↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
The end of the sky  作者: みるく
本編
38/66

37 予感

      *


 サラが拉致されかけたことを報告してから、研究所からの最初の指示は、「サフラテスの自宅で、両者とも待機」であった。

 サラの自宅というのは、警戒レベルが上がったウルダン基地に入れなくなったサラの仮の宿である。研究所が用意しただけあって、セキュリティのしっかりした富裕層向けの集合住宅だ。

 家具家電はもともとあったので形だけは整っている。が、滞在数日目なので生活感はない。

 上からの指示通り、すぐに家に帰ろうとしたサラだったが、セイファは暢気に近くの店で食料品を買い込んだ。身柄が狙われていると情報をもらったばかりなのに、なかなか図太い神経である。

 サラが今まで集めた資料整理と、研究所から新たにもたらされた情報分析をしている間、セイファは台所に立っていた。

 やがて出てきたのは、ガレットである。トマト、ハム、卵、チーズ、そしてサラダで彩られていた。それに、玉ねぎと鶏肉のスープ。

 暖かいものを食べると、強張っていたからだがほぐされていくのが実感できた。

 セイファも事件直後は顔色が悪かったが、少し改善されていた。


「セイファ、料理好きですよね」

「・・・好きというか・・・台所に立ってると、料理のことだけ考えればいいんで、気が楽ですけど」

「料理はいつ覚えたんですか?」

「イスヴィラに来てからですね」

「へぇ。セイファって今、大学は二年目でしたっけ。一年ちょっとでここまで慣れるんですねぇ・・・」


 そういいながら、スープに手をつける。これもインスタント・スープをベースにしたものらしいが、そうは思えない。


「あの」

「はい?」

「・・・・・・・」

「どうしたんですか」

「僕がこっちに移り住んだのは、十六になる年からです」


 妙なためらいの後に、そんなことを言い出した。


「後期の中等教育はこちらでしたか」

「いえ。・・・はい、とも言えるかな。通信制でしたけど」

「え?」


 くわしく聞き返そうとしたが、先ほどのためらいが気になって喉に引っかかる。


「・・・母がこっちに住んでいたんですよ。でも、忙しい人で、ほとんど帰ってこなくて。だから、ピアとかナラとか・・・・・・当時はまだ多少余裕のあったハルゲン館長とかに、世話になってたんです。みんな忙しくて、あと、家事をやる気があるのが僕くらいで」


 それだけ言って、セイファは黙った。

 過去のことは、話しにくい――だけではなさそうだ。思えば、事件前は上の空だった。

 沈黙をさえぎったのは、テレビだった。個人の携帯端末から情報を受け取って、持ち主が好きそうな番組開始時や、重大ニュースが起こった時に自動で電源が入る仕組みである。

 合わされたチャンネルは、ニュース番組だった。――映し出されたのは火と煙の映像である。上空からの映像のようだが、場所はよくわからない。アナウンサーが興奮を抑えた口調で何度も同じ言葉を繰り返している。


『速報です。えー、旧市街で、爆発が起こりました。原因は不明です。旧市街の端、倉庫街のようです。えー、被害はまだよくわかっていません。消防隊が出て消火に当たっています。近隣住人の、避難も行われているようです。繰り返します、旧市街で、午後五時頃、爆発がありました。原因は、わかりません』


「・・・・・・これ、イスヴィラ市内ですよね?イスヴィラの旧市街?」


 セイファは自分の端末を取り出した。テレビからニュース情報を取得すると、関連するニュースが他にないのか、検索をかけている。情報の海からセイファが選び出したのは、マス・メディアに頼らない情報サイトだった。これは、現場近くにいる不特定多数の人間が情報を出し合うことで成り立っている。ナターリアが使っていたインスタント・メッセンジャーにも近い性質がある。


「旧市街のはずれにある倉庫街。あまり使われていなかったようです。問題の倉庫も、かなり古い物だったと」

「あ、セイファ!見てください!」


 映像が、地上からのものに切り替わっている。消防車や消防隊員に混じって、少し毛色の違う人々と車両があった。軍ほど物々しくなく、しかし場慣れした様子の――


「特殊警備隊・・・・・・」

「テロでしょうか・・・」


 先ほどの出来事と関係があるのだろうか。治まっていた不安が、這い出てくる。


『今、救助されたと情報が入ってきました。えー、爆発に巻き込まれた人が、救助されて、今、搬送されたと情報が入ってきました』


「・・・・・・寂れた倉庫に、人がいますかね」

「爆破テロをやる価値がある場所には見えませんよね。案外、ここがアジトで、爆発はうっかりだったとか」

「でもこんなに早くに研究所が出張ってるってことは、どこかですでに関わっていたってことです。追い詰められての自爆かもしれませんよ。・・・・・・あ、すみません」


 追い詰められての自爆。――追いかけなければ、美術館テロの実行犯は死なずに済んだかもしれないことを思い出して、サラは気分が悪くなった。セイファも気まずそうに視線を端末へと落とす。


