈してこちらに害を為そうとしても突破できないようにしておけ。それをしないなら、予算の話も人事の話もなしだ。ヨハンの扱いもそれなりになる。――いいな?」
イーニアスの顔から血の気が失せる。ヨハンも口の端を震わせていた。ここまでなっていれば、演技ではないのだろう。
警備隊員に「連れて行け」と告げる。
油断は大敵だが、多少は扱いやすくなった、と思いたい。
「ヨハン」
出て行こうとしていた背中に言葉をかける。
「上がお前をどう処分するかはわからん。俺自身は出来る限りのことはしてやるつもりだ。だが、こうなった以上、お前をここから出してやれん。これだけは確かだ」
ヨハンは力を失った目でこちらを見て、何も言わずに出て行った。




