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えすえむっ!  作者: 角竜
君と、もう一周
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黙っていても、答えにされる

感想文を提出すると、担任は僕の書いた表側を読んでから、裏を見て手を止めた。


『サメがでかかった。また行く』


 その横へ、赤い字が入る。


『次はもう少し詳しく』


――何が足りねぇんだよ。


(たぶん、ほとんど全部)


 先生から返された紙を美月へ見せると、彼女は吹き出した。


「ちゃんとSの方にも返事がある」


「詳しく書けって言われたのが、納得いかないらしい」


「『サメがすごくでかかった』にしたら?」


――解決してねぇだろ。


「それはSも分かるんだ」


 美月が笑い、僕もつられた。担任は赤ペンのふたを閉めながら言う。


「次に行ったら、何という種類だったかも見てきてくれ」


――次がある前提かよ。


(よかったね)


――……まあな。


 僕は紙を折れないように鞄へしまった。



 放課後、学校近くに置かれた管理局の臨時連絡室で、牧野さんたちの話を聞いた。


 机には紙の資料が並んでいる。僕たちの名前ではなく、機器側の識別番号と、記録が保存された時刻が書かれていた。


「新しい返事を求める質問が、君たちへ送られたとは限らない」


 白峰主任は最初にそう言った。


「この処理でいうRESPONSEは、会話への返答だけではないらしい。動作や交代前後の変化、能力出力まで含めて、識別に使える反応を探している」


「僕たちが黙っていても?」


「観測された記録が残っていれば、照会される可能性がある」


 Sが低く舌打ちした。


――だったら、最初から返事なんて呼ぶなよ。


「こちらで残した本人回答とは別です」


 牧野さんが、紙の一行を指す。


「管理局の拒否記録を相手へ送った事実はありません。今回分かったのは、相手側にある保存先への照会です」


 技術担当が、別の紙を重ねた。


「回収した箱の通信履歴から、過去に確認した分散側の索引と一致する参照先が出ました。中身を全部取得できたわけではありませんが、新しい二系統の重なりを受け取ったあと、古い記録を呼び出しています」


 街のあちこちで集められた反応。先に動いたのは誰か、どちらが長く表にいたかと採点された日々。止めた設備があっても、既に運ばれた記録までは消えていない。


「交代する前後の反応を、今回の重なりと比べているらしい。古い代理確認が本人の同意になる、という話ではない。照合材料としての再利用だ」


 白峰主任はそこを分けて説明した。


「何のために分けるんですか?」


「現時点で言えるのは、以前の主従判定とは処理が違うことだ。どちらを上にするかではなく、二系統を別々に識別し直している」


 最後の紙に、二つの表示があった。


【ROUTE A:CANDIDATE】


【ROUTE B:CANDIDATE】


 候補。それだけで、決まったわけではない。


 でも、「情報が足りない」と出ていたところに、古い記録を継ぎ足している。


「僕たちを、別々に扱えるように?」


「その可能性はある。ただし、これは機械の処理上の経路だ。Aが湊君でBがS君、と割り振れたわけではない。本人の意思まで分けて読めると考えるのも早い」


 主任の言葉を聞いても、安心はできなかった。


(S)


――いる。


(まだ呼んだだけだよ)


――分かってる。


 彼も怖いのだと、その少し早すぎる返事で分かった。



「これ以上、交代しない方がいいんですか」


 説明のあと、僕は玲奈先輩へ聞いた。


「いつも通りにしていたら、また見られるかもしれない」


「だから、経路と場所の警戒を増やす。交代する場所も、その時点で確認の取れたところを使う」


「学校は?」


「今は、警戒をつけて続けられると判断している。でも、身体への出力や差し迫った危険が確認されたら、その時は待機や退避に切り替える。ずっと今のままでいいとは言わない」


 先輩は、地図に引いた帰宅路を指した。


「普通に暮らしたいことと、危険に近づかないことは両立させる。観測を探すために出てもらうこともしない」


――それならいい。


 Sの返事を伝えると、先輩は頷いた。


「Sが表へ出たいかどうかはSに聞く。安全な場所かどうかはこちらで調べる。どちらも必要」


 僕は紙から目を離した。


 自分たちが黙っていれば全部止まる、というわけではない。だから何をしてもいいのでもない。その間にある生活の仕方を、今は周りの人と探している。


「分かりました。探す方は任せます」


「ええ」


 玲奈先輩は資料をまとめ、僕が休まずに帰れるかを確かめた。話を聞いている間に、肩が少し固くなっていた。



 連絡室を出ると、外は薄暗くなっていた。帰宅時間を合わせてもらっていた美月と倉田が、付き添いの人と待っている。


「お腹すいた」


 美月の第一声に、僕も思わず頷いた。


――焼肉パン。


(この時間じゃ購買は閉まってるよ)


――終わるの早すぎだろ。


「どうしたの?」


「Sが、焼肉パン買えなかったって」


「明日は先に買っとけば?」


 美月が言い、倉田も短く「それで済むだろ」と加えた。


 誰も購買のために学校へ戻ろうとは言わない。僕たちは指定された道を進み、角で外部班の人へ挨拶した。


 不安がなくなったわけではなかった。通り過ぎる街灯を、つい見上げてしまう。そこに何かあるかどうかは、僕には分からない。


――下も見ろ。段差。


 Sに言われて、僕は足元へ視線を戻した。


 低い段差を越え、少し前を歩く美月たちへ追いつく。鞄の中では、赤い字の入った感想文が揺れていた。


(明日、書き足す?)


――ああ。先生が俺に言ったんだから、今度は俺が書く。


(何を書くか、もう決めた?)


――決めた。


 自信のある返事だった。何を書き足すつもりなのか聞いても、Sは明日まで教えなかった。


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