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人家が見えなくなったあたりで、サラとセイファはタクシーを降りた。
イスヴィラ市郊外。バスの便が日に十本ほどしかない、僻地である。そこからさらに歩く。
道はあるものの、車も人もほとんど通らず、舗装さえされていない。当然明かりがあるはずもなく、薄暗い中を小さな懐中電灯ひとつで照らして先を急ぐ。
タクシーの中では一言も口をきかなかったセイファが、軽く息を切らせながら喋り始めた。
「つい最近、外部からの不正アクセスが二件、あったようです。一つは、明らかに害意のあるサイバー攻撃。もうひとつは、攻撃せず、何一つ盗まなかった。後者は、マルティの管理下を経由してのアクセスでした。
ニアスからのメールは、そのことについてです。サイバー攻撃に関する報告書の抜粋と、マルティへのアクセスログ。マルティへアクセスした何者かは、研究所の通信管制から人工衛星へとアクセスを重ねました。
サイバー攻撃は、マルティこそ関係ありませんが、これと同じ惰弱性を狙ったものです。発信元をごまかし、研究所のコンピューターへのアクセス権がないにも関わらず擬似的に作り出し、認証があるかのように見せる。・・・さっきメイリーが、やったのと同じことです。メイリーはマルティへのアクセス権があっても、所属コードがありません。本来ならマルティにたどりつく前に研究所の認証に弾かれてしまいます」
家を出る前、セイファの顔色は今にも倒れそうなほど悪かった。今は薄暗くてわからないが、声音から、よいものは感じ取れない。
「では、メイリーフが拉致された時に、その技術を・・・?ですが、重要な情報を漏らしたふうではなかったと思います」
「メイリーが、仲間の専攻は自分の知識も同然だと言っていたの、覚えてます?」
「え、ええ・・・」
メイリーフがその技術を持っていたのは、仲間の専攻だから。
つまり、他にも出来る人間が存在するということ。
「ヨハンの大学時代の専攻は、コンピューター・ネットワークです」
「ええと・・・」
眩暈が起こりそうになる。
「――セイファは、ヨハンが、サイバーテロを起こしたと?」
「それはないです」
即答に、少しだけ安堵する。だが、セイファは言葉を続けた。
「この場合、ヨハンがテロリストに知識を売ったと、考えるべきでしょう。あいつはテロになんて興味ありません」
「でも、専攻だけでヨハンを疑うのは性急ではありませんか?」
「マルティへのアクセスログがあったと言いましたよね。何者かは、そこからシールド外にある人工衛星、さらにそれを介し、もっと遠い場所にある別の人工衛星へ、アクセスしています。この衛星と言うのが、宇宙観測衛星。――大気圏外望遠鏡です」
シールド・システムの中に納まった平面世界では外との通信が制限される。宇宙空間にある人工衛星に対してもそれは同じ。
旧世界では四千を超える人工衛星が常に機能し続けていたというが、今ではほとんどが打ち捨てられている。今現在運営されているのは数十基。すべて研究所の管轄だ。目的は、気象予報と最低限度の宇宙観測、そして外界との通信。
「件の宇宙観測衛星は、旧時代の遺物です」
ああ、とサラは思い出す。旧世界の、大気外に置かれた望遠鏡について、ヨハンは憧れをにじませて語っていた。
「ええと、それ、動いていたとして、アクセスできるんですか?」
研究所の人工衛星に、古い天体観測衛星と仲介する機能がついているとは思えない。そもそもやりとりのための信号が異なれば、隣にあったとしても通信できない。
「たぶん、ヨハンなら。研究所の人工衛星を、問題が出ない程度に軽く乗っ取ったんだと思います」
「乗っ取りに軽いもなにも・・・・・・」
「サイバー攻撃と同じタイミングで無害な不正アクセスがあったって、気づかない可能性が高い。つまりヨハンはテロリストに知識を売ったうえで、タイミングまで誘導してサイバー攻撃をさせたんです。・・・抜かりない、あいつらしいやり方です」
