二本の経路は、僕たちじゃない
翌日の昼休み、Sは感想文へ自分で書き足すことにした。
交代する場所は保健室の空いているベッドを借り、玲奈先輩にも声をかけてある。頭痛がないこと、肩や脛がひどくなっていないことを確かめてから、僕は壁際のクッションへ身体を預けた。
(何を書くか、もう教えてくれる?)
――書けば分かる。
任せる、と伝えて意識を譲る。
Sは交代のあとしばらく座り、水を飲んだ。揺れが落ち着くまで待ってから、近くの机へ移る。ついてきた美月が、ペンを一本差し出した。
僕が代筆した感想の下へ、Sが文字を足す。
『次は名前もちゃんと見る。四周する』
(四周はいらないでしょ)
――いる。
「種類じゃなかったの?」
美月が覗き込み、Sがペンを止めた。
「サメの名前だよ。種類の名前」
「あと、四周は感想じゃなくて予定だよね」
「細けぇな」
「また赤い字、増えるよ」
Sは少し考えたようだったけれど、結局そのままペンを置いた。僕が内側で笑った、その時、玲奈先輩の端末が鳴った。
先輩は画面を確認し、Sの前へ椅子を寄せる。
「そのまま座っていて。交代も、今は重ねない」
美月には養護の先生と隣室で待ってもらう。扉が閉まるのを見届けてから、先輩が通信を開いた。
『学校の設備から出た通信ではない』
白峰主任の声だった。
『校内で新しい不審機器が見つかったわけでもない。外部監視班が、二本先の道路にある旧保守箱から送信を拾った』
「俺が出たからか?」
Sの手が感想文の端を掴む。
『時刻は重なっている。ただ、君の交代だけが引き金だとまでは分からない。送られた内容と、発信位置を確認している』
(S)
――分かってる。
紙を握っていた指が緩む。
「出なきゃよかった、とは言わねぇぞ」
「言わせるための連絡じゃない。状況が変わったから、ここで待ってもらってる」
玲奈先輩は窓際から離れるよう椅子の位置を示し、扉の外の職員にも連絡した。
◇
監視していた地点だったため、現地班の到着は早かった。
『周辺封鎖。通常回線との接続はありません』
工具の音に続いて、別の隊員が独立電源を確認したと報告する。
『機器間の接続を分離。電源を外します』
Sは椅子に座ったまま、外の足音を聞いていた。校内が慌ただしくなっても、保健室へ敵の機械が運び込まれたり、反応を試すよう求められたりはしなかった。
『残留給電も確認。回収可能です』
先輩が頷く。
「それで、一つ止まった。体調は変わらない?」
「変わってねぇ。頭も、今は平気」
少し遅れて、技術班から画像が届いた。
『旧保守箱の機器は、観測だけではありません。別機器への割り当て指示を中継する接続があります』
内部写真の隣に、記録の一部が並ぶ。
【OUTPUT ASSIGNMENT】
【ROUTE A:ASSIGNED】
【ROUTE B:ASSIGNED】
「出力を、割り当てた?」
Sが読むと、主任が説明を加えた。
『少なくとも、出力先を指定する処理らしい。混ざった波形を分けて保存するだけではなかった可能性が高くなった』
「ここから俺らに何かする機械か」
『身体へ何を出すのかは、この中継部だけでは分からない。動かして確かめず、接続先を記録から追う』
机に開かれたしおりの横で、見知らぬ線が増えていく。
Sが自分で書きたかったことと、機械が勝手に拾ったらしい反応が、同じ時刻の出来事になっていた。僕は、Sの文字の方を見ようとした。でも、視線を動かしているのは今は彼で、彼も画面から目を離せずにいた。
(残りは、止められるのかな)
「湊が、残りを止められるかって」
Sが外へ伝える。
『今見つけた箱は止めた。ただ、記録の行き先が一つではない。既に先へ渡った指示があるかも含めて調べる』
画像の端に、まだ相手先が割れていない接続があった。
【DESTINATION:UNRESOLVED】
Sは唇を噛み、やがて息を吐いた。
「分かった。俺らは何をしてりゃいい」
「今は休んで。帰宅は送迎へ切り替える。寄り道はしない」
玲奈先輩の返事に、Sは頷いた。
◇
学校と管理局の連絡がつくまで、保健室で待った。
Sが十分に休んでから僕へ戻し、そのあとも頭の重さが引くまで座る。戻ってきた美月が、しおりと感想文を鞄へしまってくれた。
「四周、直さなくていいの?」
(どうする?)
――直さねぇ。
「そのままで、だって」
「じゃあ、このまま」
美月は紙を折らず、教科書の間へ挟んだ。僕たちの事情を詳しく聞けないままでも、書いたものを大事にしてくれているのが分かった。
送迎の準備が整い、椅子から立ち上がろうとした時、玲奈先輩が端末を見て手を上げた。
「少し待って」
監視班が、保守箱の停止直前に受け取っていた返信を読み取ったという。先ほどの時刻の下に、二つの行が並んでいた。
【ROUTE A:LOCKED】
【ROUTE B:LOCKED】
その次に、【SEPARATION READY】。
準備ができたと、相手の機械は記録していた。
「……できたって、何が」
僕は聞いた。玲奈先輩は、分からない、とだけ答えなかった。
「身体に作用するものが用意された可能性がある。帰宅先と送迎路をもう一度確認する。明日の登校も、朝の状況で判断する」
安全だと決まるまで、このまま普通に帰すつもりはない。その言葉で少し息ができたけれど、画面の文字は頭に残った。
(S)
――いる。
まだ何も聞いていないのに、返事が来た。
僕は鞄についたサメをつまんで、壁に当たらない側へ回した。二本の経路がどこにつながっていようと、今聞こえた声まで、あの線で説明されたくはなかった。
先輩が扉を開ける。確認を終えた付き添いの人が、車までの道を示してくれた。
――帰るぞ。
(うん)
僕はその声へ答え、鞄を持って立ち上がった。