「・・・情報サイトに、おもしろい書き込みがありました。どうやら、大学生くらいの若者が出入りしていたようです」


 サラも気持ちを切り替えて、セイファの端末を覗き込む。今も、次から次へと情報が書き込まれていた。どうでもいい情報も、ただの感想も、荒唐無稽な推論も入り乱れていて、真実味がありそうな情報を取捨選択しなければならない。


「去年大学辞めた友人がこの辺でうろちょろしてた・・・・・だそうです。どこの大学とは言及されていませんけど」

「嫌なものを連想せざるを得ないんですが・・・・」

「ええ」


 二人が連想したのは、もちろんのことサラと接触した三人。ナターリア経由の情報から、内二人がすでに退学したエアノストラの学生だとわかっている。

 セイファの端末が着信を告げて、セイファが応答する。予想通り、あの倉庫の爆発について言及したようだ。


「・・・・・・あなたが得た情報から、やつらのアジトを突き止めて、突入しようかと言う時に、あれが起こったようですよ」


 通話を終えたセイファは歯切れ悪く告げた。


「・・・そうでしたか」

「爆発の原因ははっきりしませんが、このまま待機、外には絶対に出るな、とのことです」

「わかりました」


 悪い予想は、見事に的中した。

 テーブルの上で、料理が食べかけのまま冷えつつある。

 重々しくなった空気を切り裂くように、セイファの端末がけたたましく鳴った。緊急通信である。これは災害時等、回線の混雑の折に使われるほかは、研究所、各国の政府や軍が使用する。

 セイファが関係あるとしたら、もちろんシステム研究所。

 大きな音に顔をしかめながらセイファが端末をいじると、ぱっと画面に人の顔が現れた。――ぱっちりしたアンバーの目が印象的だ、と思ったのも束の間、画面の向こうの相手は大笑いし始めた。


「え?ええ?」


 戸惑い、セイファを見れば、ものすごく嫌そうな顔をしている。


『ああ、それだよそれ!期待通り!大好きだよその顔!マジうける!やっぱ緊急回線使って正解!』


 黎逢語だ。顔立ちは中央世界の者に近い印象を受けるが、先ほどの短い言葉の中に、訛りも淀みもなかった。

 腹を抱え、机を叩きながら笑うその人は、まだ若い。十代半ばにも見えるが、丸っこい輪郭のせいで幼く見えるだけかもしれない。研究所の制服を着ていること、背後にはコンピューターが数多く見られることから、間違いなく研究所の関係者だろう。しかし、通信内容が、どうなのか。