「うわあ・・・」
テロリストまで己の趣味に利用するとは、強かである。
丘の上にうっすらと天文台のシルエットが見えた。小さな窓に、明かりは燈っていない。しかしあの窓は台所につけられたものだったはずだから、消えているのは当然だ。サラが泊まった日、ヨハンは機器だらけの薄暗い部屋で明け方まで観測していた。
セイファも、明かりの有無は頼りにしていないらしい。
歩く速度を速めて丘を登りきった。
気分が悪かった。手の先が冷たい。
(セイファは違うと断言したけれど、たぶん、セイファは、)
耳元のスピーカーが、電子メールの着信が知らせる。眼鏡のディスプレイに表示された差出人は、研究所。瞬きで開封される。――セイファには必ず自動通信を切って欲しいと言われたが、サラはうなずくだけうなずいて、無視をしている。
(ヨハンを、疑ってる)
サラの仮の自宅で、セイファが研究所から受け取ったメールには、二つのことが書いてあった。いわく、テロリストの狙いがサラではなくセイファだったこと。いわく、安全のためにすぐさまサラとともにウルダン基地にまで赴くこと。
今届いたメールには、叱責と、問いかけ。どこにいるんだ、セイファはなぜ応答しないんだ、何をやってるんだ、これ以上無視するならば――と。
(わかってるわよ、減俸か、クビか、って話でしょう?でも、今まで放っておかれたのに、今さらよ!)
もうやけくそだ。
セイファが錆の浮くドアを開ける。
「ヨハン!」
中は真っ暗だ。しかし上の観測室にいるなら、これも当然のこと。
明かりをつける。相変わらず散らかっているが、サラが以前来た時よりもマシだ。
「ヨハン!」
セイファが呼びかけながら階段を上る。これだけ大声で呼んで返事の一つもないのなら、もういないと見なすべきだ。
(ちょっと、後悔、してる、かも・・・)
ヨハンは研究所が監視下に置くべきだ。大人しく封印学問を研究していたならよかったが、テロリストに情報提供したとなれば見逃せない。
(でも、セイファやヨハンの気持ちがわからないわけじゃないんだもの。――ああ、だめ。そんな言い訳したら即効でクビだわ)
緊張と混乱で、考えることすらおぼつかない。手近な椅子へと腰掛けて、深呼吸する。
セイファが観測室から降りてきた。やはりいなかったようだ。彼は往生際悪く、ヨハンの寝室を覗き、資料置き場を覗き、台所の奥も覗いた。
当然見つかるわけがなく、彼は力なく階段に腰掛けた。
「セイファ、もう行きましょう」
「・・・・・・」
「きっと、あちらで会えます」
下を向いたまま、彼は微動だにしない。
「セイファ・・・、今さらですが、ヨハンと先に会えていたら、どうするつもりだったんですか?」
答えてもらえないかと思っていたら、意外にもすぐに返答があった。
「わかりません。・・・ただ、会わなきゃって。ニアスが、僕に知らせてきたのは、おそらくヨハンに選択肢を与えるためです。逃げるか、属するかを。――でも、僕は・・・わからない」
声は弱々しい。
「ヨハンから、僕やメイリーの名前が流出したのかもしれないって思ったら、わからなくなった。きっとニアスは、ヨハンのこと全然疑ってなくて、だからヨハンに選ばせようとした。でも僕は、ヨハンが僕らのこと、売ったのかもしれないって・・・思った・・・」
泣くのを耐えているのか、時折言葉がつまり、呼吸が乱れている。
サラの端末が、研究所からの何度目かになる連絡を受け取った。無視し続けるのも、そろそろ限界だ。
緊張続きで、サラの心身も限界が近い。軽く眩暈のする頭を振って気合を入れる。
「セイファ」
立ち上がって、彼に手を伸ばした。
だが、唐突に何かが、二人の間をさえぎった。
「?!」
サラは反射的に飛びずさった。
「両手を挙げろ」
