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Ⅴ
大学前のバス停でバスを降りて、一つため息をついた。
門は固く閉ざされている。周囲に他の学生がいないわけではない。だが例外なく誰の顔にも浮かぶのは、「やっちまった」と言わんばかりのしかめ面。
通信端末で「大学来ちゃったよー」と自嘲気味に誰かに報告している人もいる。
門の張り紙に記されたのは、「市内テロ警戒のため臨時休校」の文字。
前日の美術館テロを言っているようだ。
実はバスの中ですでに嫌な予感がしていたのだが、乗ってしまったから仕方がない。
端末を確認すると、一応大学からの連絡の形跡があった。昨夜遅くまでウルダン基地にいたせいだ。研究所関連施設では、一般回線からの連絡は特別な手続きが無い限りすべて弾かれてしまう。その後も疲れていたものだから、確認しなかった。
道を挟んだ向かいのバス停へと移動する。同じように間違えて来てしまった間抜けな学生が数人待っている。
そのうちの一人が、セイファを見てぱあっと顔を輝かせた。
セイファは眉間に皺が寄るのと、血圧が急上昇したのを自覚した。
「セイファー!」
ナターリアである。
にこにこと手を振っているが、その笑顔に悪意しか感じない。セイファの心が狭いせいだろうが、しかし感じてしまうものは仕方がない。
校内では有名なナターリアが親しげに声をかけるものだから、他の間抜けたちも興味を持っている。
「昨日はお疲れ様ぁ」
「・・・・・・」
「びっくりだよねぇ、急に休校だなんて」
「・・・・・・」
「セイファ、なんで来ちゃったの?端末の電源切ってた?」
「あんたはどうなんだよ」
「俺は、セイファが来ると思ってここで待ってたんだよ」
「あほか」
事実なら、間抜けな結果を予測されていたことになる。屈辱だ。
「失敗した。確認のし忘れだ」
「確認?やっぱ端末放置してた?」
周囲の間抜け学生たちも話の輪に加わってくる。
「そうそう。俺は電池切れの放置」
「私は昨日市内のカフェに置き忘れ」
普通、端末には個人情報が記録されている。名前、年齢、性別はもちろん、住所や職業。さらに常に端末の場所は把握されているので、よく行く場所、よく使う公共交通機関、それらを使う曜日や時間帯も記録・蓄積されていく。もし渋滞などで遅れが出た場合、端末が自動で判断し、代替手段を提案すると同時に、仕事先や学校へと連絡してくれる。
セイファはその機能をすべて切っていた。
「そういう機能は使ってない」
「嘘だろ?」
皆が皆一様に驚愕している。
「そういう、って、自動通信のことだよね。買い物した店から、消耗品がなくなる頃にお知らせきたりする」
「ああいうところから個人情報が流出するんだよ」
「神経使いすぎでしょ」
「大学の門通過したら、時間割変更とか学食のおすすめ情報とか出るやつとか、使わないの?」
「好きな作家の新刊情報とかさ」
「コンサートチケット自動予約とか」
「食事の栄養バランス計算とかさ」
「バスや電車に乗るのだってそうじゃん?店の支払いだって」
「いちいち手動。場合によっては使わない」
「正気?」
「それを使うことが情報リテラシー高い証拠とか思ってるなら、大きな勘違いだと思うけどね」
「いやいや、違うって。使わないって選択は前時代的だよ」
セイファがそれらを手動にしている理由は、知られたくない場所へ出入りしているからだ。主に、ヨハンの天文台。
確かに不便を感じる瞬間もある。
だが、ありとあらゆる行動パターンを記録し分析され、監視されているのにも等しい状況であると考えると、便利に飛びつくのもためらわれる。
不正にこれらの情報が取得された場合、たとえばあのトゥレ出版の記者の付きまといが、酷くなる可能性だってあるのだ。
「そんなもの、個人の勝手だろう」
いかに便利かを語り始める周囲の声には無視を決め込む。
しかし、無駄な時間を使ったのは事実だ。そのうえナターリアに会い、余計な心配までされて、不快指数は上がりっぱなし。
バスが間もなくやって来て、十分少々で街の中心部にたどり着く。
ターミナル駅の一つ手前でバスを降りた。
ナターリアがしつこく追ってくるかと思ったが、意外にもあっさりと彼は手を振った。
「またね」
「・・・・・・」
「ねえ、サラは大丈夫?」
「さあな」
肩をすくめるナターリアを見送り、セイファはまたため息をついた。
市街ということもあって、人通りが多い。大学がテロ警戒で休校なんてことになっているのに、市民の多くは昨日あったテロ事件になど興味が無いのだろうか。
よくよく見回すと、警察の制服を着た人々や、警察車両がやたら多い。少し離れた場所の車両は軍用だ。確かにこの厳戒態勢では、テロを起こそうというつわものもなかなか現れないだろう。
時間が出来た。と言うことは、仕事をすべきだろう。
通信端末を開いて、サラ・サフラテスの連絡先を呼び出すが、ためらいが生じた。
(昨日の今日で、けろりとしてるもんかな)
彼女を外に連れ出すつもりはないが、ラウドに言われたように様子だけは確かめておきたい。彼女の経歴を考えても、血に慣れているとは思えない。重症ならば早急に手を打つべきだ。
