できていたなら、失敗とは限らない
翌日は学校を休み、支部で追加の検査を受けた。
昨夜、肩と脛の状態を確かめ、十分に休んでからSに身体を返してもらった。今朝も僕が表にいる。普通に歩けるから昨日の救助も平気だった、とまとめられる状態ではない。
朝倉から、授業で配られた紙を預かっていると連絡が来た。校外学習の希望も回収されたらしい。
『水族館、まだ決定じゃないって』
続いて、課題の範囲が送られてくる。
――水族館の話だけでよかっただろ。
(それだと、帰ってから困るよ)
僕はありがとうと返し、昨日の怪我の確認をしていることだけを伝えた。調査中の話を全部説明しなくても、帰ったら受け取りたい紙があると約束はできた。
◇
「三つの転送点が、この調整要求を流している」
白峰主任が示した地図には、これまでの点線の一部が実線になっていた。
学校や集会所で回収した観測機器の送り先。駅前の不正な送出部の接続。体育館で確保した機器の保存記録。それぞれを現地の配線や設備図と照合し、今回の試験に使う経路が絞れたという。
「三か所で、世界中の網が終わるんですか」
「終わらない。今準備されている、君たちの反応を使った調整についての経路だ」
主任は別地域の印を消さなかった。
「現場班が通常設備への影響を確かめている。切れるところは先に切る。君たちが能力を使う必要はない」
先輩が短く付け足す。僕は頷いて座り直した。
作業が進む間に見せてもらったのは、別に解析が続いていた古い試験記録だった。前後の記録がそろい、二本の線が何を示していたか、少し踏み込んで読めるようになったという。
「対象名はまだ欠けている。D-01さんたちや、君たちの記録だと決まったものではない」
最初にそう説明されてから、僕はSと一緒に画面を見た。
一つの身体を対象として登録された測定。別々の出力欄に、S系統とM系統の成立が記されている。共通の時刻信号へ合わせると、二本はごく短い間だけ重なった。
【S OUTPUT:ESTABLISHED】
【M OUTPUT:ESTABLISHED】
――……二つとも、出てんのか。
Sの声は小さかった。僕も、息を止めていたことに気づく。
「準備の反応ではなくて?」
「別に残っていた出力側の記録でも、成立とされている。同じ時刻に二系統が出たという記録としては、前より根拠が増えた」
主任は、測定と評価を別に表示した。
能力名は分からない。本人たちが望んだ使い方だったかも分からず、身体の負荷や、その後の経過も揃っていない。それでも、同じ時間の出力が一つに消されることはなかった。
次の行にも、衝突は検出されていないと書いてあった。
僕は画面へ身を寄せかけ、机の端で手を止めた。二つ使えたのなら、と思う。その人たちはどうなったのだろうと、Sも同じ時に訊いた。
「あとで、普通に戻れたんですか」
僕が声にすると、主任は首を振った。
「この記録では確認できない」
胸の中で膨らんだものが、少しだけ重さを変えた。
できたという表示だけを見て喜んでは、あの人たちが苦しかったかもしれないことを、また欄の外へ追い出してしまう。
僕はそのまま、研究側の評価を待った。
◇
主となる側、未解決。従となる側も、未解決。
その下に、失敗という一語があった。
理由は、命令権限が定まらなかったこと。
【COMMAND AUTHORITY:UNDEFINED】
Sが低く言った。
――能力じゃなくて、支配に失敗しただけじゃねぇか。
僕はその言葉を伝えた。主任はすぐに成功と書き直したりはせず、失敗の理由が記された行を残した。
「少なくとも、ここで失敗と評価した理由は、二系統が出なかったことではない」
「主が分からなくても、二つの出力は記録されている」
「そうだね。ただし、権限を定められなかったという表示だけで、二人が自由に動けていたとも証明できない」
僕は頷いた。
すべてが分かったわけではない。でも、主を作らなければ二つの力は絶対に出ない、という説明を、そのまま正しいとする理由もなくなった。
僕たちがどちらも納得して、同じ瞬間に能力を使う。そんな方法があるとまでは、まだ言えない。それでも、支配以外の道を探すことまで、最初から間違いにしなくてよかった。
(少しだけ、期待してもいいかな)
――期待すんなとは言ってねぇだろ。
(君も?)
――だから、今のお前の顔見りゃ分かるって。
(君の顔は見えないよ)
少し間が空いた。
――……してるよ。期待ぐらい。
僕は笑った。頭の中のどこにも、二人分の笑顔が見える画面はない。それでも、今日は声だけで十分だった。
◇
研究側は、その失敗を修正しようとしていた。
次の試験へ向けた設定では、一方の身体制御を止め、能力出力だけを、主の許可に結びつける。
【SECONDARY OUTPUT GATE:PRIMARY AUTHORIZATION REQUIRED】
二つの力を出したい。でも、命令する意思は一つであってほしい。
「うまくいったところまで、戻してしまったんでしょうか」
僕が聞くと、主任は記録を見つめた。
「自分たちの評価に合わない結果を、修正すべきものとして扱った。その可能性は強くなった」
机の端には、僕たちの現在の希望が書かれた紙があった。原記録の失敗という文字を消してしまえば、その人たちがどう扱われたかの証拠までなくなる。
僕は前後を一緒に残してほしいと頼んだ。主任は頷き、出力の記録と、支配へ変更する設定を同じ保存先へ置いた。
◇
外部監視から警告が届いた。
現在の網が使っていたのは、体育館で拾った二系統の反応だった。Mを主の候補、Sを従の出力側に置き、同時出力の調整準備が整ったとしている。
【DUAL OUTPUT CALIBRATION:READY】
【PRIMARY LOCK:PENDING】
「僕たちの順番の出力を、同時に使うための材料にした」
「そういう要求が、確認した三つの経路へ流れている」
主任が答える。先輩は現場班へ連絡し、僕たちは安全な区画で待つよう指示した。
僕は立ちかけた足を止めた。いま力を増やしに行く場所も、試すべき能力もない。止めるために動いている人の仕事を、僕たちが邪魔する必要もなかった。
それでも、画面の文字は嫌だった。
さっき見た二本の線は、可能性として残しておきたい。
そのためにSを黙らせる方法は、受け入れたくない。
(S。さっきの期待は、消さなくていいよね)
――消すなよ。嫌なのは、やり方だ。
僕は頷いた。
先輩が隣へ椅子を寄せる。僕はその足音を聞きながら、今回の調整に、自分たちの力を使わせないともう一度決めた。