回っていない頭が、目の前の状況を、耳に聞こえる言葉を、飲み込めずにいる。
まず、知らぬ男がいること。
男は、階段の影から飛び出してきて、セイファとサラの間に立ったこと。
彼の手には殺傷用のナイフが握られていて、それがセイファの首を狙っていること。
「――セイファ!」
「まあそんなに騒ぐなよ。生きたまま欲しい人材だ、簡単には殺さんさ」
存外に若い顔だ。サラと同じくらいだろうか。
ただ、その辺の若者と違うところは、研ぎたての刃物のような危うさが、匂い立っていること。
そこまで認識したところで、すっと頭が冴えた。
「・・・・・・どちら様でしょうか?ここの家主のお知り合いで?」
「暢気なこと聞くねぇ。名乗るつもりはないけど。あんたは、研究所の人間だな」
「あなたは、こう言っては失礼かもしれませんが、――テロ組織に属する方ですね?」
「いいよ、テロリストって言えば。事実だからな」
「イスヴィラでご活動ということは、〈ガラテア〉ってところでしょうか」
「答えると思う?」
「いいえ。ところで、そろそろセイファを解放してもらえませんか?ちょっと、かわいそうです」
命を白刃の前にさらすセイファは、顔面蒼白で今にも倒れそうだ。
「このままこいつには来てもらう」
「なぜでしょう」
「セイファ、ってあんたが呼んだから。セイファ・マキだな?――俺らの間ではホットな名前でね。ここへは別件で来たんだが、思わぬ拾い物だ」
「あなた、ここの家主のお知り合いですか?」
「知り合いは知り合いかな。仲良しとは言い難い。色々助けてももらったが、煮え湯を飲まされたこともある。最近で言うと、そうだな。あいつの名前がヨハンというのは、さっきまで知らなかったよ。知ってたら、さっさとあいつをお招きしてたのに。まったく、人をなめてやがる」
「おや・・・無人と思って喋りすぎたようですね。忘れてくださると嬉しいんですが」
「楽しいこと言うな、あんた」
テロリストは鋭い雰囲気のまま笑う。
サラは努めてやわらかい微笑を返すが、内心はまったく穏やかではなかった。自称テロリストと違って、この男は本物だ。隙がない。
「美術館テロはあなたがたの指示ですか?」
「なんだ、知りたいのか?」
「はい。あのテロではトラウマ級のスプラッタを見せられましたので」
「そりゃあお気の毒に。――で、そのスプラッタをまた見せられたくなけりゃ、通信端末を全部出せ」
「・・・・・・手を、下げてもよろしいので?」
「変な動きしたらこいつを殺す。俺も殺したくないから、良い子にしてくれよ?」
ポケットから、メインの通信端末を取りだし、テーブルの上に置く。もちろん、取り出す瞬間に、画面の電源を切ることを忘れない。
補助通信端末は、腕時計型と、音楽再生特化型と、ゲーム特化型の三つ。こんなわかりやすい端末を、隠していて見つかったら面倒だ。セイファという人質がいる状況で、固執するのは無意味だ。
「さて、どうしましょうか」
「さて、じゃあ・・・」
テロリストの手が、ほんの少し緩んだ。その瞬間、セイファが動いた。
身を沈めてナイフの刃から逃れ、掴まれていた左腕を捻って抜け出す。
「セイファ!」
(あああああっ、なんてことを!)
セイファが行動に出ると思っていなかったサラは軽くパニックに陥る。
セイファの手がテロリストを突き放す。――意外にも、きちんと訓練を受けた動きだった。が、鍛えていないセイファと、修羅場に慣れたテロリストでは勝負にならない。
セイファは逆に腕をとられ、あっという間にねじ伏せられた。
「セイファ!」
「おお、怖い。ひょろいと思って油断してた」
セイファは床にうつぶせの状態で押し付けられている。さっきよりもよくない状況だ。
そもそもあんな短い時間ではサラが援護できない。やるならもうちょっと立派に抵抗して欲しかった。
「そろそろ仲間が迎えに来る頃なんだ。それまで大人しくしていてくれよ?なんたって、大事な大事なお客様なんだから」




