39 星の憧憬
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ディスプレイには、数枚の画像が映しだされている。どれもぼやけていて、研究資料にはなりえない。この画像の入手は数日前だが、ヨハンはあの日から尽きることのないため息をついた。
傍らのポットに入っているのはハーブティーだ。セイファがこの天文台の外で育て収穫し、干して、ブレンドしたものである。これをカップに注いで一息ついているとき、誰かが階段を上って来た。その姿を確認し、気軽に声をかける。
「よぉ、飲むか?」
「なあに?」
――今は違う道を歩む、幼馴染の一人だ。
「セイファお手製のハーブティー」
「いる。この前もらったやつと同じかな。天文台で育てたって聞いたけど」
「たぶん一緒だな」
観測機器のせいで広いとは言えない通路を、イーニアスは苦労しながら通って来た。
ヨハンの傍らにある椅子に腰掛けて、簡易の棚に置いてあったカップを手に取る。
「・・・これ洗ってる?」
「これくらいはな」
ヨハンは苦笑しながらうなずいた。研究以外は無頓着なイーニアスに言われたくないというのが本音である。
「ユニは?」
「下で待たせてる。夜食くらい作ってくれるんじゃないかな」
「ふうん、珍しい」
ヨハンは相手をじっと見つめた。イーニアスは気づかないふりをして、微笑んでいる。
「ねえ、ヨハン。この画像、何?」
「ああ、空・・・星を撮ったはずなんだけどな。どれもぼやけてて、使い物にならない。曇りをとるためのソフトウェアを作んないと」
「手伝おうか?」
「いいよ。お前、暇がないだろ」
「私の専門だもの。片手間で充分だよ」
「へえ、じゃあ手伝ってもらおうかな」
それだけ言って、椅子ごとくるりと回って画面に向き合う。
画像のファイルを閉じて、リアルタイムの観測データを表示する。
記録と、解析。今日も、その繰り返しだ。
「そのへんのソフトも、新しくしようか。使い勝手、悪いところあるでしょ?」
「まあな」
「ねぇ、ヨハン」
イーニアスの穏やかな声が、背中にかかる。
「さっきの画像、どうしたの?」
すべての機器が正常に動いているのを確認してから、ヨハンは再びイーニアスのほうへと向いた。
「ニアス」
「なに?」
「そろそろ、用件を言ったらどうだ」
「うん。ごめん。邪魔をするつもりはなかったんだ。セイファに連絡して、伝えてもらおうとしたんだけど、セイファ、間に合わなかったみたいだね」
市街からのほうがここへは遠いからね、あのタイミングじゃあ遅かった、とイーニアスはつぶやく。
「ばれたんだろ。そっちに」
「うん。でも、それだけだったら、局長は見逃しただろうね」
「あの人は、甘いからな。――で、なにがばれて、見逃してもらえないんだ?」
イーニアスは微笑んでヨハンの背後に視線を移す。
「ねえ、さっきの画像、どうやって手に入れたの?」
「旧時代の大気外望遠鏡にアクセスしたんだ。でも期待はずれだったよ。もっと綺麗な画像になると思ったのに、部品が劣化してるんだな」
「そっか。それで、マルティにアクセスをしたんだね」
「ああ。通信は全部研究所の管理下だから、通らないわけにはいかないもんでね。ログが残るとは思ってたが、マルティの支配下なら、ばれる相手はお前くらいだと思ってたのに、当てが外れた」
「いいや、ヨハンは、うまくやってたよ」
「ふうん。俺は、うまくやってたか。なるほどね」
再び画面に向き合って、自動の観測と解析を指示し、ディスプレイの電源を落とす。
他の機器はまだ動いていた。例えメンテナンスがなくても、ある程度の期間はすべて自動で観測と記録が出来るようになっている。
「どうやら、結構な疑いをかけられてるらしいな。全部は否定できないと思うが、聞こうか?」
「もういいの?」
「ここをこのままにしてくれるなら、文句はないさ。下でお待ちの方々も、これ以上なると痺れを切らす。お前も忙しいだろうし、道中で、話そう」
「うん。ありがとう」
イーニアスが先に階段を下り、ヨハンがそれに続く。降りる間際にぐるりと観測機器を見つめ、小さな窓から小さな夜空を見つめ、――最後に明かりを消した。




