黙っていても、答えにされる
感想文を提出すると、担任は僕の書いた表側を読んでから、裏を見て手を止めた。
『サメがでかかった。また行く』
その横へ、赤い字が入る。
『次はもう少し詳しく』
――何が足りねぇんだよ。
(たぶん、ほとんど全部)
先生から返された紙を美月へ見せると、彼女は吹き出した。
「ちゃんとSの方にも返事がある」
「詳しく書けって言われたのが、納得いかないらしい」
「『サメがすごくでかかった』にしたら?」
――解決してねぇだろ。
「それはSも分かるんだ」
美月が笑い、僕もつられた。担任は赤ペンのふたを閉めながら言う。
「次に行ったら、何という種類だったかも見てきてくれ」
――次がある前提かよ。
(よかったね)
――……まあな。
僕は紙を折れないように鞄へしまった。
◇
放課後、学校近くに置かれた管理局の臨時連絡室で、牧野さんたちの話を聞いた。
机には紙の資料が並んでいる。僕たちの名前ではなく、機器側の識別番号と、記録が保存された時刻が書かれていた。
「新しい返事を求める質問が、君たちへ送られたとは限らない」
白峰主任は最初にそう言った。
「この処理でいうRESPONSEは、会話への返答だけではないらしい。動作や交代前後の変化、能力出力まで含めて、識別に使える反応を探している」
「僕たちが黙っていても?」
「観測された記録が残っていれば、照会される可能性がある」
Sが低く舌打ちした。
――だったら、最初から返事なんて呼ぶなよ。
「こちらで残した本人回答とは別です」
牧野さんが、紙の一行を指す。
「管理局の拒否記録を相手へ送った事実はありません。今回分かったのは、相手側にある保存先への照会です」
技術担当が、別の紙を重ねた。
「回収した箱の通信履歴から、過去に確認した分散側の索引と一致する参照先が出ました。中身を全部取得できたわけではありませんが、新しい二系統の重なりを受け取ったあと、古い記録を呼び出しています」
街のあちこちで集められた反応。先に動いたのは誰か、どちらが長く表にいたかと採点された日々。止めた設備があっても、既に運ばれた記録までは消えていない。
「交代する前後の反応を、今回の重なりと比べているらしい。古い代理確認が本人の同意になる、という話ではない。照合材料としての再利用だ」
白峰主任はそこを分けて説明した。
「何のために分けるんですか?」
「現時点で言えるのは、以前の主従判定とは処理が違うことだ。どちらを上にするかではなく、二系統を別々に識別し直している」
最後の紙に、二つの表示があった。
【ROUTE A:CANDIDATE】
【ROUTE B:CANDIDATE】
候補。それだけで、決まったわけではない。
でも、「情報が足りない」と出ていたところに、古い記録を継ぎ足している。
「僕たちを、別々に扱えるように?」
「その可能性はある。ただし、これは機械の処理上の経路だ。Aが湊君でBがS君、と割り振れたわけではない。本人の意思まで分けて読めると考えるのも早い」
主任の言葉を聞いても、安心はできなかった。
(S)
――いる。
(まだ呼んだだけだよ)
――分かってる。
彼も怖いのだと、その少し早すぎる返事で分かった。
◇
「これ以上、交代しない方がいいんですか」
説明のあと、僕は玲奈先輩へ聞いた。
「いつも通りにしていたら、また見られるかもしれない」
「だから、経路と場所の警戒を増やす。交代する場所も、その時点で確認の取れたところを使う」
「学校は?」
「今は、警戒をつけて続けられると判断している。でも、身体への出力や差し迫った危険が確認されたら、その時は待機や退避に切り替える。ずっと今のままでいいとは言わない」
先輩は、地図に引いた帰宅路を指した。
「普通に暮らしたいことと、危険に近づかないことは両立させる。観測を探すために出てもらうこともしない」
――それならいい。
Sの返事を伝えると、先輩は頷いた。
「Sが表へ出たいかどうかはSに聞く。安全な場所かどうかはこちらで調べる。どちらも必要」
僕は紙から目を離した。
自分たちが黙っていれば全部止まる、というわけではない。だから何をしてもいいのでもない。その間にある生活の仕方を、今は周りの人と探している。
「分かりました。探す方は任せます」
「ええ」
玲奈先輩は資料をまとめ、僕が休まずに帰れるかを確かめた。話を聞いている間に、肩が少し固くなっていた。
◇
連絡室を出ると、外は薄暗くなっていた。帰宅時間を合わせてもらっていた美月と倉田が、付き添いの人と待っている。
「お腹すいた」
美月の第一声に、僕も思わず頷いた。
――焼肉パン。
(この時間じゃ購買は閉まってるよ)
――終わるの早すぎだろ。
「どうしたの?」
「Sが、焼肉パン買えなかったって」
「明日は先に買っとけば?」
美月が言い、倉田も短く「それで済むだろ」と加えた。
誰も購買のために学校へ戻ろうとは言わない。僕たちは指定された道を進み、角で外部班の人へ挨拶した。
不安がなくなったわけではなかった。通り過ぎる街灯を、つい見上げてしまう。そこに何かあるかどうかは、僕には分からない。
――下も見ろ。段差。
Sに言われて、僕は足元へ視線を戻した。
低い段差を越え、少し前を歩く美月たちへ追いつく。鞄の中では、赤い字の入った感想文が揺れていた。
(明日、書き足す?)
――ああ。先生が俺に言ったんだから、今度は俺が書く。
(何を書くか、もう決めた?)
――決めた。
自信のある返事だった。何を書き足すつもりなのか聞いても、Sは明日まで教えなかった。




