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ラウド・ハルゲン基地局長の執務室は戦場さながらだった。
部屋の主の怒号が響き渡る。その大音声に時に首をすくめながらセイファはお茶を淹れた。
「いいか、今すぐだ!法律?それが何のためにあるのか考えたことがあるのか!法のために世界を滅ぼすなど、愚の骨頂だと何度言わせる!」
彼の主張は正しい、とセイファは思う。
研究所は万年人手不足。特殊警備隊は特に酷い。そもそも育成に手間と金と時間がかかるのだ。隊員たちは、他の研究者と同じく高度な専門教育を受けている。そんな彼らに、戦闘訓練と、他のどの部署とも連携が取れるよう必要最低限の各分野の教育を施す。
エリートと言えば聞こえがいい。だが実際は、人的資源の使い捨てである。
特殊警備隊出身のラウドはそれをよく知っていた。
だから新人のサラを現場にぶち込むような真似をしないし、他のガーディアンたちにも負担がかかりすぎるようなことを極力避ける。それを可能にするために、無資格者を使ったり、ランクが低い研究員に、少しだけ上の仕事を与えたりする。
これで貴重な人的資源と世界が守られているのだから、目を瞑ってもいい。
次から次へとかかってくる通信に、ラウドは律儀に怒鳴りながら指示を与えている。
「黙れ、仕事をしろ、死にたいのか!」
そして、彼はちゃんと研究員たちに休息を与える。「今すぐ休め、明日我らが倒れたならばこの世の空が落ちるのだぞ!」と怒鳴って。
ようやく通信を知らせる音が聞こえなくなって、ラウドは崩れ落ちるように椅子に座った。
三杯目になるお茶を差し出せば、無言で受け取った。
「・・・・・・三人死んだ」
「そうですか・・・でもなぜ、美術館でテロが?」
「またレナラストだよ。本部の連中は、例の絵の展示をやめて欲しかったそうだ。美術館が是と言えば買い取る気でいたらしい。本部からの直接命令だったせいで、私が手を出す隙がなくてな、情報収集もテロ対策も不充分だった・・・と今になれば言い訳だがな」
「あの絵、そんなに葬りたいんですか?完全にやぶ蛇じゃないですか」
「トラウマだ、わかっていても感情はどうしようもない」
わからないではない。
だが、世界最高峰の頭脳集団が感情に振り回されているというのはいかがなものか。
「死んだのは一人が対外対策室、一人が護衛として同行していたガーディアン、もう一人は美術館の職員だ。館長は席を外していて無事だったらしい」
「テロリストも一人、死んでいます。四人ですよ」
「ああいう人殺しを、人間と数えるかね。お前、聖職者になれるぞ」
「・・・館長」
「私は大勢の人間の上に立っているんだ。彼らを守る義務がある。人殺しの人権なんてものを守るために、研究員を犠牲にできるか」
セイファは黙った。
「お前は、こういう仕事に向かないな」
ラウドは少し表情を緩めた。
「別にかまわないさ。研究室の奥深くにいるのが似合う。俗世に留まるのはやめておけ。芸術家もそうだ、あれは俗世の澱みを顔料にする、そうだろう?」
「・・・そんなに僕を、研究所に取り込みたいです?」
「人手がなければ始まらん。三食まともに食う暇くらい欲しいからな」
「もう充分に働いてるつもりですけど。しかしよくもまあ、本部からお咎めがありませんよね。何度も言いますけど、僕は部外者ですよ?」
「咎めている暇なんぞ、あるものか」
セイファは肩をすくめるだけにとどめた。
セイファはすでに研究所に捕らえられたも同然なのだ。研究員にはならなくとも、たとえばピアのような客員の形で、将来的にはここへ所属する。さほど厳重ではないが、すでに監視されているのも知っている。これを避けようと思えば、ヨハンやほかの幼馴染たちのように、世間から隔絶された隠遁生活を送ることになる。――いつのころからか、覚悟していた。
ラウドもそれを知って、セイファを傍に置く。そうでなければ、いくら昔なじみとはいえ、ただの一般人にこんなにも内情を話したりしない。
「・・・しかし、あの新人も災難だな」
「いい経験でしょう」
「馬鹿を言うな。使えるようになる前に、トラウマだの欝病だのに邪魔されるかもしれん」
「その辺に耐性のある人間だけ集めてるんでしょう?」
「耐性がありすぎるのは弾いている。だからこそ微妙な者も混じる」
――昔は、希望者や身体能力の高さを基準にガーディアンを選んでいた。だが、テロが過激化するにつれて、ガーディアンたちの精神的疲弊が問題視されるようになる。そういったストレスに強い者を集めてみたところ、倫理観のおかしい者が混じり始める。試行錯誤の結果、今の形に落ち着いたが、心の病で除隊する者は毎年いた。
サラ・サフラテスは、適性検査上は問題がなかった。学力も身体能力も、問題がない。裏を返せば、突出したものがない。――いざと言うときどんな反応が出るか予測しづらいタイプだ。
しばらく静まっていた通信機が再び音を立てた。その瞬間にラウドの表情が険しくなるから、気の毒だ。眉間に深く刻まれた皺は、彼の人生を端的に表している。
「わかった。可能な限り早く、情報をまとめてこっちに寄越せ。状況に応じて人員を手配する」
人員、と言う瞬間に頬が引きつっていた。――この組織で最も足りていないのは人的資源である。
通信を切ったラウドは、疲れた表情でセイファを見た。
「・・・なんですか?」
「あの新人からの事情聴取が終わった」
ラウドの手元にある端末を操作した。セイファに見せるような角度だったので、遠慮なく覗き込む。――サラの証言をまとめたもののようだ。
あの場でどのように行動したか、なぜ犯人に気づき、追ったのか。
犯人のモンタージュ写真も添えてある。
「・・・・・・?」
記憶の奥の奥で、なにかが揺れた。
気のせいかと思うような、そんな一瞬の出来事であった。
ラウドが深々とため息をつき、セイファを見る。
「新人を家まで送ってやってくれないか。どんな様子か、報告して欲しい」
「わかりました」
「酷いようなら、カウンセラーを手配する」
「耐性があったら?」
「お前に任せるよ。お前に任せた分の仕事を手伝わせてもいい。ああそうだ、ピアに預けてもいい」
「ガーディアンの仕事とは程遠いでしょう。教育になりませんよ」
「なるさ。すべての分野に通ずるのがガーディアンだからな」
役に立たぬ新人を厄介払いしたいのか、それとも本心から言っているのか。
セイファには判断できなかった。




