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「ものすごーく、複雑に通信をしているんですよ。発信元を誤魔化すために、あちこち経由して、なりすましとかして。それでいて、相手の通信端末には発信者自身であると認識させる、ものすごく面倒なことをしています」
今日もサラは大学の図書館の個室にいる。
セイファの質問に答えたり、セイファの意見を聞いたりして今後の調査方針を決めるわけだが、どうも今日はおかしい。セイファが、おかしい。
もとより少々面倒で変わった面のある青年だったが、そういう意味でのおかしいではなくて、――上の空、といった感がある。
会話は普通にしている。端末だって操作している。――けれど、会話の端々で、違和感を覚えるのだ。
「あの、セイファ?」
「なんでしょうか」
「今日、調子悪いですか?」
「いえ?」
「・・・・・・なら、いいんですが」
「どこか変でした?」
「なんか、えと、上の空?みたいな」
「・・・・・・普通に、してるつもりなんですけど」
「つもりってことは、引っかかることがあるってことですよね」
「ちょっと・・・話しにくい事柄なんで、突っ込まないで欲しいです」
「はあ・・・・・・あの、大丈夫ですか?」
「対策は考えてるんで、たぶん平気です」
「それならいいんですけど」
対策、ということは体調不良ではなく、心配事だろうか。
氷のようにすましているイメージが強いだけに、違和感だらけで気味が悪い。
「とにかく、通信監視機関にバレずに誤魔化しているってことですね。確かに、厄介です。専門の知識があるだけでは、難しいはずなのに・・・」
「はい」
「監視機関に協力を仰ぐよう、提案してみます。その先は、あちらからの情報を待たないと。――一区切りつきましたね。お疲れ様です」
――やはり、上の空だ。
目が、こことは違う場所を見ているような印象を受ける。
「・・・セイファ、」
「なんですか?」
「私、やっぱりアルベルト・ニッソの足取りを、追ってみようかと思うんです」
「・・・・・・」
セイファは顔をしかめた。もともと、サラをこの事件に深入りさせるのを躊躇っている様子を見せていた。
「足取りを追うって・・・市内での聞き込みなんかは、研究所がちゃんとやりますよ。事が事ですから、警察に協力を頼んでいるようですが」
「そうじゃなくて、大学での交流から、彼の過去を追えるんじゃないかと」
「・・・・・・」
「キャンパス内なら、それほど危険とも思えません。研究所の者としてではなく、大学の交友関係にあった一人としてなら、ごく自然に情報が得られます。セイファに協力依頼が来たのって、つまりそれを期待したってことではありませんか?」
「危険です」
「え」
「例を挙げるとすれば、ナターリア」
ぎくりとしてしまう内心を必死で押し隠す。――ナターリアとは、美術館デートに続き、食事に行った。端末のアドレスこそ教えていないが、交友が深まりつつある。
「あの、ナターリアって、テロとか企むような人じゃないと思いますよ?」
「ニッソだって、ここの学生でした。別にナタリーに限った話じゃない。前も言いませんでしたっけ?ここの大学、レナラストが在籍していた過去を餌に学生を集めている節があるって。もともと、ファンが多いんですよ」
「うーん・・・・・・」
それを言われると反論できない。
「・・・新人教育って名目ですから、本来なら、やるべきなんだと思います。僕が大丈夫と判断したら、館長も調査許可をくださるでしょう。でも、僕がこうして学生をやっている以上、あなたのすべての行動に責任を持つことが出来ません。以前も言いましたが、あなたの身に何かあったら、もちろん僕の責任です・・・けど、客員技能者の僕にとれる責任って表向きには無いので、すべて館長の責任になります」
「ええ・・・わかってます」
がっかりしてしまう。
しかしセイファの言い分はもちろんわかるので、引き下がらざるを得ない。
その時、セイファの通信端末が着信を知らせた。電子メールである。
「おや、さっそくですね。仕事が早い」
「なんですか?」
「通信監視機関からの回答です。誤魔化された通信記録の一部を修正、復元したそうです。ここにほら」
セイファの端末を覗き込む。
そこには復元したアドレスと、機関からの報告が書かれている。
指摘されなければ気づけないほどに巧妙に改竄されていること。まだ調べてみるが、膨大な記録の中からすべて探しきるのは難しいこと。また、専門的な知識がなければここまで巧妙に機関の目をくらますことはできないこと。
サラが予想していた通りの返答だ。
インテリがいるテロ組織ということか。世の発展のために頭を使えばいいものを、なぜ破壊に用いるのか理解できない。研究所のやり方が気に食わないにしても、もっと方法はありそうなものなのに。
端末から顔を上げたとき、サラと同じく端末へと視線を落としていたセイファが呻いた。
「どうかしましたか?!気分悪いですか?!」
「・・・・・・いえ、そういうんじゃ・・・なくて」
顔を盛大にしかめて、頭を抱えている。顔色も悪い。
「・・・まさかとは、思うんですけど、アドレスに、見覚えが」
セイファは言いながら、のろのろと自分の鞄を引き寄せ、ポケットから名刺を取り出した。今時珍しい、紙の名刺だ。電子機器とつながれるような印刷も見当たらない。
「まさかの、あたりです」
「え?名刺、それ、誰の名刺ですか?知り合いですか?」
セイファはサラのほうに向けて、端末と名刺を並べて置いた。確かに、同じアドレスがある。
名前は、――
「イヅモ、カスカベ?所属がトゥレ出版・・・・・・トゥレ出版?」
「テロがあった日、僕と一緒にいた赤毛の女性を覚えていますか?」
「え、まさか・・・」
セイファはあの女性に対し、暴言を吐いていた。確か、彼女が情報を早く提供していればテロが防げたかもしれないのに、と。
「あ、アルベルトと知り合いだったかもしれないんですか?!」
「面識があったかはわかりませんが、アルベルト、もしくは彼の属する組織と接触したことがあるのはこの記録から明らかです。あのときに、研究所に徹底的に調べられているはずですが・・・・・・なんで今まで明らかになってないんだろう・・・」
「メディアが・・・メディアがテロリストに与したんでしょうか・・・・・・」
「そこまでは断言できません」
マス・メディアの力は侮れない。彼らには国境など関係なく、人々に多大な影響を与える。
また、情報統制をする研究所への反発があるのか、批判的な報道がされがちである。
「あれ?ところでセイファ、どうしてその名刺を?」
「今朝会ったんです。そのときに押し付けられました。――すぐに研究所に知らせておきます。あと、しばらくは別行動しましょう。あの記者、僕につきまとってるんで」
「つきまとい・・・?なにゆえにですか」
「・・・・・・レナラストを追っているそうです。レナと同時期にラボ・チャイルドだったこと、知られて、それで・・・テロの時の諸々で客員技能者っていうのもバレてるし・・・」
「お、お気の毒様です・・・・・・」
「あなたは顔を見られていますから、気をつけないと。報道関係者ですからね、人の顔はよく覚えているでしょう」
セイファはあからさまにサラと目をあわせようとしない。
ヨハンたちとは仲が良さそうだし、ラボ・チャイルドであった経歴はけっして悪い思い出ではないのだろう。しかしそれが厄介ごとを引き寄せる。こうも複雑だと、かける言葉を思いつけない。
「じゃ、今日は帰りましょうか。僕が先に出ます。待ち伏せされてる可能性あるんで」
「あ、はい。お疲れ様でした」
結局セイファは一度もこちらを見ることなく、部屋を出て行った。




