返事があるうちに
翌朝は、学校からの連絡を待って家を出た。
夜の間に校内と送迎経路を確認し、監視を続けながら授業を行うという。徒歩でいつもの道を歩く代わりに、管理局の車で校門まで送ってもらった。
教室へ入ると、担任が僕の顔を見て頷く。Sが書き足した感想文を見せたら、今度は額を押さえた。
「四周は、やっぱり予定だな」
――分かりやすくなっただろ。
(感想が詳しくなったわけじゃないけどね)
「次に行った時は、種類の名前も書いてくれ。集合時間を守れるなら、回数は好きにしろ」
先生は赤ペンを置き、紙を返した。僕が鞄へしまっていると、美月が覗き込む。
「次も行く気満々だね」
「Sが」
――お前もだろ。
答えかけたところで、校内放送の音が鳴った。
『教職員は連絡事項を確認してください。生徒は教室で待機してください』
担任がすぐに端末を見た。廊下から玲奈先輩が来て、二人で短く話す。
「真白は三枝と移動。クラスはこちらで見る」
僕は鞄を持った。美月が椅子から腰を浮かせ、先生の指示を聞いて座り直す。
「帰ってきたら、話せるところだけ教えて」
「うん」
倉田が、鞄の口から滑りかけた感想文を拾い上げた。
「忘れんな」
「ありがとう」
紙を教科書の間へ入れ直し、僕は玲奈先輩と教室を出た。
◇
学校の裏手に、医療車と護衛の車が停まっていた。
前日の連絡を受けて配置されていた車だという。僕が乗ると、医療スタッフが体調を聞き、診察用の座席へ案内した。
「ここなら学校の設備につながずに診られるし、移動もできる」
先輩が扉を閉める。
「ただ、それだけで何も届かなくなるわけじゃない。外部班の測定を見ながら、待つか動くか決める」
僕は頷いた。運転席には人がいて、前方へ出る車も準備している。
通信端末から、白峰主任の声がした。
『昨日の送信先を、一つ追えた。今日になって追加の指示が出たため、学校には待機をお願いしている』
地図に、旧設備区画の印が出る。
『現地班と技術班が確認中だ。君たちは向かわず、医療車で指示を待ってほしい』
その後ろから、隊員の報告が聞こえた。
『第一地点、外装を開放。通常給電とは接続していません』
『機器間の接続を記録。切り離しに入ります』
僕は思わず腰を浮かせた。何かできることを探そうとして、膝の上の手しか見つからない。
――任せろよ。
(分かってる)
――だったら、座ってろ。行っても箱の開け方すら分かんねぇだろ。
それは本当にそうだった。僕は座り直し、先輩へ肩が少し重いと伝えた。
クッションを入れてもらう間も、通信は続いている。
『外側の給電を分離。内蔵側に残りがあります』
『一度手を離して。隔離の準備をしてから続けて』
しばらくして、内蔵電源を取り外したという声が聞こえた。機器間へ指示が出なくなったことを、別の測定器でも確認する。
『第一地点、停止を確認しました』
僕は息を吐いた。
『ただし、ここで止めたのは見つかった箱だ』
白峰主任が続ける。
『その先につながる全部の出力まで止まったとは、まだ言えない』
地図に二つ目の地点が出た。もう一班が向かっている。そのほかにも、場所の分からない接続が一つ残っていた。
僕は肩のクッションへ、身体を少し深く預けた。
◇
連絡を待つ時間は長かった。
医療スタッフに体調を聞かれ、先輩に母への連絡を手伝ってもらい、その間に二度、車の外の測定が行われた。異常はまだ確認されていない。
僕は鞄から感想文を取り出した。
「それ、今読むの?」
玲奈先輩が聞く。
「表示を見ていると、ずっと同じことばかり考えるので」
「じゃあ、それを見てて」
裏には、僕より少し強い筆圧でSの字が残っている。
『次は名前もちゃんと見る。四周する』
(結局、先生にまた言われたね)
――回数はいいって言っただろ。
(種類を調べてから書き足せばよかったのに)
――次に見てくるんだよ。何でも今調べんな。
その言い方がおかしくて、僕は少し笑った。
通信が入り、二つ目の地点へ班が着いたと分かった。
『観測側と、指示を送り出す側で電源が別です。通常設備との共用を確認します』
技術担当が二つの箱を映す。僕は感想文を膝へ伏せ、今度は画面を見た。
外部監視班が受信した通信の中に、変わった表示があった。
【ROUTE A:ACTIVE】
【ROUTE B:ACTIVE】
続いて、【EXTERNAL EXECUTION REQUEST】。
「外から実行を求めてる……?」
『第二地点が指示を出したのではありません。別の送信元から受け取り、さらに先へ渡そうとしています』
報告の声が速くなった。
玲奈先輩は運転席へ、退避路の再確認を求めた。白峰主任は現地班へ接続の切り離しを指示する。
『通常設備とは分かれています。指示の送出側を切ります』
工具の音が続き、監視側の記録に【ROUTE B:SIGNAL LOST】が現れた。
もう一方はACTIVEのままだった。
「第一地点は、止めたんですよね?」
『止めている。AとBは地点の番号ではない。第一地点を切ればA、第二地点を切ればBが止まる、という対応ではないんだ』
主任が説明する。
『記録からは、既に別の出力先へ渡った指示がある。今、残っている方を追っている』
止めた箱が動き直したわけではない。止めた場所だけが全部ではなかったのだ。
僕は画面の線ではなく、自分の膝の上を見る。握っていた紙に、浅いしわができていた。
◇
日が傾くまでに、第二地点の機器も切り離された。
学校では教職員が校内と帰宅路の安全を確かめ、迎えのある生徒から順番に帰しているという。美月から短い連絡が来た。
『こっちは帰れることになった。無理しないでね』
僕は「ありがとう」と返した。こちらは医療車で、待機を続けている。送信元を探す間も、車外の測定は繰り返されていた。
――腹減った。
(僕も)
――帰り、肉まん買ってけ。
(まだ帰れるか分からないし、売ってるかも分からないよ)
――じゃあ、売ってた時の相談。
玲奈先輩がこちらを見た。
「何の話?」
「夕飯です」
「買い物は頼める。移動の途中で寄らなくてもいいから」
――話が早ぇ。
Sの声を聞いて、僕も少し安心した。
(帰ったら、宿題手伝って)
――嫌だ。
(即答なんだ)
――間違いだけは言ってやる。
(それ、手伝ってるよ)
返事を待っていると、Sが黙った。
続きの言葉が来るはずのところに、妙な間ができる。
(S?)
――……いる。
(どうしたの?)
――今、お前の声がどっから来たか、分かんなかった。
僕は紙を置いた。
「先輩。Sが、僕の声の場所が分からなくなったって。一瞬だけ」
先輩はすぐに医療スタッフを呼び、運転席へ移動準備を指示した。待機の理由を話し直すより早く、座席の固定具が確かめられる。
監視班の端末が鳴った。
【ROUTE A:STABLE】
【INTERNAL LINK:TARGET ACQUIRED】
僕はその文字を読み終えなかった。確かめたいのは、画面の方ではない。
(S。聞こえる?)
――聞こえてる。
少し怒ったような返事だった。そのあと、今度はSが僕を呼んだ。
――湊。
(なに?)
――お前も、ちゃんと返せよ。
僕はすぐに答えた。
(うん。いるよ)
車のエンジン音が強くなった。その返事だけは、絶対に遅らせたくなかった。