「メイリー・・・・・・」


 おぞましい名を口にするような、そんな様子でセイファがつぶやいた。


「メイリーさん?」

『あ、誰かいる!研究員?あ、違うね、サラ・サフラテス準研究員だ!データで見て知ってる!』

「・・・・・・」


 どう対応して良いのかわからない。セイファの知り合いなのはよくわかったが、そのセイファが、心の底から拒否している。


『おい、セイファ。いい加減、なんか言ったらどうなんだよ』

「ついに研究員になる覚悟でもしたのか」


 答えるセイファも黎逢語になっている。イスヴィラ語を喋っている時より乱暴な印象だ。


『ばぁぁっかじゃねーの?!んな命削るような仕事、ずぅぇったいやだね!』

「じゃあなんだ、その格好。この通信、・・・イジェ?カダロイ基地にいるのか?」

『あれ?セイファには伝わってないの?うち、この前テロ組織にうっかり拉致されちゃってさぁ』

「・・・・・・おい」

『逃げ出したよ?自力で。でもねぇ、なーんか、怪しかったんだよね、うちを拉致する理由』

「・・・・・・まさか」

『ははっ、もうほぼ確定だろーねぇ』

「それで、研究所に保護してもらってる?よくわかった。・・・というか、もしかしてこっちの基地の警戒レベルが上がってたのはそれが関連してるのかもな」

『そうかも。っにしても、情報の伝わりが悪いな。まあ、下っ端研究員にうちらのこと知らせるのもアレだけどさぁ』


 セイファが頭をかきながらため息をつく。


「ここにもランクEがいるんだけど?」

『教官命令で黙らせといて。っていうか、その人のデータ見たけど、うちらを利用できるような器じゃなくね?』

「同感だけど、本人に聞こえないところで言え」


 その台詞をそっくりそのままセイファにも言いたいとサラは思う。


『ていうかー、ごめんねー?サラ・サフラテス準研究員?』

「はぁ・・・、セイファと同時期の、もとラボ・チャイルドですか?」

『うん』

「メイリーフです。会話すると疲れる相手ですから、ひっこんでていいですよ」


 酷い紹介である。


『あはは!酷い!セイファ酷い!』


 酷いと言いながら、楽しげだ。どう相手して良いのかわからない。


「こいつは、核兵器の発射スイッチを手にした三歳児、あらため、核兵器を開発できる三歳児と例えられる人物です」

「うわ」

『うわあ、何その紹介!レベルアップしてる!』


 メイリーフは嬉しそうだ。この反応と例えで、なんとなく人物像がつかめた気がする。


「ヨハンって、ラボ・チャイルドの良心なんですねぇ・・・」

『ヨハン知ってるの?ていうか、他に誰知ってるの?あ、レティとニアスか。でもレティって普通じゃない?』

「ごめんなさい、レティって知らないんですけど」

『レティーシャ・テラ・ゼ・テダール』

「テラ?テラ・テダって女の子なら、同期入所ですが・・・・・・」

「その人で合ってます。レティは、親が戸籍いじって名前変えてますから」


 何があってそんな戸籍まで、と聞く前に、メイリーフがなるほどと合点している。


『名簿流出してもレティは安全ってことかぁ。いいなぁ』


 話をしている間に、セイファは冷静さを取り戻したようだ。


「メイリー、なんで、カダロイ基地の通信設備を、保護されてるお前が使ってるんだ。しかも、緊急回線って」

『何今さら。通信設備なんて、うちにかかればちょちょいのちょい!ついでに緊急通信にしたほうがセイファの面白い顔見れると思って』


 セイファの頬が引きつっている。


(ああ、なるほど、不正アクセス・・・・・・)


 世界一強固なセキュリティをどうやって突破したのかはわからないが、これは天才と評判のイーニアス・イーサムとも知り合いなわけで、その能力は押して量るべし、ということだろう。


『仲間の専攻は、すべてうちの知識と言って問題ないね。オリジナルは超えられないけど、オリジナル単独では出来ないことだって出来ちゃうからね!』

「はいはい」

『あ、でもセイファがやってんのは無理。ていうか、うちには不必要。意味わかんないもん。何が楽しいの?レナの二番煎じ?』

「お前に認めてもらえなくても全然問題ない」


 メイリーフの発言は、いちいち相手を馬鹿にするような響きがある。ただそれは、悪口というより、素直に好意を表現できないだけの、天邪鬼な印象だ。


『まあ、それはそうとさ。セイファ、あの行方不明と連絡がつく?』

「・・・・・・お前がわかる以上のことは、わからない。その通信、機密性どうなんだ」

『盗み聞きはされないと思うよ。物理的に傍に耳がない限り、だけど。ていうか、今、そこのランクEがヨハン知ってるって言ってたじゃん。今さら』

「そうだった。・・・まあ、ヨハンだけだな。他は、どうしようもない」

『だっよねー。うちらの名前がバレたならやばい、みんなに知らせなきゃって思って、研究所に駆け込んだんだけど。よく考えたら、肝心の行方不明組に伝わんないんだよな』

「正直僕には必要な情報だから、ありがたいと思うけど。――というか、悪かったな。自力で逃げたなら、研究所に保護されなくてもどうにかなったんだろ」

『貸し一つ!』

「ほんっとに、礼を言う気を殺ぐやつだな」

『ニアスには伝わってただろうから、ヨハンももう知ってるかな?うーん、マヌーは比較的ちょくちょく連絡してきてたけど、サンジュがなぁ・・・』

「研究所が探してわからないんだったら、逆に安全だと思えばいいだろ。悩んでも仕方がない」

『まあね』


 メイリーフが肩をすくめた。と思ったら、画面からメイリーフが消えた。

 何かが床に転がるけたたましい音がして、


『こんのクソガキ!てめぇ何してやがる!』


 男性の罵声が聞こえてくる。ばれたらしい。


『保護されてるって自覚がねぇのかクソ!仕事増やすんじゃねええええ!』


 どうやら勢いでカメラの位置がずれたようだ。


『こんなティッシュのようなセキュリティで何言ってんのぉ?うちのせいじゃないしぃ。そもそも、この前もサイバーテロされたんでしょぉ?』

『じゃあてめぇが完璧なセキュリティ作りやがれえええ!こっちは始末書なんざ書く暇ねぇんだぞ!』

『まーじーうーけーるー!一応教えておくと、マルティのアクセス権あるうちらならあたりまえの発想だから。ニアスがわざとセキュリティ固めてないんだと思うよ?』

『あいつか!あいつもか!ああああっ、殺したいほどむかつくのに殺せねえええ!』


 声だけなのに、臨場感溢れるやりとりだ。

 セイファは額を押さえている。


「・・・・・・ユース?あの、切りますね」

『あ?ああ?』


 画像がゆれてから、三十前後の男性が映し出される。特殊警備隊の制服だ。


『なんだセイファか。よくねぇけど、セイファならいいや。つか、サンジュだヨハンだって行方不明組みじゃないのか』

「その話をしていたところです。さすがに命がかかってますから、もし居場所を知っていたら教えてますよ」

『だよな。まあいいわ。俺、これからこいつシメるから。気をつけろよ』

『あ、セイファ!うち、たぶんもうすぐイスヴィラに行くから!』

『黙っとれ!お前は本部送りにしてやるわ!じゃあな、セイファ!』


 セイファが挨拶をする間もなく、通信は切れた。


「・・・・・・」


 嵐のようだった。


「・・・・・・料理、冷えましたね。温めなおします」

「いえ、あと少しなんで、いいです。冷えてても、おいしいですし」


 テレビではすでに中継が終わっていて、明日の天気を解説していた。このままいくと、先ほどの爆発は情報規制の対象になるかもしれない。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。