しかし、ナターリアがあんなにも元気なことには驚いた。昨日はかなり酷くショックを受けていたようだが。やはり、裏でテロに関わっているのではなかろうかと勘繰ってしまう。
研究所が身辺調査をするだろうから、セイファの気にするところではない。セイファが気にすべきは、任されているサラのことだ。
昨日、自宅まで送っていった時のこと。
彼女は別れ際に、唐突に泣き崩れたのだ。
緊張の糸が切れたのだろう。仕方なく、セイファは彼女を部屋の中まで送って、落ち着くまで傍にいた。
泣いている人は、どうも苦手だ。
どうしても、レナを思い出す。
レナは、絵の具をいくら混ぜても思い通りの色が出せないとか、外に写生に行きたいのに雨が降ったとか、普通なら我慢できるようなことですぐ癇癪を起こして喚いていた。
そんなレナをセイファは理解できず、理解できないから宥めることも叱ることもできず、彼女の感情が穏やかになるまで隠れてやり過ごした。
嫌な思い出だ。
苦い思い出を、ため息で吐き出して、セイファは端末をしまった。
大学は三日間休校の予定だ。今日はそっとしておこう。様子を確かめるのは明日でも、明後日でもいい。
ところが次の朝、サラは応答しなかった。
落ち込んでいるならば仕方がないと思い、しつこく呼び出すような真似はしない。一応そのことを報告するが、応答したラウドの秘書は「あ、そう」と軽く聞き流した。
さらに翌日も応答は無かった。
セイファは直接様子を見たほうがいいと判断し、すぐにウルダンへ向かった。
ウルダンに限らないが、研究所関連施設は厳重な警備が敷かれている。
外と施設を最初に仕切るものは有刺鉄線。これは人の身長の二倍ある。周囲はイスヴィラ国軍による警備、出入りをチェックするのは研究所の普通の警備隊だ。サラが属する特殊警備隊よりも持てる武器の種類が制限されている。
彼らから念入りに身体検査をされ、中に入る。
この一つ柵を越えた先はエリアFと呼ばれ、場合によっては民間人も立ち入りする。施設内へ日用品を納入に来る業者などがそれに該当する。
エリアEになると、一つの町のようになる。食堂や日用品が買える店、集合住宅が並んでいる。娯楽施設、病院などもそろっているので、研究員の生活は施設の中だけで完結していた。
移動にはタクシーを使う。無人の自動運転なので、行き先を告げるだけで目的地まで連れて行ってくれる。イスヴィラの街中ではバスと地下鉄網が整備されているので、無人タクシーはそれほど普及していない。
サラが住むのは、若い未婚女性ばかりの集合住宅である。
セキュリティがしっかりしていて、住人の許可なしには入れない。サラは相変わらず応答しないので、エントランスで受付をしている女性に話しかけた。――人工知能技術の粋、女性型アンドロイドである。
「サラ・サフラテスは部屋に居ます?」
「失礼ですが、身分証はお持ちでしょうか?」
セイファは客員技能者の刻印がなされた身分証を渡す。受付嬢は傍らの機械にそれを差し込んだ。
「・・・教官、でいらっしゃる?」
「一応そういうことに。彼女は、丸二日間連絡が取れていないんです。彼女、外出してますか?基地局長より許可はいただいていますから、教えてもらえます?」
「少々お待ちください」
その場にいくらかの端末は置いてあるが、機械である彼女はそれを必要としない。彼女自身が、ネットワークにつながっているのだ。ラウドからの許可は、身分証からデータを呼び出せば確認できる。お待ちください、という言葉ほどには待たされなかった。
「ハルゲン局長のサインを確認いたしました。――サフラテス準研究員は、昨日一度、外出されています」
「ちなみに今、生きてますよね?」
「はい、温度センサーで感知できています」
生きているならいい。
「彼女の様子を、気にして見てもらえますか」
「それは構いませんが・・・あの、」
「なんですか?」
「差し出がましいようですが、サフラテス準研究員の行動記録をご覧になってはいかがでしょうか」
「行動記録・・・、ああ。彼女の端末のログを呼び出せってことですか」
研究員が持つ端末も、一般人のものと同じように、買い物や利用した交通機関の記録が残っていく。一般人のそれと違うところは、生活記録が研究所に送られてしまうところだ。ラウドの許可があればリアルタイムで閲覧もできるだろう。
「心配ですけど、他人の生活覗き見するのはちょっと」
普段、自分が使っていないこともあって、気が引ける。率直に言えば気持ち悪い。
「郵便物でも届けば、反応しますかね」
「今朝方、宅配便をお届けいたしましたが、応じていただいております」
「あ、そうなんですか」
それだけ活動しているなら、切羽詰った状況ではないだろう。
「しばらくの間、気をつけて見ておいてください。異変があれば、連絡を。それから、僕が来たことを一応伝えておいてください」
「かしこまりました」
「じゃあ、よろしく」
外に出ると、先に指示してあったとおりタクシーが待機していた。
今出てきたばかりの建物を振り仰ぐが、都合よく、目的の人物が出ている、なんてことはない。どの部屋もぴったりとカーテンが閉められていた。
ため息よりもずっと重い息を吐いて、タクシーに乗り込む。
頭が重くて、いらいらする。




