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Ⅶ
バス・ターミナル近くのカフェに入って、セイファは発酵茶とサンドウィッチを注文した。オープンテラスでゆっくりとお茶を飲み、疲れた体を癒す。
目に映るのは、朝の忙しさ。通勤通学の人々が、足早に過ぎていく。
徹夜明けの目が、疲労を訴えた。眠りたい気持ちがある一方で、頭は冴えている。
昨日深夜、唐突に通信が入った。ご丁寧に、緊急回線が使われていて、近所迷惑甚だしい、けたたましい音が鳴り響いたのだ。
案の定相手は研究所。エラーが起きて人手が足りないから手伝えと言うのがあちらの言い分だった。迎えまで寄越され、しぶしぶ行ってみれば、朝まで拘束されて今に至る。
エラーと言うのが、どうやら外部から侵入され、攻撃を受けたらしい。サイバーテロである。セキュリティとすばやい対応のおかげで世界は平和を保ち続けるが、セイファの心は平穏とは程遠い。
学業に支障を来さない範囲で、という条件をラウドはよくよく守ろうとはしている。しているだけで、実際は無茶な呼び出しもある。
姿を消した幼馴染たちは、そんな研究所に早々に見切りをつけた。
最初に行方をくらましたのは誰だったか。
(ヨハンとサンジュだ)
二人は大学を卒業したと思ったら、同時に家出をした。二人とつるんでいたイーニアスは行方を知らないかと随分問い詰められていたが、涙ながらに「まったく知らされていない、二人は私を見捨てたんだ」と語った。――イーニアスが意外にも演技派だったことに、驚いた記憶がある。
その次にマヌー。旅に出る、の一言で本当に世界中を放浪する旅に出てしまった。
間をおかずに、メイリーフがいなくなった。正直、絡まれなくなると思ってほっとした。
大学行きの始発バスが目の前を通り過ぎた。
(もうそんな時間か)
思考の沼から這い上がって、残っていたデザートを片付ける。フルーツ入りのヨーグルトだ。
最後に通信端末を取り出して、一部通信を許可し、電子メールを受信する。
サラ・サフラテス準研究員からの報告メールが来ていた。夜も調べ物をしたらしい。どれだけ時間をかけたのか知れないが、ちょっとでも気になるようなところがあれば細部まで調べ上げるという姿勢が感じられる内容だ。これまで彼女の実力は疑わしいと思っていたのだが、少なくとも情報収集能力は高いようだ。
場所が場所なので、報告の細部までは見ないでおく。
いっそ管理維持部の面々のように頭の中に受容体を埋め込んでおけば目を介さずにメールも読めるのだが、そこまでやる者はかなりの少数派だ。規制もリスクもある受容機器とりつけの手術を、わざわざやろうとも思わない。
通信端末をポケットに入れて、席を立った。
店内の時計を見て、まだ時間があることを確認する。ゆっくりと歩いてバス停まで行こう、そう思ったときに、テラスの出入り口付近に座る人物と、ふと目が合った。
「あら」
「・・・・・・」
目を逸らして、そそくさと去ろうとする。
徹夜明けの体に、嫌なストレスだ。
「待って待って、マキくん」
疲労があるものの穏やかな朝だと思っていたのに。
「付きまとい行為で訴えましょうか?」
「偶然よ。本当に、今日は偶然」
赤毛が印象的な、トゥレ出版の記者だ。確か名を、カスカベ・イヅモ。
いづもは食べかけのプレートを置いて、セイファを追ってきた。
このまま大学に行くバスにまで同乗されてはたまらない。家に帰って寝ようかとすら思う。
「びっくりしたわ。あなたくらいの男の子って、こういうカフェで一人で食事ってあんまりしないじゃない?それとも、自炊しないから?」
確かに女性が好む店だ。今も出勤前と思しき女性たちがほとんど、同じく出勤前と思しき男性がぽつりぽつりと見え、さらに二組の老夫婦が談笑している。二十歳前後の青年は見受けられない。
「何を好もうと、あなたには関係ない」
そして、自炊に関しては、他の追随を許さないほど完璧なセイファである。
「ねえ、少しくらい話を聞いてくれない?」
いづもは強引にセイファと並んで歩く。
「私が追っているのはレナラストの夢幻だと言ったでしょう?レナラストをおもしろおかしく暴きたてようってわけじゃない。ましてや、システム研究所に仇為そうだなんてとんでもないわ」
「・・・・・・」
「あなただって知ってのとおり、幻想の創造主は、世界中に幻想の片鱗を撒き散らしたわ。幻想は人を惑わす。でも幽霊の正体は、柳だと言うでしょう?レナラストの幻想も、正体を明らかにすれば、人を惑わしたりしない。テロなんかの理由にされずにすむの」
「あのさあ」
苦々しいため息をついて、セイファは立ち止まった。
「迷惑って言ってるの、わからない?」
「だから、あなたに迷惑をかけるつもりじゃないっていうのを説明しているのよ」
「あんたみたいなの、過去に何人もいたよ。どいつもこいつも、同じこと繰り返すよね。ほんと、馬鹿の一つ覚え。マジ迷惑。ていうか、レナラストの理解者気取り?いい笑いものだね」
いつだったか、幼馴染の一人がしつこく付きまとうメディアに対して言った台詞を思い出し、復唱する。あの時は相手が絶句していたから、効果的な台詞のはずだ。
狙ったとおり、いづもは絶句する。
どうせ、こんな企画を思いついたのは自分一人、とでも思っていたのだろう。今までそういうものが世に出ていないのは事実だが、思いついた人間が皆無なわけがない。
多くは研究所が握りつぶしたのだ。セイファたち同時期のラボ・チャイルドにまでたどりついた報道関係者たちは、厄介な彼らのミス・リードに遭って自滅させられる。
(いっそメイリーフでも紹介してやろうかな)
幼馴染の中でもぶっちぎりで面倒な相手を思い出す。
この記者が持つ情報と、当たり障りの無いレナに関する情報を交換してもいいのだが、セイファはそれをうまくやる自信がなかった。人を騙すような思考回路は発達させていない。
「ねえ、マキくん。あなた、レナラストが今どこでどうしているか、知っているの?」
「なんであんたとそんな話しなきゃなんないんだよ」
「私は知ってるわ」
「・・・・・・」
大学行きのバス停前で、歩みを止める。一瞬の無言は、そのタイミングとかぶっただけ。――そう思われていればいい、と願う。
「それがなに?あんたを相手にする気、ないの。何度言えばわかってくれんの?」
「・・・・・・そう」
身を引いたようにも聞こえたが、しかし彼女の口の端は、ほんの少しだが上がっていた。
バスが来て、止まった。大学行きだと告げるそれになんでもない風を装って乗り込む。いづもはついて来なかった。
「気が向いたら、いつでも連絡して」
いづもが笑顔で言い、そして視線をセイファの鞄へと移した。見れば、横がけ鞄のポケットには名刺が挟まっていた。
バスのドアが閉まる。
いづもの姿が見えなくなったとき、セイファは思わず口もとを手で覆った。




